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2019年1月18日 (金)

ハゼの穴釣りはお休み。

1月17日(木) 晴


6時過ぎに目ざめる。冷え込みが厳しい。ベッドの中でしばらくじっとする。アカハラの声が聞こえない。

7時過ぎまで30分ほど、「日本史の謎は<地形>で解ける」をパラパラと拾い読みする。この本は2年ほど前だとおもうけど、現在マレーシアのペナン島で年金生活を満喫されている先輩から飲み会の席で「面白いから読んでみたら」と頂戴したもの。すぐに読む機会がなく積読したまま忘れていた。

昨夜、寝る前に、「本質を見抜く力~環境・食料・エネルギー」(PHP新書)をパラパラめくっていて思い出したのだ。「本質を見抜く」は養老孟司氏(解剖学が専門で、昆虫のコレクター)と竹村公太郎氏(土木工学が専門で国土交通省のお役人だった))の対談だ。理科系頭脳による歴史への言及がユニークである。というか、基本的に文献がないと成立しない歴史学の限界へのやんわりとした批判として面白く読める本である。歴史の下部構造として「エネルギー争奪史」という視点を持つことの重要性だ。理科系の人が見れば太平洋戦争とは「石油争奪戦」だった。「昭和天皇独白録」にも天皇陛下(海洋生物学を趣味にされ、周囲が神がかって正気を失っていた時代においてウミウシなどを観察してながら正気を保たれていたのではないか)は「先の戦争は油に始まり油に終わった」とおっしゃっている由。

Enerugi

ヒトラーがソ連を攻撃したのもイデオロギー対立(共産主義対資本主義)はもちろんだが、コーカサスの石油狙いが根本にあった。だから、100万を超えるドイツ機甲師団を3分割するという愚を犯ささざるを得なかった。コーカサスの戦力をレニングラードとモスクワに投入していれば歴史は変わっていた?

日本陸軍は日本の生命線と言われ、資源が豊富とされる満州を獲ったものの石油を確保する発想がなく、大慶油田を発見できなかった。もし、発見していれば、日本はあのように拙速な戦争をする必要はなかったという経済学者・原田泰氏の指摘にも触れられている。陸軍の人々が欲しがったのは目の前にぶら下がった勲章であり、爵位が欲しくて戦争を欲した。そして、日本を滅ぼした。

「日本書紀」に始まる日本のみなもとは大和朝廷。著者によれば日本遷都は過去に2回あった。まずは奈良から京都の平安京。そして、徳川幕府の江戸=東京。すべては河川という交通の便とエネルギー源(木材)が要因であると(奈良時代、大阪の河内は湿地帯だった)。ちなみに、本当は3回の「遷都」があったらしいが、邪馬台国は場所がわからない。地形的にいえば、どうも博多湾に面する流域(伊都国)の可能性が高い、とは著者の指摘。そして、現時点で、東京遷都はリアルではない(地震による都市機能停止に対する対策で遷都するというのはありえない。過去の遷都を見るとエネルギー問題で行き詰まり交通の便と森林資源の豊かなところに移らざるをえないとう必要に迫られてネクスト・ベストの地域に遷都した)が、北京遷都はリアルであるという。人類の遺産とされる万里の長城(それに、始皇帝の兵馬俑)を造成するだけで消費した森林資源の膨大さは見積りが出来ないらしい(エジプトのピラミッドもそう)。2000年にわたる森林伐採の結果が北京に迫った砂漠化なのだ、という。すでに、2000年初頭において当時の朱鎔基首相が遷都について言及しているらしい。

朝食:アジの干物、ポテトサラダ、ニシンの昆布巻、ご飯。(よく考えると昨日と同じ!)それに、バナナ。

資源ゴミを出して、2階へ。11時過ぎまで、ふたたび、ベッドに潜り込んで本を読む。サラリーマン時代には考えられないこと。気ままに読書三昧。

全豪オープンの2回戦。錦織選手、2回戦も苦戦。フルセットの末、タイブレークの末ようやく勝利。3時間40分の長丁場。スゴイ、の一言。

昼食:ミネストローネ、石窯パン、牛肉コロッケ。

今日のハゼの穴釣りはお休み。2階で日記を書いたり、埃をかぶったCDを聞いたりする。今日は、ドイツ語のフォークソングを聞く。Reinhard MayとHannes Bader。前者は、Ueber den Wolken (雲の上)、Gute Nacht (お休みなさい)、Dat du min leefste buest(最愛のあなた)など等。Gute Nachtはオランダで研修をしていたころラジオで聞いた記憶というか録音したテープが残っている。「最愛のあなた」、は、学生時代にハノーバーで親しくなったeter氏宅でエジプト人やフィンランド人の仲間たちと騒いだ折に弾き語りで聞いた一曲だった。低地ドイツ語で、いわゆる標準ドイツ語(Hoch Deutsch、英語でHigh German)とはかなり違う。むしろ、オランダ語に近い。

英訳付きのDat min leefste buestは以下をクリック:


https://www.youtube.com/watch?v=E4WTn4QBp38
この歌はよく意味を考えると、「夜這い」の歌にも思えてくる。インターネットで検索すると、ドイツ語サイトではたくさん出てくる。愛唱?されている歌のようだ。

遠い昔(20代)のころの話だが、数年ごとにひょっこりと思い出しては懐古に浸って悦に入る自分である。特に、フィンランドから来ていた大柄だけど気のやさしいAnne(金髪で青い目だった)と気が合って、夏祭りでPeterが働くパブで仲間たちと飲み騒ぎ、ふと気が付くと夜中に教会周辺を二人手をつないでで散歩していた。そして、教会のそばを流れる小さな川の岸辺の芝生には若い男女があたり一面で熱々状態で抱擁していたのだが、私と彼女も自然に仲間入りしたのだった。

夕食:アジフライ・牛肉コロッケに刻みキャベツとポテトサラダを盛り合わせて日本酒の熱燗を飲む。デザートにリンゴ。フライの盛り合わせと刻みキャベツにウースターソースを掛けてたべる定食は学生時代以来、私の大好物である。付け合せにはポテトサラダかマカロニサラダがよくマッチする。

夜、久しぶりにハリウッド映画「ツーリスト」を見る。舞台はヨーロッパ。冒頭のパリのカフェ、メインはイタリアのベニス。ホテル ダニエリも出てくる。主演の女優(アンジョリーナ・ジョリー)も男優(ジョニー・デップ)も映画で実際に見るのはたぶん初めてかも知れない。2010年の制作。映画館で映画を観なくなって久しい。東武練馬のイオンシネマでYちゃん親子とたまに行くことは行くけれど、本当にいい映画は自分一人で暗闇のなかで観たい。そういう意味で観た最後の映画は何だろう。あまりにも昔のことで思い出せない。映画を映画館で見る時代は1970年前後を境に徐々に衰退した。テレビの普及、1980年代の録画ビデオの普及、1990寝代のDVDの普及とインターネットの登場。池袋の文芸坐地下が閉館したのが1990年代だった。


それにしても、最近、イングリッド・バーグマンの自伝(英国の作家アラン・バージェスとの
共著)を読んだばかりだが、骨太で大柄、鰓も張り気味の美形だったバーグマンと今日のトップ女優であるほっそりと痩せたモデル系の体格と細面のアンジョリーナとはだいぶ隔たりがあるように思える。彫りの深さは西洋人ならではだがアンジョリーナの顔はバーグマンほどクラッシックに整っているようには思えない。そして、最近良く見る森繁喜劇に登場する女優・池内淳子の柔かい東洋美人顔がなんとも自分には愛おしく感じられる。

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