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2019年2月21日 (木)

映画「レッズ」を観る。

2月20日(水 )晴れ、後曇り


5時すぎの目覚め。


「ナチスの時代」の最終章を読了。ドイツ人に向けて書かれた本なので、原文にはない訳注がありがたい。かなり細かい点にまで懇切丁寧に説明がなされている。後ろの年表にはヨーロッパの出来事とと並行して日本と極東の出来事が並列されているのもグッド。



独ソ不可侵条約とポーランド問題。9月1日にヒトラーのドイツ軍は侵攻したのだが、ヒトラーは、ポーランドからの最初の一撃(ドイツによる演出)があったための反撃である、とラジオで国民と世界に宣言した。強いものが弱いものを公然と攻める際のやましさを少しでも軽減するためなのだろうが、道徳的には弁護の余地はない。満州事変の日本もそうだった。



独ソ不可侵条約の秘密条項にもとづき、スターリンが2週間と少し後(9月17日)に、ポーランドに軍を進めたのは、ポーランドがソ連に宣戦布告することでイギリス・フランスを敵に回すことを避けるためだった。チャーチルは、ソ連軍の侵攻を、ドイツが動いてポーランドを自国に組み入れたことによる地政学の要請から正当化される当然の行為だと擁護した。ポーランドは最後まで英仏の動員と開戦を期待したにも関わらずほとんど何ら動きができず(したくなかった)ポーランドを実質的に見殺しにしてしまった(戦争準備が十分にできていなかった)。スターリンにとっての「独ソ不可侵条約」とは、ドイツと一時的ではあるけれど、対立関係を解消して、帝国主義同士を戦わせ消耗(ドイツ対英仏)させる戦略にもとづくものだった。ヒトラーにとっては、2正面作戦を避け、かつ、ソ連から石油や食料などの原料を確保することで、西側との戦争に専念するためのものだった。



朝食:身欠きニシン、味噌味風味のミネストローネ、タラモサラダとご飯少々。


9時前、いつもより早く父はデイケアーに出かける。今日は朝からポカポカの陽気。久しぶりに車を洗った。


昼食:タラモサラダと石窯パン2切れ、まるちゃんの昔ながらのソース焼きそば、それに、レモンティー(ダージリン)。


給湯器が設置してから10年を経過したので、メーカーさんに点検をしてもらうよう段取りをする。予定はまだ未定。相手からの連絡待ち。



13時から、BS3で映画「レッズ」を観る。封切になった1980年前半に1度観たことがある印象深い映画だ。是非みなかれば、と朝からソワソワしていた。



「世界を揺るがした10日間」のジョン・リードとフェミニストのであり女流ジャーナリストのルイーズ・ブライアントが主人公。時代は20世紀初頭の1910年代で、欧州では第一次世界大戦の大混乱の中にあった。ウォーレン・ビーティ演じるジョン・リードは危険を省みない社会派のジャーナリスト(冒頭は革命児サパタが活躍したメキシコの取材で砲弾の中を走り馬車に飛び乗るところ)。当時のアメリカ世論は連合国側についてに参戦する流れが出来つつあった。参戦するとは、資本家を利するだけだ、英仏が負けたらJ.P.モルガン財閥の投資金がフイになるから、資本家たちが参戦しようとするのだ、とリードは生まれ故郷のオレゴン州ポートランドの保守的な人々の集まりの中で物議を醸す発言をする。



保守的な田舎の生活に息苦しさを感じていダイアン・キートン演じる人妻のルイーズは、講演に訪れたリードと知り合い、夫を捨ててリードが住むニューヨークのグリニッチビレッジへ。「グリニッチ・ビレッジの青春」という映画を思い出すが、アーチストの卵たちが「自由恋愛」(これもとうの昔に死語)をしながら、おしゃべりに興じつつボヘミアンな生活をしていた。ジャック・ニコルソン演じる劇作家ユージン・オニールはルイーズのもう一人の恋人として登場。



リードとルイーズは結婚はするが、派手で男をひきつける魅力たっぷりのルイーズはすでに有名だったリードの向こうを張って自立心を鼓舞、喧嘩をしては寄りを戻す生活をする。
一方のリードも、妻以外の女性とも関係する。お互い様の関係。


ヨーロッパの戦場をレポートしようと一人パリに渡ったルイーズを追いかけて渡仏したリードは、ルイーズを連れてロシア革命前夜のペトログラード(レニングラード)へ。列車の中で、ロシア系アメリカ人のジャーナリストが二人の前で次から次へとジョークを飛ばすシーンがある。物語とは無関係だが、何故か印象に残る。オランダで研修していた時、マーストリヒトでたまたまある晩、偶然に知り合ったオランダ人とビールを傾ける機会があったのだが、このオランダ人か数えきれないほどのジョークを問わず語りに飛ばすのだった。ナンセンスなジョーク、ダーティーなジョーク。次から、次へと。列車の長旅でもそうなのだろう、退屈や気づまりな瞬間が生まれたら、ジョーク合戦という手があるのだ。女性には魅力的なジョン・リードも、ジョーク合戦では笑いを取れなかった。



二人は、ロシア帝国の戦線離脱、ケレンスキー暫定政権とレーニン主導のボリシェビキによる政権転覆と権力掌握の推移を目の当たりにする。共産主義シンパであったリードもルイーズも熱狂の渦の中で取材を重ね(レーニンやトロツキーも登場する)、アメリカに帰国して本を書いたり講演をする。が、FBIの防諜班から目を付けられる。アメリカは、ボリシェビキ革命の最中にあるソ連への干渉戦争に参加しており(シベリア出兵等)、親ソ連的は言説は祖国への裏切りである、と。逮捕される寸前にリードは密航船にのり一人でモスクワへ潜入する。アメリカで分裂する左翼の少数派としてコミンテルンのお墨付きをもらおうと努力するも認められず落胆する。


コミンテルンの仲間とバクーへ軍用列車で講演旅行するシーンが美しい。英語で起草した自分の原稿がロシア語に直され、それが、また現地のそれぞれの言葉に翻訳されることで、リードの演説に応えた地元民の熱狂的な叫びは「聖戦、万歳」であった。そして、白軍(皇帝派の軍隊)の攻撃と混乱。連絡がつかない(共産側は干渉戦争をしかける世界と遮断され、自らを遮断した)リードを案じたルイーズは北欧を経由して苦労しながらモスクワにたどり着き、かつて、グリニッチ・ヴィレッジで知遇を得ていた仲間に再会し、革命の現実に対する幻滅を吐露される。バクーから戻ったリードは駅でルイーズと劇的な再開をするが、チフスにかかり、間もなくルイーズの看護の甲斐もなく亡くなる。ボリシェビキ革命シンパだったリードは、数少ない例外の外国人としてクレムリンに葬られたという。



映画をさらに興味深くしているのは、冒頭から最後までところどころで監督・主演をしたォーレン・ビーティーが行った二人を知る人々(例外なしに高齢)へのインタビューによる回想である。批判と共感、相半ばしたコメントの数々。「ルイーズは、男の人の気をを引こうとする露出趣味があった」、「自分自身の生存に命をかけて生きている女は派手なのよ」、「社会主義なんてくだらない、リードは、理想を追求して他人のことにばっかりかまけていたよ。そのくせ、自分自身のことには全然無頓着」「二人はお似合いのカップルだった」等々、再現するのは不可能なくらいのはるか昔となってしまった自分たちの青春の数々の断片的な記憶の吐露。単なる男女のロマンチック・アドベンチャーの映画となってしまうところに深みを与えていると思う。


夕食:豪州牛のランプステーキ(厚身でやわらかい)、タラモサラダ、ホウレンソウのおひたしで赤ワインを飲む。仕上げは、タコの刺身、ミネストローネとご飯。



食後、ブリ大根を調理する。40分少々。魚だし(酒6、味醂1、醤油1、砂糖0.5)と水少々で30分中火で乱切りにした大根とブリのアラと切り身を煮詰める。道場六三郎さんのレシピ。生姜は使わず。お酒そのものが魚の臭みを消すからだろう。



Buridaikon1

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