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2019年3月17日 (日)

63回目の誕生日、蒋捷(Jiang Jie)の詞とジョセフ・ニーダムの英訳。

3月15日(金) 晴


今日は63回目の誕生日。特別な感慨はないのだが、この63年、何とか生きてこられたことに感謝。昨年、生まれて初めて怪我で入院する羽目になったが、基本的に丈夫な体でこの世に送り出してくれた神様というより両親になによりも感謝したい。


この63年、物心ついて以来を思い返せば、苦楽相半ばする人生だった。というかどちらかと言えば、あまりくよくよ悩むこともなく、我が道を歩んできたと思う。人生の目的は何だ、みたいな深刻なことは考えるけど、まあ、そこそこに悩み、無理せずに、マイペースで、心地よく生きようぜ、というのが私の人生哲学だ。そう思って行動していたわけではなく、気が付いたらそうだった。好きなことをやっている限りそんなにストレスはたまらないものだ。正直言えば、自分は何か大きなことをやってやろう、といった野心を持ったことがない。そして、人の上に立つなんてリーダーシップを取るなんて絶対いやだった。


若かりし頃、「あなた、偉くなってやろうという野心がないでしょ」とある人に言われて「実は、そうなんです。自分の好きな世界でたゆたって居られればそれで自分満足なんですよ」と答えたことを今でもはっきり覚えている。生活のために仕事をして来た。とは言っても、仕事はマイペースを許してくれない。それで、それなりの苦労は避けられない。いやなことでも、嫌と言わずやらないといけない。サラリーマンとは気楽な稼業だった。仕事には責任が伴うけれど、個人事業主との雲泥の差。人間としてはあまちゃんのままだ。


仕事に取り組んでいると、もともとそれをやるために就職したわけではないけれど、与えられた職務が面白くなり情熱を傾けるようになるということも学んだ。二十歳すぎの人間で自分の将来のビジョンが見えているひとはそうはいない。最初に出会ったチャンス、あるいは、門をたたいた相手が自分を受け入れてくれれば、人は迷いつつも一歩すすむのだ。人生にやりなおしはきかないのだから恐ろしいことではあるけれど、その時点で、未来は真っ白だし、あまり思慮することもなく、やってみっか、である。私はそうだった。


マスコミ志望だったが、相手に振らて、メーカー、金融(証券)、運輸の3つの業界の会社で幸い内定が取れ、運輸の会社を選んだ。配属先が、何と、訪日外人を扱う旅行部門。想定外。こんな仕事があるなんて。26年勤務して、49歳で早期退職。遅すぎた転職だったかも知れないが、半年後に大学の教育事務の世界にトラバーユできた。二つの大学で合計11年、国際教育の事務支援業務に従事して、昨年5月末に現役引退。引退の3週間前に転倒して左足骨折というショッキングな事故で生まれて初めて入院、手術。半年のリハビリを経て、今、こうして63回目の春を迎えている。


敗戦後に生まれ、日本史上、おそらく、例外的に豊かな時代に育ち、偏りはあるけれどアフリカと中南米を除く地域はかなり旅行(レジャーではなくほとんどが仕事だったれど)する機会にも恵まれた。時代が時代なら、一介の水飲み百姓で清貧な生活をして田舎の片隅で一生を送ったかもしれない。あるいは、一兵卒として中国大陸か東南アジナのジャングルか広大無辺の太平洋の海の藻屑となってこの世から去っていただろう。私の家系の両親の世代はいずれの側も運がよく、戦死者は一人だけ(中国戦線)。父側の長男は中国(確か、済南)での後方勤務、次男は、牡丹江(当時は日本の農村より豊かで毎日がご祝儀の生活だったと述懐していた)と後に南方(パガン島)への転戦するも無事に帰国した。父は、横須賀で終戦を迎えた(本土防衛の要員)。母方は、長男が陸軍の下士官で満州鉄
道勤務後、やはり南方へ転戦(ポナペ島)、次男は台湾の師範学校で終戦。遠縁の一人は、ビルマのインパール作戦を生き抜いて帰国した人もいる。両親の世代関係者は、当の両親を除いて全員鬼籍に入っている。


親を失って人は本当の意味で大人になる、らしいが、私は60歳を過ぎても子供を演じ続けている。


朝食:サバの文化干し、ポテトサラダ、ミネストローネ(昨夜、寝る前に作った)、春菊とそら豆の残りにご飯少々。今日も、ナシ・ゴーレン・ア・ラ・ジャポネーズだ。
Nashigoren2

9時半、父のリハビリの先生が来る。


ジョセフ・ニーダムの訳詞を見つけた。サイモン・ウィンチェスターの本(The Man Who Loved Chiba)の89㌻から90㌻にあった。詩人の名前は、Jiang Jie。インターネットで検索すると、蒋捷と出てきた。漢字は中国本土の簡体字で表記されていた。

<虞美人>
少年听雨歌楼上,红烛昏罗帐。壮年听雨客舟中,江阔云低,断雁叫西风。
而今听雨僧庐下,鬓已星星也。悲欢离合总无情,一任阶前点滴到天明

日本式にすると、
少年聴雨歌楼上,紅燭昏羅帳。壮年聴雨客舟中,江閣雲低,断雁叫西風。
而今聴雨僧閣下,鬓已星星也。悲歓離合總無情,一任階前点滴到天明。

ニーダムの英訳は:


The Beautiful Lady Yu

As a young man, listening to the girls in the tower,
I heard the sound of the rain,
While the red candle burned dim in the damp air.


In middle age, traveling by boat on a river,
I listened to the rain falling, falling:
The river was wide and clouds drifted above;
I heard the solitary cry of a teal borne on the west wind.


And now in a cloister cell I hear the rain again,
My hair is grey and sparse;
Sadness, and happiness, separation and reunion, all seem one,
They move me no more.
Let the rain drop all night on the deserted pavement
Till the day dawns.


詞というのは音楽に合わせて朗誦するために作った漢詩のジャンルらしい(日本には詩吟がある)。インターネットで検索しても日本人サイトではとりあげられていない。本家中国と英語圏だけだ。ニーダムのなせる業か? 吉川幸次郎の「宋詩概説」を捲ってみると、「詞」の評価そのものが低いようだ。でも、この詞を目で追い意味を取ってみると、何とも言えない人生の真理の情感が込み上げてくるのを感じる。こんなものなのだ。私も最後の聯(スタンザ)のような境地になりたいのだが、まだまだのようだ。



昼食:ミネストローネにご飯を入れてリゾットを作って食べる。それに、コーヒーとイチゴ入りのロールケーキ。両親もおいしそうに頬張ってくれた。
Risotto2


午後一杯、本の整理に没頭。昨日の続き。先週の健康診断の結果た届く。特に異常はなし。メタボに注意すること、つまり、運動が必要。体重は70キロを切って69.4キロなのだが。レントゲンと胃の検査はしていないのだが。

夕食:昨日に続き、ハートランドビールを飲む。肴は、豪州産のエビ(ロブスターサイズとはいかないが)、サーモン・ジャーキー(前職で付き合いがあったカナダの提携校A大学の交渉相手で名前はグレートヒェンという上品なオバちゃまからお土産でいただいたもの)、だし巻き卵、ゴーダ・チーズなど。エビは誕生日の贅沢。1尾350円ちょっと。仕上げは、好物のステーキ。黒毛和牛ではなくこれも豪州産のアントレコット。1枚580円。真鯛の刺身より安い。ミディアム・レア-で焼いてスナップエンドウを添えて、わさび醤油でいただく。ベリー・
グッド。満足のいくツー・コース・ディナーだった。
第一のコース:


Kanpai_ebi
第二のコース:


Steak



夜、本の整理を続ける。21時からBS放送で吉田類のフランス大紀行(酒と食)と大自然紀行(ヨーロッパ・アルプス狼の母子の物語)を交互に見る。食紀行のほうは、バスク(バイヨンヌ)とブルターニュ地方。バスクの豚と特製の生ハムがうまそう。ブルターニュは海鮮料理。生牡蠣だが50年前に在来種が絶滅して日本種の牡蛎を導入して今日があるという。ロ
サンジェルスやミルウォーキーで食べた牡蛎も日本種(熊本)だったことを思い出した。バスク語の片言をテレビで聞くことができたが、まったく孤立した言語で日本語と同じく、類縁言語が特定できないらしい。周りのロマンス語(仏、スペイン語など)とまったく無関係なのだそうだ。


一方の、狼だが、母と6尾の子供のサバイバルの話。涙が出そうになる過酷な物語だが、動物の目線でよくぞここまでカメラが捉えたとただただ感嘆する。フランスのジャック・ペラン監督の「Wataridori」を彷彿させる。影響があるのではないか。狼の夫婦はカラスと同じ
で一生を添い遂げる。集団で群れをつくって序列がある。子供を産めるのはリーダーの狼の妻となった雌狼。ある日、リーダーがクマと争ってケガがもとで死んでしまう。新しいリーダーの登場。妻狼は集団から弾き出されてしまう。一緒にはいられない。すでに妊娠して
おり、もし、この集団にとどまって子を産んでも新しいリーダーに皆殺しにされてしまうのだという。1000キロにもおよぶ孤独な旅。途中で出産。天敵から子供を守るために狩りに出かけられない間は草を食べ、ミミズを食べるだけ。おいしそうな羊を取るにも人間という天
敵が銃をかまえて待っているなど、サバイバルは大変なのだが、冬を乗り切り、母狼は新しいパートナーの狼(牡)と出会い、新しい集団を作り始めるところで終わる。ドイツとフランスでは20世紀後半に絶滅したとされる狼だが、現在2000頭ほどがヨーロッパアルプスの山岳地帯(オーストリア、スイス、フランス、イタリアにまたがって)に生息しており数は増えているという。


深夜近くまで2階で物思いに耽けながら日記を書く。深夜の就寝。

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