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2019年2月26日 (火)

梅薫る!

2月22日(金) 晴



5時過ぎに目が覚める。ビーバーの「第二次世界大戦」を読み続ける。

5時52分、アカハラの声を聞く。日一日と日の出が早くなり、アカハラ君も早起きするようになった。

朝食:残り少なくなったミネストローネにハウスバーモントカレー(甘口)一かけらを入れてカレースープを作る。ベーコン・エッグを作り、お皿にご飯を盛り、それにベーコン・エッグを乗せて味噌風味のミネストローネのカレースープを掛ける。ベーコン・エッグ・カレー・ライスの出来上がり。

ビーバーの「第二次世界大戦」を読むにあたって年表が必要と痛感。複数の本の年表を参照しながら独自の年表作りをする。とりあえず、1936年から1940年までの分をまとめる。熱中しているとあっという間にお昼である。

ところで、アメリカとソ連の関係が1932年のルーズベルト民主党政権の発足によって大きく変わったことは注目に値する。


1933年11月、米ソの国交回復


1934年10月、ソ連の国連加盟 

※1939年、独ソ不可侵条約、ポランド分割後の11月にフィンランドに戦争を仕掛けて、結局、連盟から除名)。


これを受けて、1935年7月~8月 コミンテルン第七回大会で人民戦線戦術採用され、ドイツと日本がファシズム国家として不倶戴天の敵と規定され、一方で、敵対していた西側の社会民主主義勢力と手を結ぶ戦略に切り替えた。ソ連の地政学の要請に基づく180度転換政策。しかし、これは1939年の独ソ不可侵条約で再び180度転換されたが。スターリンによる「砕氷船理論」がその際にとなえられたらしいが、これは、どうも「田中上奏文」と同じ偽書の類らしい。しかし、もっともらしく見えてしまうのは、その後の歴史がほぼその通りに展開しているからだろう。

今日の感覚で一番理解しがたいのは、ソ連自らが民主主義勢力であると規定していること。皇帝、王様、貴族、ブルジョアを否定・追放して人民主体(労働者)の政体であるということなのだろうが、英米の「民主主義=デモクラシー」とはまったく水と油である。



第二次世界大戦は「民主主義」勢力と「ファシズ」勢力の戦いだった、とその当時は喧伝されたが、うさんくさいプロパガンダの類だったことは後の歴史が示すところである。しかし、このレトリックは現代にまで引き継がれている。リベラル派(左翼)はこのレトリックを未だ使っているし、驚いたのは、習近平さんが数年前の戦勝記念パレード(本来は台湾の国民党がすべきもので、中国共産党はその後の内戦で国民党を破った)で、ファシズムを打倒した連合国としての中国という立場をアピールしたことだ。この中国共産党によるプロパガンダはあまりにも見え見えで、西側の首脳(連合国関係者)で招待に応じた人はいなかった(韓国の前大統領が参加したが、韓国は戦争当時は国がなく戦勝国でも敗戦国でもなかった)。

第二次世界大戦は、ファシズム勢力(遅れてやって来た資本主義勢力)とデモクラシー諸国(植民地を持つ豊かな先進資本主義国)と共産主義勢力・ソ連(インターナショナリズムの仮面をつけた帝政ロシアの復活=一国社会主義=抑圧的な全体主義国家)による20世紀の「三国志」を演じたのだった。

ところで、ビーバー氏は、中国戦線での日本兵の残虐性にも容赦なく触れている。その理由として、軍隊での恒常的な上官による残虐な抑圧が、敵に転化したという、抑圧移譲の理論で説明している。部分的には当たっているかもしれない。ただし、大岡昇平氏が述懐するごとく、日本の軍隊の一兵卒は確かに上級兵から恐ろしい抑圧を受けていたし、乏しいロジスティックスで戦場では常に飢えたのだが、あまり不満はなかった、という。そういう人たちが、自分たちのレベルで連合国の捕虜を扱ったのだ。ギャップが大きく、日本人には捕虜なら当たり前だろうと思ったことも、「文明人」の彼らには想像を超えた虐待だった、という面があっただろう。一方で、中国大陸の同じアジア人に対しては、洗脳教育もあり、人間以下の扱いをしたことは間違いないだろう。そういうもと兵士たちの日記などの記録の類は山のようにある。



中国への蔑視は、日清戦争で多くの一般庶民が大陸に渡った経験によるところが大きいらしい(朝鮮半島も同じ)。孔孟の国のあまりの非近代的で惨めな現状にみな多いに驚き、勝利によって、侮蔑に変わっていった。

ファシズム国家も共産主義国家も抑圧的で容赦のない支配をそれぞれの国民にしたことは、平和で豊かな先進国から見ればおぞましいことだった。共産ソ連だが、西側のリベラルが人権抑圧を批判したとしても、農奴に近いロシアの農民たちが唯々諾々としてボルシェビキを受け入れたという事実は否定できなであろう。物言わぬ普通の人々にとってスターリンでもロマノフ王朝の皇帝でも同じことだった。ヒトラーのドイツがソ連に負けたのは、西側の恵まれた文明を享受している人たちなら耐えられないほどの酷い扱いを受けても、そして、第二次世界大戦では2000万と言われる犠牲者を出しながらも、農民たちが愛国心に燃えて黙々と戦った「戦意」による要素が大きかったという。
昼食: 焼きそば、コーヒー
週末はでかけるので買い物と散策(千波神社周辺)。民家の庭先で梅が花を開いていた。清らかな香りはそれほどでもなかったがもう少したつと楽しめるだろう。



Ume

夕食: カツカレー

全豪オープンを制した大阪なおみ選手の好物はかつ丼にカツカレー。大阪選手が最近、コーチと縁切りをしたばかりの直後の最近の試合で初戦負けしてしまった。世界ランキング1位なのに。次のビッグトーナメントは6月の全仏オープンだが、今回のチョンボ(とりこぼし)の影響がのこらなければいいのだが。


北朝鮮の「ロケットマン」と就任以来常に騒がしい、というか、物議をかもし続けているアメリカの大統領が、来週ベトナムで第2回目の会談が予定されている。どうなることやら、今のままでは想像もつかない。開催地がベトナムというのは、意味深ではないか。同じ南北で熱い戦争をしたものの、ベトナムは北の共産主義政権がアメリカを打ち負かし国の統一を果たし、その後、アメリカと和解して経済発展を遂げているのだ。一方の北朝鮮は、そうはならなかった。南北が停戦したままで、かつ、北は、冷戦終了後に改革開放のチャンスがありながらそれをしなかった(韓国があるので出来なかった)。自分の一族と取り巻きの軍人の生き残りのための唯一の選択肢が「核」だった。どうやって放棄するのだろうか。放棄=自己否定をどう克服しようとするのだろうか。

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