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2019年1月27日 (日)

雪、シジュウカラの囀り、大阪選手、全豪オープンを制す!  

1月26日(土) 朝のうち雪、曇り


5時半前にトイレに起きる。うとうとしながら目が覚めると7時前だ。明るくなるはずの時間だがまだ薄暗い。カーテンを引いて外を見ると、どんよりとしたミルク色の空、ほんの少しだが雪が降って積もっている。そして、とにかく冷え込んでいる。今年一番の寒さだ。


Photo

朝食は、セイゴの塩焼き、ポテトサラダとザウアークラウト、そして、アラ汁にご飯。


父が出かけた後、2階でBBCニュースをチェックしているとシジュウカラの囀りが聞こえてきた。こんな真冬の寒い中なのにと思う。

ブラジルのどこだかの鉱山の採掘現場でダムが決壊したらしい。相当の犠牲者が出た模様。韓国、アジアカップの準々決勝でカタールに敗退。オーストラリアでは熱波で川の水が干上がり沢山の馬が死んだらしい。

日露平和交渉は、簡単には行かないのは当然である。世界情勢とリンクしているのだ。朝鮮半島情勢や中国とアメリカの貿易戦争、Brexitに揺れるEU、中東の先が見えない混乱ぶり、西側のロシア経済制裁、など、今は世界各地で問題が山積状態だ。


第2次世界大戦でヘタを打って敗れた平和国家・日本に選択肢はあまりないのだ。日米同盟の傘にある限りは。ロシアと日本の問題は、まずもって両国が北方領土返還と日本の経済協力が等価であると納得できない限り進展はあり得ない。そして、どう考えても「等価」になるとは思われない。安全保障と経済発展のためにどれだけ日本はアメリカに貢いでいるかをまず考える必要がある。


日本にとってのロシアから得られるメリットは彼らの豊かなエネルギー資源だろうが、中東の石油と原子力依存を減らし、かつ、天然ガスなどの供給先を多様化して、日本として外国に頼るエネルギー・コストをどれだけ下げられるのか、ロシアからメリットを本当に引き出せるのか。


さらに問題なのは、仮に見通しがたったとしても、日本だけでは決められない。アメリカさんの戦略的な判断次第なのだ。彼ら自身の安全保障問題が第一にあって、その枠内でどうなるのかである。アメリカは日本を同盟国であると位置付けてはいるが、一方で警戒もしているのだ。日ソ領土問題を解決して両国が密接に結びつくことはアメリカ離れになる可能性を秘めるのだ。

領土問題での歴史的な経緯を見れば、正統性が日本にあるようには思えるけれど、拙速は割に合わない結果を招くだけだ。日本は戦争に負けたのだ。日ソ中立条約破りの道徳的非難をロシアにぶつけても、ロシアはドイツに独ソ不可侵条約を一方的に破られて大被害を受けているのだ。だからどうしたと開き直られるだけだ。彼らが参戦したのはルーズベルト大統領の要請によるのだ。ロシアではない、アメリカが求めたからなのだ。


国際関係は結局は力と力のぶつかり合いだ。北方4島を返してほしければ力で取り返せばいいだろう、というのがロシア側の論理だ。彼らは実際にクリミア半島を併合してしまったではないか。

もう一つの話題について:


アメリカ政府機関が3週間という期限付きでで再開することになったこと。国境の壁の予算は凍結したままだ。3週間で決着するのだろうか。トランプさんのレトリックは相変わらずである。押しの強さはアメリカそのもの。昨年の国連で、「私は歴代のアメリカ大統領の実績を凌駕するほどの成果を自分の就任以来あげている」、と演説で述べたのだが、この言葉に会場は笑いに包まれ、トランプ氏も想定外の事態に一瞬唖然としたらしい。
アメリカ流で押しが強いリーダータイプによくあるレトリックだがこういった押しの強い表明=自己主張は、アメリカでは文字通りにとるというより、ほとんど意味がない時候の挨拶みたいなのかもしれないが、受け取る側は(皆、異文化を背景にしている!)、言葉自体の直接意味することがあまりにも今の現実とかけ離れているし、自己正当化の強弁にしか思えなかっただろう。「何という御冗談を!」というのが笑いの真意だったろう。

アメリカ流のコミュニケーションは、同じアングロサクソンでも、イギリスのいわゆる「控えめな表現」(understatement)で相手を刺す、とはかなり違う。

グローバル・ビジネス・コミュニケーションの専門家であるErin Meyer氏の「The Culture Map - decoding how people think,lead, and get things done across cultures」を時折、息抜きに、面白く拾い読みしているが、イギリス人(リーダー)の英語がいかにオランダ人(職場の部下)にとってミスリーディングであるかに触れるところがある。オランダ人は個人的経験(たった一年だが)から言っても、アメリカ人同様にストレートにハッキリとものを言う人たちであることは分かっている。

また、自分はイギリスでの駐在経験もあるけれど、彼女が指摘するキーポイントを知っていたらと、今さらながら思う。職場は、半分は日本人だったが、残りの半分はイギリス人を主に、スペイン人、ドイツ人、フランス人、イタリア人もいたし、中国系のイギリス人や、スリランカ系のイギリス人もいた、いわばごった煮の職場だった。大変だった。

著者によると、イギリス人とオランダ人が微妙に違う(大陸ヨーロッパ人と島国イギリス人の違い)ことはある程度は分かってはいたけれど、以下のようなすれ違いが例として上げられるという。

たとえば、Could you consider some other options ?という表現。
イギリス人の意味するところ:Your idea is not a good one.
オランダ人の理解すつところ:He has not yet decided.

それから、Please think about that some moreは、
イギリス人の意味するところ:It's a bad idea, Don't do it.
オランダ人の理解するところ:It's a good idea. Keep developing it.

自分では使ったことがないけれど、たまに、話しをしているときに相手が<Very interesting...>と相槌をうつことがある。
イギリス人の意味するところ:I don't like it.
オランダ人の理解するところ:He is impressed.

驚きは、That is an original point of viewだ。
イギリス人の意味するところ:Your idea is stupid.
オランダ人の理解するところ:He likes my idea.

ちなみに、著者によると、ドイツ人、オランダ人、アメリカ人、イギリス人などアングロサクソン・ゲルマン系は、low context/explicitのカテゴリー(暗黙の前提が基本的にない言葉そのままのコミュニケーションで直接的に表現する)に入り、イスラエル、ロシア、ラテン系の国々、中近東、アフリカ、アジアは、hight-context/implicitカテゴリ(暗黙を含む言葉以外のコミュニケーションで、間接的に表現する)に入る。その中で、<否定的な評価を直接表現するグループ>と<間接的に表現するグループ>に分けられる。

否定的批評を直接的に言うグループのランキング(上位から)は、オランダ、イスラエル、ロシア、ドイツ、デンマーク、フランス、スペイン。

否定的批評を間接的に言うグループのランキング(下位から)は、日本、タイ、サウジアラビア、中国、ケニア、インド。

上の2グループの中間にあるのが直接⇒間接の順番で、オーストラリア、イタリア、アメリカ=カナダ(同位)、イギリス、アルゼンチン、ブラジル、メキシコとなる。

日本は、最も言葉以外での含みをもつコミュニケーション・スタイルで、間接的な言い回しを好み、かつ、否定的なことは極力直接言わない人たちなのである。対極は、ドイツとオランダ。中国人から日本人ははっきりモノを言わないから困る、と言われたことがあるけれど、中国自体の位置はずーっと日本に近いコミュニケーション・スタイルなのだそうだ。


日本人が外国人とのコミュニケーションを通して相手の真意を理解し、又、こちらの真意をきちんと伝えるのがいかに難しいか、ということだろう。特に、微妙なニュアンスや駆け引きが伴う利害関係が絡んだ局面となると深刻だ。太平洋戦争前の失敗した日米交渉はどうなのだろう。交渉の窓口となった国務省のハルの回顧録だか日記には、野村大使の言っていることがあまりよくわからないし、また、相手もどもまでこちらのことを理解しているのかよく分からない、とする箇所があるという。野村大使の場合は語学力の問題もあったらしいが(通訳を使わず本人による直接交渉をしたらしい)。

昼食:焼きそばにザウワークラウを載せて食べる。なかなか行ける。

一昨日釣った魚の下ごしらえ(鱗と内臓はその日に処理)をする。一番大きいのは3枚におろした。ボンファム用。残りの2尾は筒切りにして煮つけ用に整えた。

マーラーの「歌曲集<子供の不思議な角笛>」のCDを聞いたり、ネットサーフィンをして過ごす。15時のおやつは、御煎餅とダージリンの紅茶。高級茶だ。久しぶりにレモンと砂糖を入れて3杯も飲んでしまう。

16時25分から「刑事コロンボ」を見る。今日は「逆転の構図」(Negative Reaction)。1974年制作。」私が大学に進学した年。以前見た記憶がある。妻殺しの写真家の話だ。自分で妻殺しをして、出所したばかりの刑務所で知り合った男を殺人犯にしたてあげる(自分も一応足を撃って偽装する)が、例の如く、殺人現場の酔っ払いの証言(2発の銃声の間に時間の間があった)や、犯人に仕立て上げられてしまった刑務所を出所した男のアリバイ(当日の午前中、自動車免許をとっていた)を確認するうちにコロンボは写真家が真犯人だと断定し、コロンボが芝居をうつ。


真犯人は、自らのアリバイ(実際の殺人は当日の午前中)作りと身代金を得るための取引材料として妻を拘束している現場の写真を撮影したが、時計を14時にセットして撮影し、脅迫文と写真を用意した。ところが、コロンボ刑事が、逮捕を前提に写真家を警察署に呼び出して見せた写真は、10時を示していた。それを根拠に、「写真家のアリバイは崩れた、あなたが犯人だ」、と。


真犯人は、いや、それは写真技術の問題で、ネガを見れば14時のはずだ、と思わずコロンボの取調室においてある沢山のカメラの中から自分が使ったカメラを選んでしまう。大博打だった。犯人が自らの犯行を証明した瞬間だった。犯人のアリバイ崩しにフェイクの写真を使って、犯人に自供を意味する行動を取らせるための罠だったのだ。しまったぁ、やられたぁ、という真犯人の表情。

毎回、ちょっとした事なのだが、それが劇的なドラマ性を帯びながら犯人を追い込んで真実を暴き出すストーリー。冴えない風貌の男だが、鋭い勘とひとつひとつの地道な事実の確認で、知能犯のトリックを見破る痛快さが、人気の秘密である。莫大なお金を動かすビッグ・ビジネスの総元締めであるボスにしても、イギリスなら由緒ある貴族の子孫が、意外と地味で目立たない人であることが多いこと同じだ。能ある鷹は爪を隠す。

夕食:アラ汁(セイゴとボラ入り)、ボラの煮付け、ポテトサラダ、ご飯。

全豪オープンテニスで大阪選手が初優勝!昨年の全米オープンに次いでだ。快挙。アジア人初の世界ランク1位。お父さんはハイチ人だという。日本語は拙いがインタビューでの受け答えも旨くなっている。

夜遅くまで、2階の和室でユンガーの「Gläserne Bienen」(ガラス蜂、英訳タイトル Glass Bees)のウィキペディアを読んだり、参考文献に上がっていたサイトを見たりする。「ガラス蜂」は1957年にユンガーが発表したSF小説だ。テクノロジーと権力の問題を扱っている。


https://en.wikipedia.org/wiki/The_Glass_Bees


ソロス氏のスピーチ原稿を読んでいてユンガーのこの小説を思い出した。ユンガーがこの小説を書いた背景は当然ながらおぞましいナチス体験である。ハンガリーから命からがら偽造した身分証明書でホロコーストを逃れたという。
近代資本主義は、「開かれた社会」(自由主義、民主主義、市場経済)のもとに英米で始まり、他の西洋諸国や日本、第2次大戦後は、アセアン諸国、中国、ロシアがその後を追ってこれまで発展してきた。テクノロジーは近代資本主義の屋台骨で爆発的な発展を遂げる。


そして冷戦終了後のインターネットの登場と21位世紀に入りGAFAが確固たる地位を築くことで、社会の様相が大きく変わろうとしている。ジョージ・オーウェルのデストピア小説1984年)が描く暗くおぞましい未来像は共産主義・ソ連の崩壊で消え去ったかに見えた。自由主義の勝利、歴史の終焉、などと我が世の春を謳歌した1990年代の楽観主義はもはやない。


新自由主義による大惨事であったリーマンショックもそうだが、何やら不気味なものを予感させるものが蠢いている、とソロス氏はユダヤ人の遺伝子で嗅覚するどく嗅ぎ取り、厳しい論調で、昨年はGAFAを、今年は中国(とロシア)を非難しているようだ。

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