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2019年2月18日 (月)

高3の英語教科書再読。 書評「西洋の自死」について。

2月16日(日) 晴


6時前の目覚め。今日もアカハラ君の声を聞く。6時5分過ぎ。


ベッドの中でA.A.ミルンの日記についてのエッセイを読む。高校3年次に習った英語教科書で、押し入れの奥の段ボールの箱の中から出てきた。あまりに懐かしくて一通り読み返す。三分の二を授業でやったと見え、書き込みが一杯してある。


Milne

扱われている作家は、チャーチル、モーム、ノーマン・カズンズ、ジョン・スタインベック、アインシュタイン、ハドソン(博物学者)の名が見える。 ページをめくるまですっかり記憶から消えていたけれど、読み始めたら当時、一生懸命に意味を取ろうと文章と苦闘した記憶が蘇った。忘れてはいなかったのだ。記憶のどこかで眠っていただけだ。
 



Texty

ちなみにインターネットで検索したらこのA.A.  Milneの原文が丸々引っかかってきた。:

アインシュタインの哲学的エッセイ「What I believe」もちゃんと出てくる。相当有名な言われのある文章なのだろう。今だから分かるのだろうけど、本当に見事としか言いようがない文章だと思う。



朝食:納豆、厚切りベーコンエッグ、ご飯、ミネストローネ。



地元では恒例の「梅まつり」が始まった。春の到来。ウグイスの初鳴きまであと2週間から3週間だろう。 


母から、昨夜見たタモリのブラタモリのパリ編が良かったという。ルーブル博物館が登場して、私が学生時代のドイツ研修のあと最後の1週間をパリで過ごしたことを思い出したらしい。ドイツ語ゼミ研修(3か月)で1976年の6月から9月にかけてのこと。パリ滞在は9月の始めだった。毛沢東が亡くなったニュースが流れていたことも記憶にある。シャンゼリゼで、映画「エマニュエル夫人」のノーカット版を観た。宿泊したのは、場所を思い出せないがセーヌ左岸のユースホステルだった。チェコからやって来た学生のカップルと話し込んだことを覚えている。


大学から我々を引率した教員はドイツ人でフランス留学経験があり、仏語は流暢だった。時折我々をおいしいビストロ(学生向けの)に案内してくれたのだが、この先生、90歳を超えてもまだ東京にご健在だとという。名前をシュタインベルクという。典型的なドイツ人(金髪碧眼)をイメージすると肩透かしを食らう顔姿だが(このドイツゼミのときに現地の人から彼はユダヤ人だと言われた)、面倒見のいい先生であると同時にヨーロッパ人の頑固さと理屈っぽさを持っていた。尋常でないのは、歩くときの異様な早さ。春や夏の休みにはドイツ語研修で泊まり込みの合宿があったがドイツ語しか使ってはいけない生活をした。授業は午前中だけ。午後は、グループごとの散策(エクスカージョン)なのだが、とにかく歩くのが早いこと、早いこと。そして、刺身大好き人間だった。夕食は和食で刺身が出ると食べられない学生から刺身をせしめては嬉々として食べておられたのを懐かしく思い出される。あれは、千葉の御宿だったろうか、春休みの合宿。菜の花畑が黄色一面だった。




先日、先生を囲む会があるということで、中央大学で先生をしているTさんから誘いがあった。が、母の具合が悪く外泊できる状態ではないと断るしかなかったのが残念であった。



読売新聞の朝刊で目に留まったのたが、The Strange Death of Europe(翻訳「西欧の奇妙な自死」)の書評。翻訳が出たばかりらしいが、イギリス人のジャーナリストがイスラムからの移民の問題について、欧州人の偽ざる本音にもとづいて考察をした本らしい。最近の民族主義が復活と、グローバリズムに対する反グローバリズムの大きな流れ。グローバリズムを象徴するキーワードは、「多文化主義」と「多様性」。2015年におおきなイスラム難民のうねりが欧州を襲った。人種主義にもとづく大量虐殺の負い目を遺伝子レベルまで組み込んでしまったドイツが率先して難民を受け入れた。その数は100万を優に超える。この数は、日本がかかえる在日朝鮮人や永住権をも中国人の数に匹敵する。朝鮮半島や中国の人は同じ儒教・仏教圏でありながらもやはり一緒に生活するとなるといろいろ軋轢が出てくることは我々も実感するところだが、欧州の場合は軋轢が半端ではない。ヨーロッパ育ちの2世、3世のイスラムの人々がテロを起こし、女性を暴行などの犯罪が頻発しているのだ。


キリスト教がベースのヨーロッパは、歴史的にイスラムとは長年攻められ攻め合う対立関係にあった。18世紀以降、啓蒙主義による脱宗教化・世俗化がすすみ、リベラリズムが浸透する開かれた自由民主主義の社会を作り上げた欧州。一方のイスラムからの移民・難民は、著者が現場で取材していく過程で恐るべき現実を改めて認識させられる。彼らにとって、啓蒙主義もリベラリズムも男女平等やLGBTは無意味なのだ、と。彼らが欧州にやってくる意味は少しでも良い生活をしたいという経済的理由、ただこれに尽きる。イスラムという宗教・生き方は、欧米が進化・発展させてきた価値観に無関心だという。欧州がかくも大量の移民を受け入れるというのは間違っているのだ。本音の部分ではおかしいと思っていても、リベラル派の思考に基づく絶対的基準である「ポリティカル・コレクトネス」により公式には反対できないのだ。批判を恐れ、選挙の票を気にするばかりで、自分たち本来の価値観を否定する政策を推し進める政治家達は、少子化と労働力不足という短期的な利益を追いかけ、将来の自分たちの子孫に禍根を残すことになる政策に無自覚なのだ、と。



著者は、幾多の試練を経て成し遂げた西欧のリベラルで開かれた社会が、自分を掘り崩す自殺行為をしているという皮肉りながら、憂鬱な思いを吐露しているようだ。「文明の衝突」で有名なサミュエル・ハンチントン氏は、結果的には遺作となった「分断されるアメリカ」(Who are we ? The Challenges to American Identity)において、アメリカのアメリカたる所以は、アングロ・サクソニズム(プロテスタントの精神)であると信条を期しているが、「人種主義者」の批判を浴びたらしい。
進歩派・リベラル派が多いアカデミー界・ジャーナリズムの世界において、「ナショナリズム」の発露を思い起こさせる言表ははネガティブ評価となる。ナショナリズムを肯定的な意味で意味する場合は愛国主義(Patriotism)を使うらしい。日本の安倍首相は「ナショナリズム」を背景に、東京裁判を受け入れた日本がサンフランシスコ条約で世界に復帰した戦後体制を否定しようとする危険な指導者ではないのか(ヒトラーがベルサイユ体制を否定したごとく)、と見られ、何かと言えば辛口の批判を浴びてきたし、いまでも、基本的なスタンスは変わっていないようだ。


昼食:溶かしチーズをかけたジャケット・ポテトと牛肉コロッケにコーヒー。レーズンチョコ少々。


午後、3週間ぶりに地元のお魚市場に出かけた。黒ソイ4尾で700円。煮付けと清蒸で食べようと即購入。


Soi4



他に、タコの刺身、タラコ(ギリシャ・レストランで堪能したあのタラモ・サラダを作ろうと)大きな3腹で600円。それに、地元名産の干し芋も次いでに買う。


帰り道、車事故の現場を通り過ぎる。田んぼの中を走る舗装された一本道でどうやって事故が起きたのか。一台は細い横道で前の部分がグシャグシャになっていた。もう一台の軽自動車は田んぼの中に突っ込んでいた。

夕食:牛肉コロッケ、ポテトサラダ、ミネストローネ、ご飯少々。

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