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2019年2月17日 (日)

ゴーンさんのこと。ロンドンで見た思い出のミュージカル「ボーイフレンド」

2月16日(土) 晴、後曇り


6時の目覚め。6時5分、アカハラの声を聞く。



朝食:イワシの塩焼き、ミネストローネ、ご飯、納豆。



9時5分、父はデイケアーに。母の体は回復し動けるようになった。2階でニュースチェックをしていると、階下から掃除機の音が聞こえる。とにかくじっとできず、 家事を見つけては体を動かさずにはいられない人。伝統的主婦の鑑。昭和一桁でモッタイナイ精神の権化。やれやれ、とホットはするが、今回の食あたりで回復 するのに10日。足が少し弱ったような気がする。



昼食:マルちゃんお昔ながらのソース焼きそば。具にミネストローネのスープ抜きでたっぷりの野菜をかける。今日は母と半ずつ。足りないので、石窯パンに、 サバの文化干し(脂ば乗っている!)の半身を挟んでサバサンド。例の、イスタンブールの名物サバ・サンドイッチ。


トルコ料理のドネルケバブは日本でも結構普及しているが、サバサンドは寡聞にして聞かない。インターネットで検索したら羽田空港の第二ターミナルにMrs. Istanbulというレストランがあってそこで食べられるらしい。


カルロス・ゴーンさんの続き: 日本の民事刑法制度に対する揶揄が海外から聞こえてくる(ニューヨークタイムズ、BBCニュース)。BBCのニュースに”Hostage Leagal system”とあ
る。


https://www.bbc.com/news/world-asia-47113189



検察のリーク や日産の当事者などから明らかになったことはゴーンさんの強欲さ(ブラジルの貧困家庭から身を起こしてフランスの超エリート校を卒業して成功した。出身地のブラジ ルや故郷のレバノンに錦を飾り、フランスではベルサイユ宮殿を使った再婚式が話題に)と絶大な権力者にありがちな公私混同であるがであるが、そもそも、大騒ぎして 懲役刑にする犯罪なのか、と揶揄している。コーポレート・ガバナンスが機能しない日本企業自体の問題ではないか?企業が自らの恥をさらしているだけ。そして、被疑 者を自白に追い込むために、3か月以上も拘束しつづける何とも理解しがたい日本の法制度への疑義。



BBCの論調は、刑務所収監となる犯罪性の根拠はとぼしいと憶測して いる。 田中角栄裁判を思い出した。ロッキード事件で収賄罪に丸紅と連座して告訴されたが、とっかかりは、外為法違反の別件逮捕だった。ゴーンさんは、日産の内部告発で まず、金融取引法違反の疑いで身柄を拘束された。取り調べを受けている間に、さらに、特別背任罪という別件の犯罪の疑いで取り調べが継続した。もうすで に3か月になろうとしている。




田中角栄裁判を暗黒裁判であり、日本のデモクラシーの死を意味すると批判をした小室直樹氏は、田中裁判の本質は、検察と 裁判所の野合による「田中角栄潰しだった」と喝破している。バックには、三木・福田がいた、と。問題となった、コーチャン氏の嘱託尋問調書(彼の贈賄罪は問わない ことを前提にした証言)の証拠能力としての問題性、公判において被告側の反対尋問が一切認められなかったこと、等、この裁判は日本の法制度を恥で塗りつぶす前代 未聞のできごとだったと。そして、日本人は、江戸時代の大岡裁きをやっている、とまで。



ゴーン事件では、最終的に検察庁は告訴による裁判に持っていくのだろうけれど 、プライド高く、抜群の頭脳の持ち主のゴーンさんは、佐藤優氏と同様に罪状否認のまま検察側とやりあっているだろうと想像する。自分はハメられた、とマスコミのイ ンタビューに語っているそうだが、会社内部の問題であの時言った、言わないのレベルというか、あまりにワンマンなゴーンさんに日本側は恐ろしく何も言えず、ずるず ると来てしまった結果ではないだろうか。次元が違うかもしれないが、昔の三越騒動のように内紛劇の末にゴーン氏の非を取り締まり役会で追求し、解任することもあり 得たように思うが、素人の野次馬的な甘い考えであろうか。



16時20分から刑事コロンボ「ロンドンの傘」を観る。1972年の製作。原題は「Dagger of the Mind」。学生時代に一度見た切りで2度目。ロンドンロケなので最初から しっかりと見た。主音声は吹替、副音声は英語。行ったり来たりする。アメリカ西海岸と古色蒼然としたロンドンでは町の色彩、人々の物腰の違いが一目瞭然。そこに 例のしわしわのレインコートを来たコロンボ警部が研修でスコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)にやって来た。入国の荷物のゴタゴタから、お上りさんよろしく バッキンガム宮殿の衛兵見学、タワーブリッジ、フィッシュ・アンド・チップス(食べるシーンはなく、ごみ箱に食べかすをすてるところ)、イギリスのクラブ (コロンボ警部の女人禁制ですか?というセリフで笑ってしまう。アフタヌーン・ティーは例の段重ねのサンドイッチやスコーンではなかった)、庶民のパブやら郊外 のマナーハウスみたいな邸宅、執事、などなど、ストーリーとは直接関係ないショットのひとつひとつが間違いなく英国で楽しかった。


1972年のロンドンだからまだ労働党政権時代、サッチャー首相登場の前。人々のファッションや車が古めかしいのは、森繁喜劇を観るときと同じだ。自分はとうとう行かずじまいだった蝋人形館で、コロンボのちょっとしたいたずらでマクベス演じる舞台俳優の犯罪をあばくシーンがクライマックス。


私が最初にロンドンを訪問したのは、1984年の夏だった。アムステルダム研修中のある週末に足を延ばした。サッチャー政権が発足してイギリスが変わり始めたころ。コロンボ警部よろしくロンドンの研修員に名所旧跡を案内してもらった。Bed & Breakfastの安宿に宿泊、初めてのイングリッシュ・ブレックファスト。ベークト・ビーンズというおいしいともまずいともつかない奇妙奇天烈な茹で豆(何故、ベークトなのか今もってよくわからない)の洗礼。作家のモームが、イギリスの食事はまずいというけれど、イングリッシュ・ブレックファストは世界に誇れる食事だ、とどこかで自慢していたと思う。ロンドン塔で雨に降られ、雨宿り。雲間から陽が差し始めた雨の中、何となく心が浮かれバート・バカラックの「雨に濡れても」を口ずさんでいるとイギリス人のお母さんに連れられて子供がニコニコとして近寄ってきた。軽い挨拶を交わしたけれど何を話したのかもう忘れてしまった。



シェークスピアの観劇の代わりにThe Old Vicという劇場で、ツイッギーのミュージカル映画でもお馴染みの「ボーイフレンド」を観た。「No Sex Please ! We Are British」というのロング・ランの演劇も興行されていたがこちらはパス。


<ジュリー・アンドリュースが歌うボーイフレンドの主題歌>

<ツイッギーが歌うデュエット・ラブソング:I could be happy with you if you could be happy with me>
https://www.youtube.com/watch?v=3FSVwAudhkU



<恋をするのに歳は関係ない~It's never too late to fall in love> これは結構新しいパフォーマンスのバージョンらしい。見ていて一緒に笑える楽しいシーンだ。



ロンドンの研修員は通い詰めてレコードも持っていた。カセットテープに録音して殆どの曲を暗記した記憶がある。懐かしい曲の数々。歌詞もとてもやさしくて覚えやすい。ミュージカルを劇場で見たのはこの「ボーイフレンド」とアムステルダムで見た「ジーザス・クライスト・スーパースター」の2作のみ。「キャッツ」も「オペラ座の怪人」も見逃してしまった。



夕食:昨日の残り(イワシの白ワイン蒸し、ジャガイモと玉ねぎ添え)で簡単に済ませる。お酒は今日もなし。デザートにリンゴ。

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