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2019年1月13日 (日)

朝鮮半島再び~今年の初釣りは上々の出来だった。

1月13日(土) 曇り


4時過ぎに一度目が覚める。その後、なかなか眠れなかったが、何とかもう一寝入りはできた。時計を見ると6時40分すぎになっていた。アカハラの声を聞き逃してしまった。シジュウカラの囀りは今日もなし。昨日は、近くの家の柿の木に群れていたのをみかけたが。

日韓関係が非常に難しくなっている(強制徴用、レーザー照射等)。沖縄の問題もそうだけれど、中国という存在の磁力が増すと、それに近い地域はどうしても中国を向いてしまうというということらしい。19世紀の初頭までまでの東アジアは中国が圧倒的に強かった。日本は歴史的には影響は受けたけれど基本的に朝貢しなかった「化外の民」(倭=こびと)だった。琉球王朝も朝鮮王朝も朝貢国であった。しかも、琉球は規模こそ朝鮮とは比較にならない小さな島だったが、朝貢国ランクでは席次は朝鮮より上だった。驚きである。琉球の位置が東南アジアの交易で果たしたメリットは大きかった。そういう記憶が現在の韓国や沖縄にあるのだ。そして、中国は過去の栄光の世界の復活にむかって21世紀にはいり着実に動き始めている。

朝鮮半島は、周辺の大国の草刈り場である。地政学的に日本が大陸進出するときの通り道であり、大陸勢力(中国やロシア)が南下するための通り道なのだ。長らくは中国の、19世紀後半からは、加えてロシアの、そして、日本の。清朝は、北からロシア、南からイギリスに浸食された。イギリスは上海と長江が北上の限界で、かつ、通商がメイン。一方のロシアは、通商に加えて領土的拡張(万里の長城以北の満州から朝鮮半島)が目的だった。


歴史的には、7世紀に、日本と百済が唐と高麗の連合軍と戦い、13世紀には、モンゴル帝国の一部をなしたフビライの元(すなわち、中国)が朝鮮半島を経由して日本を襲った。16世紀に豊臣秀吉が明を征服する目的で朝鮮半島に侵攻しており、日本対明・朝鮮連合軍と戦っている。

1895年の日清戦争は当時の朝鮮王朝をめぐっての日本と中国の戦争だった(中国軍といっても実態は、清朝の高官であった李鴻章の私設軍隊)。朝鮮半島は、日本の保護国、さらに、併合されて大日本帝国の一部となり、1945年夏の日本敗戦によりアメリカ軍により解放された(日ソ中立条約を踏みにじって参戦したソ連により37度線以北はソ連に占領された)。この時の経緯、実態、問題性は、小室直樹氏の「韓国の悲劇」に詳しい。そして1950年の朝鮮戦争による国連軍(実質はアメリカ軍)と北朝鮮・中国連合軍の戦い。1952年、スターリンの死を契機に停戦。


朝鮮半島は、大陸国家と海洋国家の勢力がぶつかり合う宿命にある紛争の地なのだ。ヨーロッパだと、東欧諸国、さらには、二つの大陸(ユーラシアとアフリカ)の通り道にあたる中近東諸国がそれにあたる。何かと言えば、戦乱が絶えない地域という宿命を背負わざるを得ない地域なのだ。今も実際にそうではないか。

明治から昭和20年の敗戦までの日本の歴史は、日本の安全保障の必要から始まった朝鮮半島への進出が、いざ、戦争をして勝ってみると戦争という犠牲のもとに得た権益が手放せなくなり、本来ならば、大英帝国、ロシア、アメリカなどと肩を並べてパワーゲームをやる実力がない半人前にも拘わらず、背伸びに背伸びをして突っ走ってしまった悲劇であ  る。清朝の衰退と極東地域の権力の空白の要素が大きいと思われる。清朝がしっかりしていれば、中国の天下・朝貢体制は維持されたし、日本は大暴れしなかっただろう。

朝鮮は、漢民族の明を滅ぼして成立した異民族(満州族)による清朝にも朝貢を続けたが、異民族王朝への蔑視と明朝の正統を自分たちが受け継いだという観念に染まった人たちである。彼らにとって日本は、漢字、儒教、仏教を教えてやった弟分という位置づけ、というのが刷り込まれている。


その異民族王朝である清朝を滅ぼして成立した漢人王朝である中華人民共和国(本来は中華民国)への潜在的な尊崇が深い意識レベルにある。明治維新以来、あっさりと漢文世界、すなわち、中国文明を捨てた日本にはもはや中国への尊崇はない。あったとしても、三国志や中国の唐の時代か、せいぜいのところ宋のころまでであって、明朝以降の中国をほとんど知らない。

あれだけ北朝鮮から不合理な被害(ラングーンのテロ、大韓航空爆破、数年前のどこだったかの島への砲撃、自国海軍の船の爆破等)を受けながら何ら報復をほとんどしていない韓国とは一体何なのだろう。文大統領は、日本では死滅しつつある左翼リベラルである。(日本の左翼リベラルも高齢化してやがていなくなるであろう)。北朝鮮に甘い。韓国は、エリート層になればなるほど、反米、反日で親中・親北朝鮮になるという。庶民層のレベルになればなるほど親米・親日になる傾向が顕著らしい。


アメリカ軍の韓国駐留は、大日本帝国崩壊後の対ロシア(+中共)勢力に対する肩代わりであった。日本(陸軍)の大陸進出で大日本帝国は墓穴はほった、が、進出する究極の目的はもともとは繰り返しになるが日本の安全保障であった。ロシア革命以降は実質的には、第二次世界大戦後の米ソ冷戦に先駆ける日ソによる冷戦であった、と考えることも可能である。ソ連崩壊までの北朝鮮は、兄の中国、親のソ連に支えられて冷戦の共産側最前線でアメリカ帝国主義の前線基地・韓国と対峙したと位置づけられる。


アメリカのストラテジストのルトワック氏は、韓国を評して、「米国と中国双方の従属者になっている」、としている。米国に対しては全面戦争(朝鮮戦争レベル=中国+北朝鮮とひょっとしてロシア))の抑止力、中国に対しては、一時的(北朝鮮単独)な攻撃に対する抑止力を依存している、と。日本はあくまで後方基地としての米国の一部でしかない。だから、子供じみた(渡部昇一氏は、捨てられた女の恨みつらみ、と評した)感情次元で日本に嫌がらせを続けるが、あくまでも米国(日本の瓶の蓋)と中国(北朝鮮の手綱引き)があってできることなのだ。つまり、両国の掌の上で「あかんべぇ」をする子供と同じ振る舞いなのだ。


彼らの屈辱感は深刻である。嫉妬の要素が一番大きい。本来自分たちが格が上なのにこの150年、併合され日本人になることを強要され、アメリカ!に解放され、日本の戦後賠償と技術供与(新日本製鉄の技術もそうである)、また、アメリカが日本を押さえるために韓国を後押しもしたことから、今日の繁栄を築きあげることが出来たにも拘わらず、反米、半日なのである。駄々をこねる気位の高い問題児と言われる所以である。

無償の施し(日本のような思いやり予算などない韓国はアメリカの駐留軍の抑止力にただ乗りしている)ほど人の自尊心を傷つけるものはない、とルトワック氏は韓国のエリート層の反米意識の根底にある原因を指摘する。

日本に対して、さしたる抵抗もせずにあっさりと併合を許してしまった朝鮮。自ら血を流して独立を勝ち取ったわけではなく、アメリカ軍に日本が敗北した結果としてできたのが韓国。
フランスやユーゴスラビアのような命がけのレジスタンスをたわけではない。オランダがドイツを憎む感情は韓国の対日感情に通じる、とルトワック氏は指摘する。第二次世界大戦時、オランダはさしたる抵抗もせずヒトラーのナチスドイツを受け入れ、ユダヤ人虐殺に間接的に協力してしまった。

日本が、稚拙で乱暴ではあっても、李氏朝鮮の身分制社会を解体して、庶民の近代資本主義社会への参加を可能にしたという事実、(当時の秩序=朝鮮社会の常識を否定し、両班階級のエリートの神経を逆なでにした)、そして、多くの庶民はすんなりそれを受け入れたという事実(それでも日本人が朝鮮半島の住民を2級市民として蔑み差したという事実は残るが)、近代教育制度やインフラを作り、日本敗戦後の自国の近代化に向けた発展の基礎を作り戦後も支援をしたという事実そのものが、朝鮮半島のエリートたちには心情的に受け入れられないのだ。ここが、台湾と違うところで、朝鮮半島の人々の難しさである。

韓国の安全保障に関与するアメリカの観点からすると、韓国を北朝鮮から庇護するコストとリスクを全面的に負っているも関らず、韓国への影響力は中国と折半しなければならない、という割の合わない状態なのだ。 現在の行動様式が自らの安全保障に逆行する行動なのだということがわかっていない韓国に苛立ちを隠さない。韓国は、実質的に主権国家を放棄しているのだ。核放棄に向けてのアジェンダ設定がないまま、対北朝鮮の制裁を解除しようという動きを見せる韓国の深層心理には同じハングル民族が核兵器を自分たちに向けるとは思っていないのではないか。

米中対立が劇化するなか、金正恩さんが数日前に中国を訪問した。昨年6月のトランプ・金会談後、何が進んだのか、というと何も進んでいない。結局、核放棄が先なのか、国連経済制裁解除が先なのか、いまだに決まらない。平行線である。前段としての停戦協定の廃棄と平和条約(戦後処理)を締結するという提案も滞ったままである。そもそも何をいつどこまでやるのかというアジェンダ設定がなされていないのだからポーズだけで実質的に放置されたままなのだ。今年、2回目のトランプ・金会談がなされるというが、トランプさんはどこまで安全保障の問題を理解しているのか別の不安もある。台湾問題と同様に朝鮮半島の問題は事の本質が同じなのだ。
いずれにしても、自らの安全保障をめぐって、自分たちで何かをするよりも、中国とアメリカ(100年前の20世紀初頭は、中国、ロシア、日本の3国)の顔を伺い両天秤にかけながら「うまい汁」を吸う(施しを受ける、逆に言えば、タカリ)という韓国の行動様式は、地政学的な遺伝子としてこの民族に埋め込まれているのだろう。

朝食:納豆、アジの干物、ご飯


昼食:牛肉と白菜煮に玉ねぎを加えて丼飯にして食す。

Yちゃんもとりあず滑り止め校が合格し、気分も軽くなったので初釣りに出かける気分になった。東京都では初雪も観測されたらしいが、Yちゃんは朝からお母さんとカラオケでリラックスしているとのラインで写真が送られてきた。それなら私もである。

15時過ぎ、車で家を出る。上州屋で紅イソメ50グラムを購入していつもの涸沼川下流域にやって来た。今日は土曜日。5人の釣り人が竿を並べていた。一番上流は地元の人らしく、そして火を焚いている。夫婦で2本の竿をだしている初老の人たち。10時過ぎから竿をだしているが、まだ1尾しか釣れないという。宇都宮から来ているという。


Hinumagawa2


もう一人は、なんとハゼの穴釣りをやっている。釣れるんですか、と聞くと、最初の2時間はだめだったが、護岸の上流のほうでアタリが出始めたという。バケツを覗くと17,8㌢のマハゼが4尾、5尾。一番下流は、この人が竿を一本置き竿にして出しているので、宇都宮の老夫婦と同じく栃木の真岡から来ている若手のハゼ師の間に竿を2本出した。準備していると、ハゼ師の置き竿がガタガタなった。アタリだ。上流から大きなハゼを手にして戻ってきた若者に当ってますよ、と一言。ええっ、と急いで取り込むと、30㌢ほどのセイゴが釣れた。穴釣りで釣れたダボハゼをつけてぶっこんだ仕掛けにセイゴが来たようだ。セイゴはいるのだ!



Hinumagawa

2本の竿を並べ終わったのが16時前。曇り空。関東も山間部で雪ということで寒さを覚悟したが、それほどでもない。1時間ほどは何事もなく、ハゼ釣り師を観察。2尾、3尾と追釣する。若奥様が待っているという若者(と言っても30代)は16時半過ぎに去っていった。



<今日は中潮。干潮で水位は低かった>
Suiihikushi


陽が延びた。まだ明るい。薄暗くなりかけた17時前、下流側の竿が小さく2度、3度お辞儀した。鈴はかすかになるだけ。うーん、一気に来い、とじりじりしながら待つ。道糸が弛んだ。獲物は前進したな。ソレっと合わせを入れるとフィッシュ・オン!35㌢前後の涸沼川のレギュラー・サイズが釣れた。ほっとした。2019年の初釣りの一尾目はシルバーの細身の魚体のセイゴである。鱸の子供だが、精悍な肉食魚だ。時計を見ると16時52分。直後にまた下流側の竿にアタリ。2尾目が来た。ほぼ同じのレギュラー・サイズ。そして、3度目も同じ竿。途中でかなりの抵抗があり、直後ふっと軽くなった。痛恨のバラシ。4度目も同じ下流の竿。こちは護岸手前で引き揚げる際に護岸の際にぶつかり、ぽしゃり。逃げられる。約20分で4度のアタリ、2勝2敗。



<本日のアタリ竿>
Honnjitsuno_atarizao

17時半前、周辺は真っ暗になった。5度目のアタリも下流の竿。途中からの手ごたえが大物を感じさせた。無事に護岸に取り込む(引っこ抜き)。目測40㌢のサイズ。体が発火しそうになった。そして、ようやく上流側の竿にもアタリが来た。こちらも大物らしき魚信。ほぼ同じ40㌢前後のサイズ。立て続けのヒット。その後、小さいアタリはあるが針掛かりしない状況が続く。時計は18時。餌も残り少なくなった。上流側の鈴が激しくなった。竿が上流側に少しずれ動いている。合わせを入れてリールを巻くとあまり重くない。本日最小サイズ
(30㌢超)のセイゴだった。

Regular_wsize


18時20分前、下流側の竿に最後のアタリが来た。35㌢前後のレギュラー・サイズ。これで餌がつきた。納竿。



Seigo6


火照る体と興奮を味わいながら国道51号を安全運転しながら19時過ぎに帰宅した。


本日の釣果:セイゴ6尾(42㌢、40㌢、38㌢、35㌢2尾、32㌢)


Chouka


帰宅後、早速に血抜きをして夕食(けんちん汁と牛肉白菜丼)を食べる。食後、急ぎ鱗を落てて内臓だけは取り除いてアイスボックスに入れる。下処理の仕上げは明日に持ち越し。


熱い湯舟に浸かり、早めに2階に上がり、ベッドに潜り込む。満ち足りて熟睡に落ちた。

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