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2019年1月10日 (木)

寒さに負けて家に籠る日々・・・

1月8日(火) 晴


本日も好天。北部の袋田の滝は9割5分氷結したらしい。

朝食:サバの文化干し、ご飯、若干のお節料理の残り物。

昼食:納豆と海苔でお餅3個。それにコーヒー。

ゴーンさんが東京地裁に出廷したらしい。当然ながら「無罪」を主張。確か、大学の法律の専門の先生に聞いたことがあるけれど、日本の法廷はすべて日本語でやるという。契約書やらあらゆる証拠書類は日本語にして裁判になる。告訴された人が人だけに言語の問題は相当に大変なことになるのではないか。費用も。事の本質は、日産が自分たちが上だと思っているルノーというフランスの半官半民のような会社ににおいしいとこ取りされているという不満、また、週刊誌などで報道されている、フランスのエリートであるゴーン氏のワンマンぶり(傲慢さんさ)に我慢に我慢をして付いてきた日本人がついにブチ切れたという、そういうことなのではないか。勝手な素人の想像だが。 

午後、アマゾンで注文した本がさっそく届く。本屋さんがどんどん減るのもよくわかる。ぽかぽかの2階の和室でパラパラとページをめくったり、ブックサーフィンをしたり、日記を書いたり、物思いにふけったりしながら、ワーグナーのCDを聞く。タンホイザーの2枚目のCDと3枚目の途中まで。19世紀のクラシック界の巨星。フランスの印象派(ドビッシー)をこのワーグナーの濃厚な音楽と比較するとワーグナーがフルコースなら、ドビッシーは、メインがない前菜か食後のデザートという感じ。ワーグナーが西洋音楽のピークであり、それ以降は衰退の一途をたどっている、超える人が出ていない、というのは素人の戯言だろうか。ワーグナーはドイツ人にとっては「血が騒ぐ」らしい。全部を集中して聞くのは大変だが、人を引き込む磁力が随所にあることは音楽理論を知らなくても、生理的効果としてわかる。音楽も絵画も理解するものではない。聞いたり見たりした瞬間に得もしれぬ感情が沸き起こるかどうか。

夕食:豚鍋を作って食べる。豚肉のロース、白菜、エリンギと豆腐。

駅前シリーズを見る。題して「駅前漫画」。1966年制作。当時流行った少年サンデーの漫画のオバQやおそ松君が出てくる。銭湯の入口で当時封切られていた映画の広告が見える。「素晴らしきヒコーキ野郎」(石原裕次郎が出演)と「王様と私」(ユル・ブリンナーとデボラ・カー)だ。

なつかしの素晴らしきヒコーキ野郎:(石原裕次郎もちらっと)をユーチューブで見ると:

https://www.youtube.com/watch?v=05rrOsKsmqM


毎回登場する山茶花究(さざんかきゅう、と読むらしい)という面白い役者はイヤミとう名前で登場する。ロケ場所はどうも小田急線のような気がする。ウィキペディアで見たら百合ヶ丘駅と出ていた。当時私は小学校5年生。映画の中で、伴淳三郎・中村メイコ夫妻の子供や三木のり平・淡路恵子夫妻の子供役の子役二人と同学年であることにいまさらながら、感慨を覚えてしまった。

熱い湯船につかって2階へ。K先生の(「帝国航路を往く」副題 イギリス植民地と近代日本)をもってベッドに潜り込むが、すぐに眠くなった。「洋行」という言葉がかつてあった。萩原朔太郎の憧れをうたった詩「フランスに行きたしと思へど、フランスはあまりに遠し。せめては背広など着て、きままなる旅に出でてみん」。

日本人にとっての西洋とはまずは疑似西洋でもあった上海。高杉晋作さんも密航して足を運んだ。当時の覇権国は英国。渡航の仕方は二つ。船で太平洋を渡り、北米を横断してまた船で大西洋を横断する方法。もう一つは、日本から上海、香港、シンガポール、セイロン、アデン、紅海とスエズ運河を抜けて地中海、列車でアレクサンドリアかカイロまで移動して、また船で目的地へ。その後、シベリア鉄道が20世紀初めに開通して、シベリア経由の第三ルートが出来た。幕末以来多くの人が「洋行」した。そして、往路・復路で途中の様々な寄港地を観察しては感想を残している。この本は、そんな資料を手掛かりにした市民講座で行った講義をベースにまとめられた著書のようである。

Kibata

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