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2019年2月27日 (水)

週末の1泊2日の上京、映画「ドクトルジバゴ」、我が家の梅も数輪が開花。

2月25日(月) 晴



週末の土日は、母の具合もほとんどもとに戻ったので3週間ぶりに急遽上京した。1泊2日。Yちゃんに入学お祝いのパソコンを買う約束をしていたのだ。入学までにキーボードを覚えてもらいたい、というYちゃんのママの願いもある。池袋で待ち合わせて、パソコンを購入、買い物に付き合って、夕食は和幸のトンカツを食べた。Yちゃんはヒレカツ、ママは、カキフライ+エビフライ+一口ヒレカツ、私はロースかつ。キャベツは柚子ドレッシングでお替り。皆お腹がすいていたのか全て完璧に平らげる。



夕食後は、パソコンのセットアップに付き合う。業者に頼めば1万はとられるので、私がすることに。得意ではないが悪戦苦闘することなく、夕刻から赤ワインを飲みながら作業をする。立ち上げて、Wi-Fiのセキュリティー・コードを入れて、インターネットにアクセス。後は、画面に従って進めるだけだ。メールアドレスを作り、オフィス(ワード、エクセル、パワポなど)の登録をしたりして完了すると、Yちゃんは早速キーボードを、ぎこちなく人差し指で叩いてゲームアプリに夢中になる。ウィンドウズ10の画面はオフィスでの仕事画面と様相が変わりスマホの要素が大きい。



私が英文キーボードを覚えたのは大学を卒業して就職してからだ。当時は英文タイプライター。手動と電動があったが、最初は人差し指で簡単な文章を作成するのに1日かかっていた記憶がある。Yちゃんはスマホ世代。インターネットで検索して、タイピング練習のサイトを見つけてブックマーク、両手の10本の指を使ってキーボードが叩けるようになるといいよ、パソコン操作が楽になるよ~、ゲームもたぶんネ、とアドバイス。ゲームに夢中で、聞いているんだか、どうだかよく分からず。購入したパソコンには有線のマウスがおまけでついていたのに、Yちゃんのママが別売品の無線マウスを買ったのはゲームがしやすいからだと気づいた。



翌日は、実家の両親が心配なので、大山の回転寿司(ロースト・ビーフの握り!が旨かった)で一緒に昼食を取ってお茶を飲んだ後、早めに帰路に着く。往復の電車の中ではビーバーの「第二次世界大戦」とパラレルな部分のチャーチルの「回顧録」(文庫本)を読んだ。仲宿商店街の行きつけの古本屋では、2冊文庫本を買う(吉村昭の「ポーツマスの旗」とヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」)。2冊で400円。本は新品同様。得した気分になる。いつ読むかはわからないけれど。上野駅で両親の好物の東京バナナロールケーキを買って、18時過ぎに帰宅。




地元の駅の吉野家で買った牛丼で簡単に夕食を済ませる。両親は夕食を済ませ、もう就寝する準備をしていた。All quietなのだが、自分が不在の1日半で母は少し疲れたようだった。今回の食あたりと発熱で、やはり、体力全体の弱りが進んだのかも知れない。




今朝は6時までぐっすり熟睡。アントニー・ビーバーの「第二次世界大戦」を読み続ける。7時前にキッチンへ。




朝食:納豆、ご飯、ミネストローネの味噌風味。両親は、鮭の塩焼きと人参入りの粕汁にポテトサラダといつものおはぎ。



9時過ぎ、父はデイケアーへ。母は、少し背中が痛むというのでベッドに横になり休む。給湯器の業者さんから連絡が来て、オイルタンクの交換は明後日17日の午前中に決まった。3万だが消費税別。



昼食:ミネストローネ(どんぶり一杯)。



13時からBS3で「ドクトル・ジバゴ」を観る。テレビの吹替バージョンで見たことはあるけれど、全編をきちっと見た記憶がない。2度目に観たのは、1999年の冬、ローマの駐在員の先輩の家に遊びにいったときだったけれど、おいしいイタリアンの夕食を食べた後で、これも途中からだった。今回は、字幕スーパーで最初から見る。先日の映画「レッズ」と同じくロシア革命前後の時代が背景で、今回はロシア人自身の物語。冷戦真っ只中の1965年製作で、ロケ地はスペインだったという。あの雪のシーンや玉ねぎ頭の教会や街並みは全部セットなのだとするとすごい。雪に埋もれたウラル地方の風景はすばらしいのだがあれがスペインだとは!



主人公は医者にして詩人のジバゴだが、興味深い人物はロッド・スタイガー演じる悪い奴だけれど憎めない貴族コマロフスキーとジバゴが愛を捧げるジュリー・クリスティー演じるララ。ヒロインのララは17歳の学生で、母の愛人(パトロン)のコマロフスキーの誘惑されて付き合い始めるのだが、それに気づいた母は自殺未遂をする。ジバゴが手当てする中、命をとりとめた母のことを告げるコマロフスキーに安堵しかつ愛撫に身を任せるララをジバゴは偶然目にしてしまう。



コマロフスキーは、ララから革命に共感する友人の青年パシャと結婚する相談をされると、ララに言う。「人間には二つのタイプがある。一つは、お前の婚約者の青年タイプで、志高く純粋ですばらしい。だが、世間からは本音で軽蔑される。そして、女を不幸にするタイプだ。だから結婚は勧めない。俺はもう一つのタイプで、理想も志もない現実主義者で・・・お前と俺は似た者同士でうまくやって行ける」、と。そして、ララをレイプしてしまう。




ララは、自己嫌悪から、パシャから預かったピストルでコマロフスキーを撃つ傷害事件をこの後におこしてしまうのだが、悪運の強いコマロフスキーは軽傷で、しかも、ララを刑事事件にならないよう庇う。結局、ララは、革命に身を捧げる年下の青年と結婚し、教師となった青年とウラル山地の田舎に移り住む。




ジバゴは、11歳で孤児となって、両親の伝手で引き取られ育てられた裕福なモスクワのブルジョワ一家で育てられる。バラライカの名手であった母の唯一の形見が唯一の遺産だった。医者にして駆け出しの詩人となったジバゴは、ブルジョワ一家の幼なじみで一緒に育ったパリ帰りの娘トーニャ(演ずるのはチャップリンの娘ジェラルディン・チャップリン)と結婚し娘を設ける。



そして、第一次世界大戦が勃発。人々の運命が激変する。ララの夫は志願して従軍、行方不明となる。ジバゴは従軍医として戦線に出る。そこで、行方不明の夫を探すために従軍看護婦として働くララと二人は再会し二人は惹かれあっていく。

この映画には語り手がいる。アレック・ギネス演じるエフグラフという赤軍の中将。映画の冒頭は、この初老の男が、ララとジバゴの一粒種の娘と思われる(ただし姓はコマロフスキー)女性に尋問するシーンで始まる。この年老いた軍人はジバゴの義理の兄だ。第一次世界大戦で帝政ロシア軍の内部転覆に活躍したボリシェビキ革命の闘士は、革命後のモスクワでジバゴ一家と出会う。ブルジョア一家の豪壮な邸宅は接収されこと、ジバゴの詩は反革命的であると糾弾されている事実をジバゴはこの兄から知らされる。兄の計らいで一家はターニャの田舎の別荘に移り住むことが許される。内戦で荒廃した村を通り過ぎながら、赤軍の列車での移動が始まる。ここで第一部終了。





移動途中のある朝、ジバゴは、行方不明のパシャに再会する。彼は、ストレル二コフという名前で白軍と凄惨な戦いを指揮する冷酷な指導者となっていた。そして、白軍が支配する町に住むララの消息も知る。ジバゴ一家は、田舎の別荘でひっそりと平穏に暮らすのだが、一方でジバゴは一人息子と暮らすララを訪問し、恋心が再燃がる。しかし、ターニャが第二子の妊娠をした機会に関係を断つことを決心、それをララに伝えに行った帰りにジバゴは赤軍のパルチザンに身柄を拘束され医者として2年間従軍する運命となってしまう。ようやく隙を見て逃走し戻った別荘にターニャ一家はいなかった。その後、ララに再会し、ターニャはジバゴを探すなかでララと対面したことを知る。そしてモスクワに戻ったターニャ一家はブルジョアの烙印のもと国外追放となったと手紙が届く。ジバゴとララとその息子の水入らずの生活が始まる。詩の創作の日々。ララに捧げた詩の原稿を見てララは言う。これは私ではない、あなた自身だと。


そして、ある晩、あのコマロフスキーが現れる。ブルジョワでありながら、現実主義者で機を見るに聡いコマロフスキーは、革命派にとっての利用価値をアピールして、極東にできる自治区の法務大臣に任命されたという。ララもジバゴも革命の敵としてこのままでは命が危ないが、自分と来れば助かる、というオファーをする。コマロフスキーの存在を受け入れられないジバゴは断る。しかし、コマロフスキーから、ララの夫のパシャ、赤軍の指揮官ことストレル二コフが自殺したこと、反革命派の烙印が押されているララがこれまで無事でいられたのは、赤軍内部の反ストレル二コフ派が、彼をおびき寄せる餌として寛大に処遇して来たからで、利用価値がなくなりもはや収容所行きか処刑しかない、と囁かれて、ジバゴはララをコマロフスキーと一緒に送り出すことに同意する。自分は後で追いかけるからとララに告げて二人は分かれる。これが二人の永遠の別れとなった。



ジバゴは、その後モスクワに戻り、兄エフグラフの計らいで医者として生き延びていたが、詩は出版できなかった。ある日、市電に乗っているジバゴはララを見かける。心臓に病があったジバゴは電車を降りてララを追いかけるが発作に倒れる。ララは背を向けたまま歩き続ける。




詩は出版されずともジバゴの葬式に訪れ弔意を示す人々はひきも切らなかった。ララも現れ、兄エフグラフに二人の一粒種の娘を探す協力を依頼する。しかし、これがかなうことはなかった。その後、スターリンの大粛清時代の波に飲み込まれ、ララの行方はわからなくなった。おそらく、どこかの収容所で人知れず亡くなっただろうと推測される。



ジバゴの子を身ごもったララは、コマロフスキーと設立される予定の極東の自治区(ユダヤ自治区?)へ行き、結局結婚したのだった。今や老中将となったジバゴの兄エフグラフが、両親からはぐれてしまった状況を問い質すのに対し、若き娘は、モンゴルでのある日爆撃の混乱の中、必死で逃げる際に握っていた父の手が離れて一人になってはぐれてしまった、と告げる。




本当の父なら絶対に手放さないはずだ、とエフグラフは呟く。そして、この娘はジバゴとララの娘に間違いないと確信する。ボーイフレンドらしき若者が娘を迎えに来て尋問は終わる。二人は去って行く。娘がバラライカを肩に掛けているのに気付いたエフグラフが声を掛ける。若者曰く、彼女のバラライカは芸術家肌だと。ジバゴの母親譲りの才能をこの娘は引き継いだに違いないと、エフグラフは呟くところでFIN。



3時間半たっぷりの情感豊かで、ロケも美しい、デヴィッド・リーンの傑作映画であった。リーン監督の映画「アラビアのロレンス」「ライアンの娘」「インドへの道」と同様に素晴らしかった。


3度目にして、ようやく全編を見ることで、内容もようやくきちんと理解できた。パステル・ナークの原作を読めばいいんだろうけど。学生時代の左派系の友人が、パシャや、ジバゴのモスクワの豪邸を接収した革命派の描き方がよろしくない(冷たい感じでいかにも悪人)とコメントしていた記憶があるが、パステルナークの原著そのものが体制批判でありソ連では発禁だったのだから仕方あるまいと思う。原作に忠実にこの映画は作られた。当時のソ連がこの映画を作ることはもちろん、ロケを許可することもなかったのは当然だった。


夕食: 白身魚フライ乗せ野菜カレー


日本に帰化したドナルド・キーン氏がなくなった。すばらしい日本の理解者にして世界への紹介者だった。ああ、合掌。

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