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2019年2月13日 (水)

寒さに悴む一日。 「歴史修正主義」とは?

2月11日(月) 曇り


6時過ぎに目が覚めて外を見ると雪は降っていなかった。しかし、冷え込みは今年一番ではないか。気温は何とマイナス4度。

6時半過ぎ、キッチンへ。朝食の準備。


朝食:アジの干物(今回は塩味がきつかった。毎回同じものをかっているがアタリ・ハズレがあるのだろう)、鍋の残り物、ご飯。


父は9時過ぎいつものデイケアーへ。母は、父のベッドに潜り込んで午前中一杯休養を取る。私は2階で物思いに耽る。

昼食:まるちゃんの昔懐かしのソース焼きそば。イチゴ3粒。


あまりの寒さに外出は控える。今日は、両親の言い方では「紀元節」、いわゆる、「建国記念日」と祝祭日。Yちゃん親子は入学の説明会に出かけるという。ガイダンス、制服や体操着の寸法を測って注文したり、クラブ活動の見学。



BS1で「ヒトラーの演説」を見る。時間を間違えて15時半過ぎにスイッチオン。途中からだったが、ニュルンベルクの党大会でヒトラーの演説を直接体験した複数のドイツ人がインタービューを受けていた。ヒトラーの話術の魔力。あの話し方は、昔、有楽町の辻説法で有名な赤尾敏氏や大学のキャンパスでの新左翼活動家のがなり声演説、、北朝鮮国営放送での過激なレトリック、等とトーンは同じだ。今聞くと、何故に人は魅せられたのか、不思議だ。少なくとも、自分自身が聞いた赤尾敏や新左翼の拡声器で訴える内容には一部理解することはあってもあのスタイルと雰囲気には嫌悪感があって、まったく自分の心には響かなかった。そして、左右問わず、あの過激な論調、誹謗・中傷・脅しのトーンは両者が似た者同士、本質は同じであることの証だと思う。

脱線するけれど、北朝鮮は今、核兵器を担保にソフトな路線を見せてソフトな印象を出し始めていはいるが本質は変わらない。信用すべきではないし、信用してはいけないのだ。あのロケット・マンはヒトラーと同類なのだ。融和するにはあまりにもダークな歴史を背負いすぎている。どういう形なのかは、政治的想像力に乏しい自分には分からないけれど、一旦これをきちんと清算することなしには北と融和すべきではない、というのが私の個人的な持論である。トランプさんよ、政治はビジネスじゃないよ。専門家は視野が狭いけれど、専門性は重宝しないといけないよ。ビジネスというのは「節操」がない。儲かるなら地獄とだって取引きをする。所属する国がないユダヤ人が悪魔視されるのは故あってのことなのだ。ビジネスの本性から損をしないように「両張り」するのだから、節操があるはずがない。アモラルなのだ。悪魔との取引きを平然としてしまう。そこを間違えてはいけないし、政治はビジネス的利益を超越してモラルを通す必要がある、ということではないだろうか。

筋に戻ると:

登場したもう90歳前後の人たちは、完全にヒトラーの演説に取り込まれ、感激して100㌫信じたという。後から振り返れば、どうして自分はあのような愚かなことを信じたのだろうか。茫然自失するだろう。1933年1月30日に首相の座についたヒトラーのがなりたてる不気味なアジ演説は、国民を熱狂させ、催眠状態に陥れた。そして、1939年のポーランド侵攻による第二次世界大戦突入に向かってまっしぐらに突き進んで行った。ちなみに、独ソ不可侵条約は、同じ穴の貉であったヒトラーとスターリンによる「悪魔の取引」だった。

印象に残ったのは、インタビューを受けた一人のコメント。捕虜となりアメリカに連行され、強制収容所の悲惨なフィルムを何度も見せられたのだが、連合国側の意図は、祖国のために戦ったもとドイツ兵たちのナチス政権はこんなにひどい犯罪国家だった、ということを示して、ナチスのイデオロギーの洗脳を解くことにあった。所謂、De-Nazification(非ナチス化)。しかし、インタビュ-を受けた本人は、この連合国側の意図は全く自分には響かなかった、と正直に吐露しているのである。アルバート・シュペアの回想録にもあったけれど、感情の根幹を揺すぶる演説と次々と実現していくヒトラーの政治的な成功の現実が同時進行するなか、ヒトラーは神がかりになり隔絶した存在、オーラを放つ絶対者となっていく。神とは言わないまでも普通の人間とはまったく別次元の特別な存在となった。人々は判断することを放棄し、ヒトラー総統に帰依、言われるがままに従った。自分の全存在をすべて無条件でヒトラーに委ねてしまったのだ。全能のドイツの救世主ヒトラー総統、万歳。あらゆる出来事への当事者意識の欠如。ナチズムという「カルト宗教」に自分を見失ってしまって、唯々諾々とロボットのように振舞ってしまった人達。コメントをした人は、意図的に発言したのかも知れない。ナチスが手を染めた大量虐殺犯罪と、ナチスを信じて祖国のために戦ったこととは別である、と。

夕食:豚・白菜鍋、餃子、紹興酒の熱燗、ご飯少々、イチゴ。

夜の読書:「戦争を始めるのは誰か~歴史修正主義の真実」をパラパラとめくる。


Photo

このところ、チャーチルの「第二次世界大戦」、ビーバーの「第二次世界大戦」など勝者の側からの歴史書に没頭しているが、現代史というのはまだまだ定まっていないと思う。この本の表紙カバーをめくると「歴史修正主義」の意味するところを著者はこう述べている:

「歴史修正主義」とは戦前の日独をことさら評価する史観ではない。米英両国の外交に過ちはなかったのか、あったとすれば何が問題だったのか、それを真摯に探ろうとする歴史観だ。英米露独の外交と内政を徹底検証し、二つの世界大戦が実は「必要」も「理由」もない戦争だったことを明かす」


起こった出来事が全てだとは思う。しかし、その意味するところの解釈を巡っては一義的に定まらない。芥川龍之介の「藪の中」なのだ。黒澤明の「羅生門」なのだ。


フランクリン・ルーズベルト大統領の前任者がフーバー大統領。そのフーバーさんが書いたルーズベルト批判の書である「裏切られた自由」を翻訳出版したのはこの本の著者である。キッシンジャーの名著とされる「外交」でFDR(ルーズベルト大統領)は不出世の偉大な指導者として讃えられている。21世紀に突入した際にニューヨークタイムズが出した特別版でも、FDRは大きくページを割いて顕彰している。


本当に米国の歴代大統領の中で最大の称賛に値する一人だったのだろうか。このFDRは、大統領就任早々何をしたかというと「共産ソ連」の承認であった。ヒトラーと同類のスターリンが指導するソ連を認めたのである。そもそも、これがなかったら、第2次大戦は、同じ穴の貉のナチスドイツと共産ソ連(ハンナ・アーレントの言う「全体主義国家」同士)の死闘で互いに消耗戦を戦ったであろう。帰趨が見えたところで、アメリカが仲介すれば良かったのではなかったか。歴史は別の筋道を辿ったのではないか。あのような世界を巻き込む大惨事は避けられたのではなかったか。


FDRは悪魔との取引きをすることでいわゆる「善」をなしたのだろうか。ちなみに、FDRを評価するキッシンジャーは20世紀後半の国際政治におけるメフィストフェレスではないだろうか。

ゲーテのファウストから「お前は何者か」と問われ、メフィストフェレスは「私は常に悪を欲し常に善をなすあの力の一部です。・・・・・」



(Faust: Wer bist du ?    Mephisutopheles: Ein Teil von jener Kraft, die stets das Boese will und stets das Gute schafft.・・・・・)

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