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2019年1月25日 (金)

まだまだ釣れるセイゴ。夕刻2時間の短期決戦は3尾にボラ1尾。

1月24日(木) 晴

6時過ぎの眼覚め。


朝の読書は、昨日ツタヤで買った半藤一利氏と出口治明氏の対談「世界史としての日本史」をパラパラと読む。


第二次世界大戦をどのように解釈するのか、興味深かった。第二次世界大戦の結果としての連合国(米英仏ソ中の5ヶ国)による世界体制の枠組みというのは今もって変更されていない。冷戦でソ連は負け、今世紀の中国の台頭している現在は、1945年当時とは状況が大きく違うけれど、枠組みは同じである。第二次世界大戦とは何だったのか。ヒトラーとスターリンの二人が主役であり、チャーチルとルーズベルトは脇役だった。

脇役のチャーチルは、当たり前だが、大英帝国の権益を維持することが最優先の課題であり、そのためにアメリカが参戦するようあらゆる方策を尽くした。ルーズベルトの政治家としての究極の目的は、民主党の先輩のウィルソンの意志を引き継ぎ、今度こそ戦後世界において世界一であるアメリカのパワーを中心に世界構想(グランドデザイン)を実現していくことに心血を注いだ。

日本の昭和の指導者の世界情勢の認識能力、国際政治のリアリティーに対するセンスは非常に低かった。真珠湾攻撃のもつ世界史的な意味とは、アメリカの参戦を決定づけ、三国同盟(日本・ドイツ・イタリア)の負けを自動的に確定させてしまう、という冷徹なリアリズムへの理解はもちろん、想像することさえできなかった。

第二次世界大戦がいつ始まったのか。英国の軍事史の専門家アンソニー・ビーバーの浩瀚な著書「第二世界大戦」(2012年)の冒頭は、1939年のノモンハン事件で始まっているという。ノモンハンは単なるソ連と満州の国境紛争ではない。この事件の最中の8月に、スターリンは敢えて不仲のヒトラーと独ソ不可侵条約を結んだ。ソ連とドイツは9月にポーランドを分割して独ソの国境を画定すると同時に、ドイツは、2正面のうちのソ連からの攻撃の憂慮を取り除き、西側(英仏)への戦争(実際には翌年の5月から侵攻する)に専念できる条件を整えた。

その一方で、東の国境地帯において、独断専行する日本の関東軍との国境紛争を一気に解決すべく、スターリンは、本来なら粛清する運命にあったジェーコフ将軍を起用して近代装備の軍隊を極東に移し、日本の関東軍の日本を叩きのめしたのだが、日本は、これ以降ソ連とはことを構えず、ノモンハン事件直後に日独伊軍事同盟を締結、1941年4月に日ソ中立条約を結び、南進政策をとっていくことになった。

1941年はは半ばから事態はさらに急展開する。日本が日ソ中立条約を締結して2ヶ月ほどで、ドイツは独ソ不可侵条約を破棄して一方的にソ連へ進撃開始(6月22日)。日本がソ連に東から侵攻していればソ連は敗れていたであろうと言われる。しかし、日本は7月に仏印進駐してさらに自らを米英との抜き差しならぬ関係へと追いこんで行った。まして、日本がソ連を東から攻める余裕はなく、同年12月8日に運命の真珠湾攻撃を敢行した。かくして、枢軸国の運命は決した。

1945年の日本の敗戦の時点で残ったのはスターリンだった。ルーズベルトは4月に死去、チャーチルはヤルタ会談のさ中に首相の座を去っていた。勝者はスターリンだった。スターリンとルーズベルトの死が逆の順序だったら戦後の世界はもっと違ったものになっていたであろう。
Hado_san

朝食:ミネストローネ、イワシの丸干し、ご飯少々。バナナ。一晩ねかせるとミネストローネの味がいっそう引き立って美味い!

全豪オープンテニス、錦織選手は残念ながら途中棄権。3戦連続でフルセット、3時間~5時間の試合を連日やってすでにエネルギーを使い果たしてしまったようだ。

昼食:再びミネストローネ。それに、石窯パンのオープンサンドイッチとコーヒーと伊予かん半分。。父が家にいる日は、好物のコーヒーを必ずお昼に飲む。

15時半過ぎ、家を出て涸沼川のいつもの下流域へ。寒い北風は相変わらず吹いていたが今日こそはと気合を入れた。釣り侍で紅イソメ40グラム購入。2本の竿を出し終わったのは16時過ぎ。直後、上流の竿にアタリがさっそく来た。フィッシュ・オンと思ったが次の瞬間、軽くなった。痛恨のバラし。


それから1時間、まったりと時間が過ぎる。アタリが出始めたのは日没直後から。


Hinumagawa



まずは、上流側の竿に35㌢越えのレギュラーサイズが来た。次のアタリも上流側の竿。しかし、いつものセイゴのファイトではないなぁ、しかし、ずっしりと重い、ひょっとしてマルタウグイか。以前は50㎝越えのマルタウグイが釣れたものが、最近さっぱり涸沼川や那珂川では見かけなくなった。護岸に現れたのは何とボラであった。40㌢まではいかないがグッドサイズ。寒ボラはおいしいと聞いているのでキープ。マルタウグイなら即リリースだ。ラッキィ!


Bora


今日も、上流側の竿にアタリが集中する。3度目のアタリも上流側だった。アタリはそれなりに勢いがあったが、リールを巻くと軽い。上がってきたのは25㎝前後の木っ端ではないがキープサイズのセイゴ。まるごと塩焼きで食べるにはグッドなサイズ。アジの塩焼きに匹敵するうまさだ。下流の竿にようやくアタリがきた。40㌢に近いフッコクラスだ。時間は18時を回った。そろそろ片付けようと思っていると上流側の竿を回収すると20㎝にいかない木っ端セイゴが食いついていた。チリン、チリンと時折鈴がなっていたが、てっきり、川の流れで錘が動いたからだとおもっていたらセイゴだった。これはリリース。と、下流側の竿の鈴がなった。竿を手にして反応を待つ。ゴツゴツと餌を食っている感触が感度のいいPEラインから伝わる。しかし、感触はそれっきりだった。仕掛けを回収すると餌が食いちぎられたままだった。冷え込んできたのでここで納竿。


まだまだセイゴは釣れるようだ。日が暮れて静まり返った川辺で、今か今かと期待感に溢れて待っていると、いきなり鈴がリリーン、リリーンと鳴る。間を置いてまたリリーン、リリーン。この時期のセイゴは水温もあり一気に引き込むアタリをしないのかも知れないが、この暗闇と静けさを突き破るリリーンの音がたまらない。取り込んだ直後は満足感で全身が発火すし、寒さも吹き飛ぶ。大寒の寒さをものともせず、セイゴ君はほんとに果敢に餌を食ってくるファイト満点の肉食魚だ。

釣果:セイゴ2尾(39㌢、37㌢、24㌢)、ボラ1尾 (38㌢)

Seigo3_bora1

夕食:セイゴの山椒煮と大根と里芋の煮物を肴に熱燗を飲む。仕上げは、またまた野菜たっぷりのミネストローネ。釣りで冷え切った体があたたまる。

全豪オープン女子、大阪選手が決勝進出を決める。快挙だ。一方で、日清製粉のコマーシャルで大阪選手の顔を白くしたとして非難を浴び謝罪する羽目に。

夜の瞑想:

ユングがナチス・シンパとしえt非難されたこと - 集合的無意識の一面性の「逆流」としての「非合理主義」、「優越感」、「好戦主義」「秩序」等が、いい形で出る場合もあるのだという考え / 「ユング心理学入門Ⅲ」の第三話 錬金術の謎をとく - で、林教授は、「善と悪の相対性」についての説明を試みながら擁護している。

148ページから

「悪というのは原理的に否定されなければならない。その区別がなくなると、世の中は成り立っていかないので、悪はあくまでも原理としては否定しなくちゃいけない。しかし実際には「悪の善用」とでもいうべき使い方というものがありうるのである。・・・悪を肯定するのではないが、個々の例で見た場合、善が悪に変わりうるからである・・・」

「たとえば、先生の体罰。これは絶対に悪いことである。それが全体的な原則である。悪いことではあるけれど、どうしてもやむにやまれず手を出さなければもっと事態が悪化することもありうる。悪い作用をするかというとそうではなく、それによって子どものほうが感激したり、発奮したり、改心したりすることだってある。悪いのは悪いが、それを100%悪いとは言い切れない・・・・・」

「善と悪とは原理的には絶対的に区別しなければならないが、個別的には相対的になる。」

著者は、ユングが例ととしてよく取り上げるゲーテの「ファウスト」の登場人物であるメフィストテレスにも触れている。メフィストテレスのファウストへの自己紹介:


「自分は常に悪を欲して、しかも常に善をなす、あの力の一部です」。

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