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2019年3月31日 (日)

近現代史におけるアメリカの特異性について

3月29日(金)曇り

6時半の目覚め。寒い。西尾幹二氏の「天皇と原爆」(新潮社)を拾い読みする。大学でドイツ語を学んだけれど、授業で使った文法のテキストは西尾さんが書いたもので実家にそのまま保存してあった。1983年にオランダ研修で東京のアパートを引き払った時にまとめて送った荷物にはいっていた。田舎の実家は引っ越荷物の物置場だった。

 

Nishiokanji-grammar

 

ニーチェの評伝やショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」の翻訳をだしているドイツ哲学の専門家でもあるが、保守の立場からの歴史と国際関係評論を幅広くを行っている。反アメリカ的・反中国的な保守派。どういうわけだか、独文を専門にした人には気骨のある保守派が多いような気がする。古くは「ビルマの竪琴」で知られる竹山道雄。高橋義孝、西義之、小堀桂一朗、等が思い浮かぶ。軟弱な!?仏文系とは大違い、というのは言い過ぎか。

アメリカ論の決定版というのは存在しない。アメリカとは何か。捉えがたい一個の謎である。氏によれば、アメリカは中世の経験がない、そして、ヨーロッパの宗教弾圧を逃れたプロテスタント派たちが作った神がかった宗教国家、それがアメリカだ、と。いまだに、大統領選に妊娠中絶やLGBTが争点になりアメリカの外交まで影響を及ぼすのだ。すれっからしの脱宗教国家群であるヨーロッパとは大きな違いだ。フランスのドゴールさんが、アメリカは国際政治のなかに道徳を持ち込むから困る、という趣旨の発言をしたことがある。

西尾さんによれば、アメリカの最大の敵は、イギリスだった、と。アメリカの起源はイギリスからの武力による革命=独立である。対ロシアではイギリスと手を組んだ。アメリカは、例えば、大英帝国の一部をなすカナダをロシア領アメリカ=アラスカ経由で南下するロシアの膨張の脅威から救った。ロシアからアラスカを買い取った(クリミア戦争の影響で財政難のロシアがアメリカに売却)。日露戦争も南下するロシアを排除して、満州での利権(投資)を狙って、英国の同盟国である日本を後押した。日露戦争とはロシア対英米の代理戦争だった。日本は勝利するも、アメリカの狙いであった満州の資本受け入れを日本が断固反対したために当てが外れ失望して、日本排除に方向転換することになった。

1867年にスエズ運河が開通するまでは、ニューヨークのほうがロンドンからよりも中国に到着する距離が短かった。というのも、当時、欧米からアジアに来るには喜望峰経由してインド洋をとおってくる航路を帆船で移動した。蒸気船の出現とスエズ運河はイギリス(を含むヨーロッパの地政学を代えた。紅海を抜けてインド航路を通りシンガポールから香港、あるいは豪州というシーレーンが出来て圧倒的に優勢になった。

ペリーが日本に来航した目的は、太平洋航路の開拓であった。イギリスに対抗するためにアメリカは、パナマ運河の開削を企図する。そのためにはカリブ海を制する必要がある。それには、キューバを取る必要がある。キューバを取るためにはスペインと戦わなければならない。スペインと戦うには海軍を拡張しなければならない。その結果が1898年の米西戦争だった。用意周到なアメリカは香港に艦隊を待機させ、フィリピン、グアム、サイパンも同時に取る手際のよさ。この年にアメリカは、ハワイ、ウェーク島も併合している。キューバとの開戦もどうやら自作自演で自国の戦艦が攻撃されたことを口実にして戦争をしかけたらしい。


19世紀半から20世紀初頭にかけてのアメリカは世界最大級の侵略国家だった。そのイデオロギーは、よく知られた「マニフェスト・ディスティニー」。アメリカがテキサスを併合した1845年から言われ始めたという。云わんとする真意は、領土膨張は神によって与えられた使命で、文明の普及とキリスト教の布教のため、という自己正当化のレトリックである。

19世紀初頭のナポレオン戦争の結果、スペインはガタガタになり、南米の国は次々に独立した。ヨーロッパ諸国はその独立を否定する動きを見せた(ウィーン体制)が、それに否を唱えたのは米国(モンロー宣言)であり、イギリスが同調した。スペイン帝国は17世紀の無敵艦隊敗北以来凋落の一途を辿ってはいたが、中南米と太平洋ではそれなりの力を持っており大英帝国でもいかんともしがたい地域はまだ残されていた(カトリックが優勢な地域)。明治24年=1891年に硫黄島の領有を宣言した日本に異を唱えたのはスペインであった。日本人が忘れてはならない視点として、西洋=白人社会=キリスト教の集団勢力の世界制覇の膨張はスペインのマゼラン世界一周以来、延々と続いているということ。

第一次世界大戦から第二次世界大戦までの約30年は、20世紀の「30年戦争」と言われる。いずれにおいてアメリカは最後の場面(第一次)又は途中(第二次)で参戦し、かつ、第一次の場合は、ウィルソン大統領が14ヶ条で目玉の民族自決主義をひっさげ、第二次ではルーズベルトがチャーチルと「大西洋憲章」を宣言して「正義」のイデオロギーにもとづき西欧列強の植民地主義を葬り去ったのだった。最大の狙いは大英帝国潰しだったのである。

本書は学術的な専門書でははないし、まだ全部を読み通していないが、大変刺激的で目から鱗の指摘が随所にある。こういう本は線を引き、書き込みをしながら何度も読み返したい本である。ちなみに、半藤一利氏の「昭和史」には通俗的なマルクス主義の善悪史観で書かれた内容だとして手厳しい。のみならず、学界の例えば加藤陽子氏や秦郁彦氏の著作も同様である、と。いくら学問的体裁としての個々の事実確定の証拠を固め羅列しても意味の解釈は、それを包むパースペクティブの問題でる。歴史は解釈である。解釈のもととなるパースペクティブをどこに求めるのかによって意味が判事絵のよに違ってくるのだ。国際間の出来事はアナーキーで善悪など究極的にはない、勝ち負けだけが判断基準となってしまうという気が滅入るような真実があるように思える。歴史は、第三者的な立場は必要であるけれど(客観性を担保するため)、究極的な意味は、自らの存在の内在的論理に立った立場からの意味付けをするしかないのだろう。戦後(もう73年が経過した)の日本で書かれる歴史叙述はアメリカとソ連(マルクス主義)の両方に配慮した叙述になっており、日本という主体が消え失せてしまっていると著者は嘆いている。

かくいう私自身は、冷戦崩壊までは、半藤氏と同じ左翼リベラルのものの見方へ疑義を呈することなく信じていた。あっけなく崩壊したベルリンの壁とソ連の崩壊。色あせた社会主義の理想を目の前にして、別に茫然とはしなかった。生活のための仕事が大事だったし、自分の快楽を求める生活に日々をうちやる日々だった。が、この歳になっても、まだこの世の生業に未練はあるけれど、自分と自分が生u6yyきた時代とは何だったのか、じっくり考えてみたいと思うのだ。

Nishio

 

朝食:納豆、笹かまぼこ、ご飯少々。
昼食:キャベツたっぷりのソース焼きそば、コーヒー
夕食:野菜カレー、ポテトサラダとサバの文化干し半分。

「会いたいぃ~、君に会いたいぃ~」のあのグループ・サウンズのオックスの萩原健一氏がが急逝した。68歳。自分はあまり見なかったけれど「太陽が吠えろ」のマカロニ刑事。

2019年3月29日 (金)

木瓜(ボケ)を詠んだ俳句、ブックサーフィン、肉じゃがつくり。

3月28日(木)晴のちくもり

6時過ぎに目覚める。ベッドの中で、「文人たちの句境」(中公新書、関森勝夫著)をぱらぱらめくっていたら、夏目漱石の「木瓜咲くや漱石拙を 守るべく」が目に留まった。木瓜とは我が家の庭に開花したボケだと始めて気がついた。実は昨日まで木瓜(ぼけ)の花がどういう花だか認識していなかった。この時期に咲く梅や桜のようにはもて囃されない花なのだ。漱石には「木瓜の花 役にもたたぬ 実となりぬ」という句もあるようだ。「拙」は己れの才を誇り、器用に世に処していくことと対局にあるもので、己れのあるままを頑なに守って世に処する生き方だという。

 

朝食:ハムエッグと笹かまぼこ、ご飯とミネストローネ。

9時過ぎ、父はいつものデイケアーに出かける。

私は銀行と郵便局へ。昨年12月のデイケアーセンターへの支払い分が口座引き落としできず未払いのままになっていて、その場合は、郵便局へ出向いて振り込むのだという。何とも面倒な話。私がいるからいいようなもの、老人だけだったらどうなってしまうのか。送迎に来ていただく関係者の方に現金を渡す方法も不可だという。最近よく買い物をするスーパーKの敷地にオープンしたばかりの新しい緑岡支所に立ち寄って手続きをした。

 

マーク・ピーターセン氏(明治大学の英語の先生)「英語のツボ」(名言・珍言で学ぶ「ネイティブ感覚」)を拾い読みする。

Petersen

"I am going to have you arrested," the driver said. (「逮捕してもらうよ」と運転手は言った)
"You may do that" I answered. (「いいですよ」と私は答えた)

米国の公民権運動で活躍した黒人女性ローザ・パークスの自伝My Storyに出てくるという文言だそうだ。

have you arrestedとget you arrestedの違いは何か。同じ使役動詞だが、getを使うと「逮捕してもらうには幾分か努力が必要だ」という
ニュアンスがあるという。これに対し、haveを使う場合は「警察に一言言えば、当然逮捕してもらえるよ」という暗黙の前提があるのだ
そうだ。

I am going toの代わりにI willでもいいのだが、going toの場合、willより脅迫めいた表現に感じられるという。

ローザ・パークスの返事だが、You can do thatでもかまわないけれど、mayを使うと、より品があって丁寧、本人のプライドが伝わって来るのだそうだ。上の立場で運転手に許可を与えるような感じだ。canの場合だと、くだけた感じが強いのだそうだ。タモリの「いいともぉ」みたいなものか。オバマ大統領のYes, we canというのもあったなぁ。英語って本当に難しい。というか、外国語はみなそうだ。それに、日本語だって・・・・。

 

昼食:ミネストローネで作ったリゾット、コーヒーにマーガリン・ブルーベリーのこっぺぱん。


今日は、月並みだが、肉じゃがを作る。ウーエンさんの中国風。だが、両親が香辛料(八角や花椒)は苦手なので省略。生姜と葱を使うのではなく、ニンニクと玉ねぎを使用。豚もも肉300㌘の塊を角切りに切り分け、オリーブオイルで両面を強火で焼き目をつけたら、砂糖(大匙1)、醤油(大匙4)、酢(小匙1)、酒カップ二分の一、水2カップで40分弱火で煮込む。途中アクを取る。さらに、ブツ切りにしたジャガイ(4個)モと人参(1本)、それぞれ皮は向いて水につけてあく抜きしたものとシイタケ8個を加え、20分ほど、だし汁が少しになるまで煮詰めて出来上がり。

夕食は、サバの文化干しの残りと肉じゃがでビールを飲む。肉じゃがの味は上々。両親は気に入ったようだ。私にとっては味が少し薄かった。甘味がたりなかった。砂糖を大匙2、味醂も少し加えたほうがよかったようだ。それに、玉葱はまるまる一個をジャガイモを加えるタイミングで入れてもよかった。最初に入れると溶けてなくなってしまう。

Nikujaga


木田元氏の対談集「哲学を話そう」を拾い読みしていたら、小林秀雄の文体はハイデガーに似ていると、木田氏が指摘する個所があった。「美しい花がある。花の美しさなぞは存在しない」という独特のいいまわしをした小林秀雄。これは一体何を言おうとしているのか。対談相手の三浦雅史氏によれば、小林はポストモダニストでありでデコンストラクション(脱構築)をしたのだという。フランスの反逆児であった詩人アルチュュール・ランボーの訳詩で独特の小林節を展開した人だが、彼の言説の裏には和辻哲郎を通して理解したニーチェがあるという。自分は、小林秀雄に影響を受けた世代ではなかったが、氏の文章が難解あることは知っている。氏が言うには、原因があって結果があるのではない。結果こそが原因なのだ。これって、何のこと? 歴史があって現在があるのではなく、現在が歴史の原因だという。人間は現在という結果から原因を導いている、云々。木田氏は、小林を読んだおかげででハイデッガーが理解しくなったという。

Kidagen

2019年3月28日 (木)

2度目の古本の売却(1300円)。

3月27日(水)晴、終日風強し。

朝食:鯛の塩焼きの残り物、ハムエッグとご飯少々。

玄関前の石畳で日向ぼっこするニホンカナヘビを見つける。冬眠から目が覚めて活動を始めたようだ。我が家の狭い庭にはかなりの二ホンカナヘビが生息している。それを捕食するモズもいるし、ヒヨドリもよく営巣してカナヘビを雛の餌にしている。

2階で、本の整理をしていると、1月以来のシジュウカラの囀りが聞こえる。繁殖の季節が始まっているのだ。カラスもせわしなく、口に枝を加えて空をしきりに舞っている。Yちゃんのママによると、住んでいる住居のベランダの針金ハンガーを相当数カラスに持っていかれたという。巣の材料に使うためだ。

昼食:ペンネ・ノン・アラビアータ 別名 ナポリターナ(昨日の残り)

Pennne

 

2階でFMラジオを付けっ放しにしながら捨てる本の選り分け、本棚への収納の作業を続ける。

午後一番で太田裕美の「木綿のハンカチーフ」が流れていた。1970年代の歌謡曲のベストテンにはいる名曲。荒井由実が活躍を始めたころだろうか。

途中でブックオフへ出かける。今回は全部で1300円になった。それでも売ったのは本棚の一つ段に相当する分量だ。押し入れにはまだ収納しきれず待っている本が本棚二つ分以上眠っている。

15時過ぎに戻ってお茶を飲んで、本の整理を続ける。ラジオからは、ストラビンスキーの「春の祭典」が流れている。パリで初演されたときは大スキャンダルだったという記念碑的な20世紀のバレー音楽。洗練されたメロディーが影を潜め、最初から最後まで生命力の横溢する躍動感のビートが全編さく裂する。

夕食:回鍋肉を作って肴にビール(チェコ製)を飲む。春キャベツを沢山使ったつもりが、完成してみると分量が半分以下になり豚肉が優勢になってしまった。やはり、半分全部を使うべきだったと反省。下味はウーエンさんの料理本を参考にしたおかげでなかなかいい味に仕上がった。一杯のんだ後は、ご飯とトマト味たっぷりかつ具がたっぷりのミネストローネ。今回は大根のかわりにカブ、それに、パプリカを具に加えた。生のスイート・バジルを最後に入れたが香りが何とも言えない。そして、お味のほうもヴェリー・グッド。

夜、ブルックナーの「交響曲第9」を聞く。バッハ、モーツァルト、マーラーが私のベスト・スリーだとすれば、ブルックナーは、4番目にくる好きな作曲家だ。マーラーの第九とちょっと似たような悲劇的で痛ましさを想起させるフレーズがある。

開高健の「眼のある花々」を手にする。花をキーワードに氏が世界を渡り歩いたいろいろな場所の思い出を語るエッセイだ。アラスカ、ベトナム、パリ、イスラエル、バンコク、カンボジア、インドネシア、北海道の原野、信州、ギリシャ、インドネシア、ドイツのバイエルンなどなど。釣りに情熱を傾けた氏だが、ナチュラリストであり、魚以外の自然(花、昆虫、動物等)というか宇宙全体に感受性を全開して紡ぎだす独特の文体は、20代以来永年に渡って親しんできた。開高健の作品群(基本的に散文)は乾いているようで、詩をよむような抒情的味わいがあると思う。

Mearuhana  

 

2019年3月27日 (水)

早春の草花たちが庭で開花・・・。

3月25日(月)晴

朝食:ブリの釜焼きの残り等、昨日の残り物とご飯少々。大ぶりのイチゴ一個。
昼食:海老豚入りワンタン麺。
夕食:ゴーダチーズ、ポテトサラダ、真鯛の釜焼き、真鯛の潮汁、赤ワイン、ご飯少々。

今日はYちゃんの卒業式。夕方、ママから式の写真やスナップショットをラインで送って来た。おめでとうメッセージを送る。

終日、本の整理をしながら、いろんな本をぱらぱらめくった。アメリカで有名になったコンマリさんの整理哲学はあまり理解していないが、自分なりに考えた末、愛着がより少ないと思われるもの、恐らく死ぬまでにもう読むことはないだろう、と思われるものからどんどん捨てる(廃品扱いのゴミにするか、ブックオフに売るか)方針でいくことに決めた。

夜、アマゾンで本の注文。カール・クラウスの「人類最後の日」とハーバート・フーバーの「裏切られた自由」。翻訳は出ているが、原著の4倍から6倍近い値段。「人類最後の日」は、ドイツ語の英訳版がたったの1000円ちょいで古本で買えるのでそれを注文する。

 

3月26日(火)晴

お彼岸が去って日が一日一日長くなる。5時半を過ぎると明るくなってくる。ウグイスの囀りも時折聞こえてくる。

朝食:イワシの丸干し、ポテトサラダ、ご飯、潮汁

 

食後、庭のあちこちで開花し始めた早春の花々を見る。

<ボケ>

Boke  

 

<黄水仙>

Kizuisen

 

<ハナダイコン>

Murasakidaikon

 

<クリスマスローズ>

Krisuwmasurose

 

<ユキヤナギ> 

Yukiyanagi  

 

<パンジー>

 Panji2


昼食:ペンネのナポリタン、コーヒー

注文していたアメリカのフーバー大統領のFreedom Betrayedがさっそく届く。フーバーさんはルーズベルトの前の共和党選出の大統領。1964年に死去するまで以前に発表した回想録に大幅な加筆して最終稿が出来上がる直前に死去してしまったという。家族の意向もあり原稿はそのまま眠ることになってしまったが、2011年にスタンフォード大学の研究者が編集を行い出版された本。


夕食:ロースカツ半分と鯛の釜焼き半分、潮汁、ご飯少々


BSでコウケンテツのドイツの食紀行(2時間)を見る。南ドイツから始まって最後は北の旧東独の海辺の町で終わる2時間の番組。出てくる食については特に驚きはなかった。初っ端のSchweinebraten(シュバイネブラーテン)はドイツ風のローストポーク。食べたことがあり美味しい料理だ。南部の白ソーセージやレーバーケーゼも賞味したことがある。それぞれおいしく食べた記憶があって懐かしい。カレー風味のソーセージがベルリンのファーストフードの名物とは知らなかった。ボンだかどこかで普通にソーセージスタンドで食べたと思う。ずっと、ジャガイモと肉の料理だったが最後にシーフード。ニシン料理を期待したが、小麦粉をまぶした唐揚げだった。ウナギの筒切りにしたものも同じ調理。ビールには合う食べ方だろうけれど。ちょっとがっかりだった。ベルリンのクロイツベルク地区は2005年の5月に足を運んだことがある旧東ベルリンの若者が集まる街。これもなつかしかった。ヴィーガン(ベジェタリアンよりさらにワンランク上=動物性たんぱく質は一切拒否)をドイツ語ではヴェガーンというのは始めて知った。登場したご当人は、インド風の豆のカレーを作っていた。古代小麦粉を使ったパスタやオーガニック野菜を使うとか、ソーセージも一切添加物無しで賞味期限はその日のお昼までというのもすごい。環境対策に対する人々の意識の高さ、それに、子育てしている人たちの労働時間の少ないことはある程度知ってはいた。相変わらずの残業ありきの男性中心社会である日本との違いは鮮明だ。少子化で人口減少を続ける日本は、一人当たりの生産性を高めないといけないのに。食紀行ではあるが、肝心の食より、見終わってそっちのほうが気になってしまった。

下品なジョーク集と半藤・佐藤両氏の対談による21世紀戦争論。

3月24日(日)晴

目が覚めてTruly Tasteless Jokes Twoをぱらぱらと拾い読みする。本当に下品なジョークのオンパレードだが、登場人物も1980年代の本らしく、グレース・ケリーやナタリー・ウッド、ダイアナ妃が登場する。

Tasteless1

 

What kind of wood doesn't float ?

Natalie Wood. 

ナタリー・ウッドは1981年に水死(事故死)した。



ダイアナ妃はエリザベス女王と登場する。王室専用車(ベントレー)で出かけて強盗に遭う。エリザベス女王はダイアモンド・ティアラを出せと脅されるが今日は身に着けていないと逃れる。ダイアナ妃は、婚約指輪を出せと脅されるが、やはり今日は身に着けていないと逃れる。クソっと毒づきながら強盗は専用車のベントレーを奪って逃げていく。残された二人。ダイアナ妃が女王にダイヤモンド・ティアラをどこにお隠しになったのですか?と聞くと女王は顔を赤らめて下半身を指さす。女王はダイアナ妃に貴方は?と聞くと、妃も同じ仕草。しばらく無言で歩いていると女王はため息をつきながら、マーガレット妃がいればベントレーも救えたわ。(ウィキペディアによるとマーガレット妃は、男出入りが激しい女性だったようである)。

この本ではないけれど、英国の王室のスキャンダルを扱ったジョークを一つ。

What did Prince Charles say when he heard the news ?

- Shall I garage your bike, mum ?

これは、モーターバイクに乗ったパパラッチに追われて事故死したダイアナ妃についての王室に対する批判(王室がダイアナ妃に冷淡だった)のジョークらしい。

 

7時前、ウグイスの囀りが聞こえてきた。週半ばまではポカポカ陽気だったが、昨日からまた寒くなってしまった。

朝食:サバの文化干しの残り、ポテトサラダ、ご飯、納豆。

昼食:マーガリンとブルーベリーのコッペパン、コーヒー、ワンタンスープ。イチゴ少々。

夕食:ブリの釜焼き、海老とパプリカの塩炒め、ビール(メイド・イン・チェコ)、それに、ご飯とイチゴ少々。

トランプ大統領のロシア疑惑はとりあえず「シロ」ということになったようだ。田原総一郎氏の番組をたまたま見たが、トランプさんの人気は相変わらずで、CNNやニューヨークタイムズの報道とは違うのだという。トランプ支持層はフォックスニュースしか見ないという。

イギリスのブレクジットも散々である。迷走の始まりは責任逃れで実施した前首相の国民投票。棚ぼたで回って来たメイさんの首相就任。大変すぎる。ここに来て退任論が出始めた。彼女は1956年生まれで私と同い年。私の母は、ソ連時代のゴルバチョフさんと同い年。

深夜まで半藤一利氏と佐藤優氏の「21世紀の戦争論 昭和史から考える」を読む。在野の昭和史研究の大家である半藤氏とロシア人の内在的論理の理解においては圧倒的な洞察力を有する元外務省の官僚である佐藤優氏の対談。「暗闘~スターリン、トルーマンと日本の降伏」に関連する章(戦争の終わらせ方は難しい)もあって興味深かった。

シベリアに抑留された日本人の食生活はロシア人とほとんど変わらなかった。基礎体力の違いで日本人はどんどん死んでいったがロシア人にはなんでもなかった。ソ連軍からすると日本人にひどい待遇をしたという認識はない。

ドイツの捕虜となってスパイと見做されたもとソ連兵や政治犯(トロッキスト)、犯罪者らは、ドイツ侵攻および満州侵攻の際に、最前線の先頭で戦った無法者集団であった。後ろにはソ連の正規軍が控え、退けば射殺されるので勇敢に戦うしかなく、生き延びて敵地を占領した場合は、正規軍が来るまではやりたい放題(略奪やレイプ)のことができた(褒賞)。これが、ソ連軍の評判が悪さの原因であった。

8月15日は終戦ではなく、ソ連はカムチャッカ半島のすぐ南の占守島での日本軍との8月18日から4日間の死闘を皮切りに9月5日まで千島列島を南下して行った。降伏文書の調印は9月2日。スターリンは北海道の北半分をアメリカに要求したが、トルーマン大統領は拒否した。もし、占守島で日本軍が踏ん張らなかった、ソ連は北海道の北半分を占領して既成事実を作った上で、朝鮮半島のように北日本(ソ連の勢力範囲)を作り南日本(アメリカの勢力範囲)と対峙する状況が現出する可能性はあった。

ルーズベルの死後、日本の降伏を巡ってアメリカの原爆投下とソ連の参戦が競い合いを始めた。アメリカは、スターリンの野望に疑念を抱き始め、ソ連参戦前に日本を降伏させようと考え始める。原爆はその切り札で、チャーチルもその使用に同意する。ソ連は、トルーマンがルーズベルトのように親ソ的でないことに疑念を抱き、ヤルタの密約が反故にされることを危惧して参戦を前倒しにして極東での失地回復(日露戦争の復讐)に邁進する。

2019年3月25日 (月)

ウンコが貴重なものだったら貧乏人はお尻の穴なしで生まれただろうに・・・。

3月23日(土)曇り


3時半に一度目が覚めて眠れなくなってしまう。「暗闘 スターリン、トルーマンと日本降伏」を読み進める。5時過ぎにまた眠りに落ちる。気温が低い。三寒四温の寒のサイクルに入ってしまった。ウグィスも静かにしている。東京は桜が咲き始めたようだが、北関東のここはまだだ。梅の花はもうほぼおしまい。


朝食:アジの干物、納豆、ミネストローネ、ご飯少々
昼食:マーガリンとブルーベリーのこっぺぱんサンド、カツサンド一切れ半
夕食:カレーライス、ポテトサラダにスナップエンドウと春菊のサラダ。デザートにヨーグルト。


一週間分の日記をまとめて書いたり、整理した本の中から出てきたジョーク集の数々を手あたり次第に捲っては読みふける。若いころはダーティー・ジョークばっかり読んでいた。そのころは読んですぐに分かったのは半分もなかった。今回パラパラと捲ってみると8割は笑える。言葉の遊びも含めてパンチライン(落ち)が分からないままのものはどうしても残ってしまう。


16時半から、刑事コロンボ「2枚のドガ」を見る。見るのはたぶん3度目だろうと思う。学生時代と7,8年前の再放送で見た。最後の最後で犯人の裏をかく刑事の手際はちょっと出来すぎかも知れないが、自信満々の犯人が最後の最後にとどめをさされるところが見もの。
本の整理はお休み。左肩と肘の具合は徐々によくなっている。


夜、ジョーク集やアフォリズム集を読み漁る。「愛のアフォリズム」(集英社新書)が面白かった。目に留まったものを三つほど。


フランスの女優ジャンヌ・モロー:「どんな男性であれ、二つのことしか念頭にありません。もうひとつがお金です」


牛(闘牛)の睾丸のソテーを好んで食べたという絶倫男パブロ・ピカソ:「女が何を考えているのか、すっかりわかれば、男は何千倍でも大胆になるだろう」


ゲイだったアンドレ・ジッド:「私としては、体がまだ快楽でほてったまんま墓に入りたい」


最後に、ジョーク集には関係ないけれど、たまぁに思い出す東京駅で出会った英語の落書き。お腹の調子が悪くてギリギリで飛び込んだ公衆トイレで偶然みたものがこれ:

If shit were vaulable enough, the poor would have been born without asshole.

トイレに間に合ってホットして何気なく扉に目をやるとボールペンでアルファベットが扉に記されていたのだったが、なかなかの傑作に感じ入ってしまった。哲学的な、あまりにも哲学的な、そして、ナンセンスな一句であった。


 

朋有り遠方より来る、亦た楽しからずや。

3月22日(金)曇り


朝の読書:「花と木の文化史」中尾佐助著(岩波新書)


30年近く前に購入した黄色版の岩波新書。植物は興味がないわけではないけれど、魚、虫、動物に比べていまひとつ情熱が湧いてこない対象であった。そうなのだが、本の整理してひょこっと出てきたこの本。ようやく日の目を見ることになった。著者は小学生時代から花の魅力に見せられ、自分の家の庭で花を育て、森林から草花を持ち帰っては栽培したり。大学でも植物学を専門にして一生の仕事にした人。自分の好きなことにのめり込んだ人生を送れた植物研究の大家が一般向けに書いた新書本。読んでいてたのしい。第1章の扉の写真からして「シャクナゲをの花をだくダージリンの少女」で、モノクロだがワクワク感を感じさせる。148㌻にはロンドンのハロッズ百貨店の盆栽コーナーの写真が出ているが、かつて、自分が現地に駐在していたとき偶然だが足を運んたことを思い出す。

Hana5

朝食:笹かまぼこ、ミネストローネ、ご飯、バナナ
昼食:リゾット、マーガリンとブルーベリーのこっぺぱん


夜、外でY氏と会食する。2006年から2012年まで勤務した地元のT大学の関係者でいろいろお世話になった。骨折の療養期間は釣り以外の楽しみで外出して人と会う意欲はなかったが、春めいてきた先日、ラインで連絡したところ返信があり本日の会食となった。2年前に一度、東京の
下北沢で再会して以来である。米国東部のアイビー・リーグの大学で博士号(哲学博士)を取得した人で在職当時は、私の拙いコレポンの英語を面倒くさがらずに添削してくれた。ネイティブの教員が直すところがないという半端ない語学力の持ち主。聖書に関連する古代オリエントの言語を操り、シリアに調査に行ったりもする。日頃、自宅で両親との会話と歴史の専門書を逍遥する生活から一時的に解放され、一方的に!?饒舌に話しをさせてもらいリフレッシュできた夕べであった。お付き合いいただいて感謝、感謝。ちなみに、お父様はご健在で93歳。私の父と同じ大正15年生まれ。私の父以上に元気らしい。普通に歩けるし、脳の活動も活発で、施設には入っているが、身の回りのことはほとんど自分一人できるという。

2019年3月24日 (日)

休息の一日。

3月21日(木)曇り、一時雨


上京の疲れ、左肘と肩の痛みがとれず今日はゆっくり休息をとる。


朝食:笹かまぼこ、鯵の干物少々、ポテト・マカロニサラダ、ご飯少々、バナナ半分;昼食:キャベツたっぷりのソース焼きそば;夕食:ブリの釜焼き、ミネストローネにご飯少々


読書:

①「暗闇 スターリン、トルーマンと日本降伏」長谷川毅著(中央公論社)の第1章を読む。
著者は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の歴史学教授を務めるもと日本人。アメリカに帰化したロシア・ソ連史を専門とする歴史家。アメリカの原爆投下ととソ連の対日参戦と敗色濃厚となった日本の降伏に向けた交渉を描く著作。ルーズベルトの能天気振り(極東情勢においてのソ連に対する無警戒)には驚かされる。ヤルタ会談当時はすでに死期が迫り、頭もそうとうボケボケだったらしい。チャーチルは、ソ連に対する警戒からすでに無条件降伏ではない条件降伏を検討することを提案したらしいが、ルーズベルトはまったく聞く耳を持たなかった。そこに付け入ったのがスターリンで、かつ、二人は、アジアに対する蔑視もあって、日本はいわずもがな、仲間である蒋介石の中華民国をも袖にするような談合をする。それも、老獪なスターリンのなすがままに米ソ間で密約がなされる。北方領土問題の源はルーズベルトの晩年のボケた脳髄がもたらした災禍であろう。日本は、満州の権益にこだわり続けたために、繁栄のもととなる資本や資源を依存する米英と戦う道を選んでしまう。そして、本来、最大の敵であるはずの共産ソ連とは中立条約結んでしまう。ドイツの敗北が濃厚となった1945年4月の沖縄戦も大きな犠牲のもとに敗れ、次は本土決戦となる状況下、日本は、中立条約を結んでいるソ連を頼りに和平交渉を探るという最悪の選択を取らざるを得なくなっていく。


Anyaku


②「Auf Reisen」(「旅の途上」)


オーストリアの作家シュテファン・ツバイクの旅行記。1911年のニューヨーク滞在の章。第一次世界大戦前のベルエポックを謳歌したヨーロッパ人のツバイクが新大陸を旅した。ニューヨークの新しい物質文明のリズムへの驚き。成熟したウィーンの静けさとは対照的な、喧騒に溢れるモダンな都市・ニューヨークの若さとエネルギーにただただ圧倒され、感嘆の声を上げるツバイク。ブルックリン橋はその象徴。20世紀初頭のウィーンの人口は200万を超えてはいたが、ニューヨークは500万に迫ろうとしていた。


Auf-reisen

2019年3月23日 (土)

本の整理は続く、上京とディズニーシー。

3月18日(月)晴

玄界灘にシャチが現れたというニュース。非常に知能的な動物で、グループでアザラシやクジラを襲って食べるほか、ボラの群れを追い詰めて一網打尽にする。漢字では鯱。


朝:鰯の丸干し、納豆、ご飯。
昼:ミネストローネ風味のリゾット
夜:カツカレー


終日、本やCDの整理。死ぬまで?本を開くことはないだろうと見切りをつけた本30冊ほどをブックオフに持っていく。500円ほど。ほとんどの本が5円。中公新書の「サブリミナル・マインド」は300円の値がついていた。今日の持ち込みは序の口。まだまだ沢山の要らない本がある。売上金はで帰路、スーパーでロースカツを買って夕食のおかずにした。週末から3日連続での整理作業で左の肘と肩が少し痛くなった。



3月19日(火)晴


朝:ブリの塩焼き、ご飯、納豆。
昼:ジャケット・ポテトに春キャベツと大豆の和え物。


14時過ぎ、家を出る。3週間ぶりの上京。持参した「エスニックジョーク」(講談社選書メチエ)を電車の中で読む。上野でYちゃんから頼まれたバナナロールケーキを買って待ち合わせの新宿へ。


鼎泰豐(ディンタイフォン)で夕食を一緒に食べる。このお店は、世界にチェーンを持つ台北に本店のある飲茶のレストラン。3年前に出張したときに地元の方の招待で一緒に夕食をたべた記憶が蘇る。小籠包、海老焼売、蒸し鶏の葱ソース、海老豚ワンタン麺、牛肉麺、海老春巻き、パイク-等。決して安くはないけれど高いというほどでもない。



3月20日(水)晴


6時起床、パン、コーヒーを食べて、Yちゃん親子と舞浜のディズニーシーへ。割引券があって今日が期限日。ウィークデーで、天気予報は晴、気温は日中は20度になるという絶好の日和。Yちゃん親子はディズニー大好き人間。私はあまり興味はないが付き合いで。自分が楽しむというより親しくする彼女たちが楽しんでいるのを楽しむということだろうか。


35周年マークがあちこちにあったけれど、ディズニーランドが開園したのは1984年。開園前の招待で出かけたことを思い出した。35年の歳月かぁ。フランス人ならBeaucoup d'eau a passé sous les pontsと呟くだろう(橋の下を沢山の水が流れた)。入園料は上がっているけれど、会場はウィークデーにも関わらず予想以上に沢山の人が繰り出していた。それでも、アトラクションは全部で5か所楽しみ、船で園内周遊したり電車にのたっり、キャラメル・ポップコーンやアイスクリーム、チュロスを食べたり、買い物したり(Duffyの縫いぐるみ等)、お昼にメキシカンのタコライスを食べ、夕食はロティサリチキンを食べ、生ハムの盛り合わせでビールを飲んだりして、最後は、20時からファンタズミックのショーを見る。20時40分からの花火は風が出て中止となったが、21時過ぎ、帰路にく。途中の新木場でYちゃん親子とお別れして、家路についた。帰宅したのは23時半すぎ。裏口からこっそり入る。両親はとっくに就寝。自分も2階に忍び足であがり、そのまま就寝。


Dexnysea

2019年3月18日 (月)

本の整理は楽し。お宝の「無修正の女性ヌード写真」と再会!

3月17日(日) 晴れ、後曇り



昨夜は、深夜までネットサーフィンに興じてしまった。目的もなく気ままにあっちに行ったりこっちに行ったり。Youtube三昧だった。10月まで熱中していたインド映画音楽のジュークボックス(BarfiやPK)を聞いたり、野鳥のサイトを覗いたり。目覚めたのは6時半。


ウグイスの声はこのところご無沙汰しているが、今朝はスズメのチュンチュンの声。ごく当tたり前の声だけど最近はスズメの数がめっきり減ったように思う。


チャーリー・ブラウンを読んだり、モームの「作家の手帳(A Writer's Notebook)」をパラパラ読む。自伝は別に「Summing Up」というのがあるのだが、これは、モームが自分の創作の素材としてメモったもので作品にならなかたものを記憶を頼りに年代順にまとめたものだ。
紙切れやマッチ箱や雑誌の余白やらに着想が湧き上がった瞬間にさっと書きなぐったものらしいので、裏自伝の素材みたいなもだ。書き始めは1892年で医学校に入学した年。最後が1944年で70歳の誕生日の翌日に長々とメモを残している。


298㌻に地元の赤十字病院のコンビニのレシートが挟んであった。2017年11月16日(木)12:56となっている。鶏五目おにぎり、たまご好きのたまごサンド、Lチキ旨辛チキン、合計568円。父がデイケアー先で倒れ、入院していた2年ちょっと前のことだ。病院に詰めていることが多く、時間潰しにこの本を持参して、談話室でコーヒーを飲みながら読んでいた。直前の296㌻のメモはこんな具合だ。


Some American Delusions. (アメリカについての誤った思い込み)
(i)   That there is no class-consiousness in the country. (アメリカには階級意識がない)
(ii)  That American coffee is good.(アメリカのコーヒーはうまい)
(iii) That Americans are business-like.(アメリカ人たちは即物的だ)
(iv)  That Americans are highly-sexed and that red-heads are more highly-sexed than others.(アメリカ人は性欲が強い。赤毛の人は普通の人より好色だ)。


階級意識については後のメモで、結局は「金」で人間の階級は分かれると補足している。アメリカで体験した大金持ちの婦人と会食したのだが人々が彼女に示す尊崇はおより自分の国では見られないものだった。。大金持ちと普通の庶民の関係はざっくばらんで、保守的な英国とは違っている。階級の区別は、上流階級や中産階級ばかりではない。例えば、労働者階級でも熟練工は未熟練工との親密な付き合い)を避けるのであり、これはイギリスでもアメリカでも同じなのだ、と。


イギリスの貴族階級は19世紀の産業革命前までは圧倒的な富を誇っており、その施しにあずかった普通の人々は多く、それが貴族階級への尊敬となっていたが、産業革命後は没落してしまったのでそれとともに尊敬の念は薄れていった。アメリカもイギリスも本質では変わらないと皮肉っている。


朝食:サバの文化干しの昨日の残り、ポテトサラダ、カレー(昨日の残り)


2階でFMラジオを掛けながら本の整理を続ける。今日は、ベッドで寝ている洋室の本を集中的にやる。あっという間にお昼になる。


昼食:カツサンド一切れ半とイチゴのロールケーキにコーヒー。


朝に夕に簡単な食事の手伝いをしているが、料理の初歩は、必要に迫られて30代半ばくらいから始めた自炊生活で身に着けた。社会人になった当初の体重は62キロで痩身だった。それが1980年代半ば、バブル景気で沸き立ち、仕事は面白く、かつ、忙しく、外食と連日の飲み会で帰宅は深夜の日々。体重は80キロに達していた。これは何とかしなくては、ということで酒を控え始め、自炊に切り替えたのだった。洋食・和食・中華の3領域を一応やるけれど、すべて自己流で本は参考にする程度。プロが使う食材や調味料をいちいち揃えたら大変だ。最初は凝っていろいろ大枚をはたいたりしたが、徐々に手元にあるものでやりくりをするようになった。自分が参考にしている情報源は以下の写真のとおり。




Cooking_book
金子信雄の本が素人の自己流クッキング事始めであった。長らく探していて見つからなかたのだが、本の整理をしていたらひょこっと出てきた。1997年末に実家にまとめて送った本の中に入っていた。当時は武蔵野市の住人。年明け早々、ロンドンに赴任したのだった。


エリアス・カネッティの「目の戯れ」という自伝を捲っていたら、2000年5月14日のロンドンの地下鉄のチケットが挟んであった。
London_ticket



15時のおやつ:おぐらデニッシュ半分と熱いお茶。


ドイツ語の本を整理していたら、何とヌード写真が出てきた。しかも、無修正のものだ。ポラロイドで撮ったものらしいが記憶がない。いつ、どこで、誰の?誰かからもらったのか?思い出せないが、確かに若かりし頃、引き出しにしまっておいて時折り思い出しては眺めていた写真だ。本はジークフリート・レンツというドイツの戦後世代の作家だのものまだ未読。謹厳実直なローデさんというハンブルク郊外の町ヴィンゼンの日独協会会長からいただいた本。何と冒涜的な・・・。罪滅ぼしに読まなくちゃ・・・。



Nude1


夕食:サーモン・ジャーキー、ポテトサラダ、春キャベツと大豆の和え物を肴にビールを飲む。仕上げは、バターを少し多めにしたリゾット。


夜は休憩タイム。本の整理は結構いい運動になる。体のあちこちの筋肉を使う。そして、思いがけない出会いと発見。忘れていた記憶の蘇生と懐かしさと苦笑い。


NHK「ダーウィンが来た」を見る、シロクマとセイウチのバトルだ。氷の少ない夏は、シロクマにとっては餌が取れない最悪の季節。そんな中で、セイウチがシロクマの唯一のご馳走だが、狩りは大変。大人はシロクマと同じ体格で狙えない。狙いは子供だが、親も命がけで子を守ろうと戦いを挑んでくる。子を守った親の顔は血で真っ赤にそまっていた。


2階から、オフにするのを忘れていたFMラジオからモーツァルトの交響曲41番「ジュピター」が流れて来た。第4楽章。透明感と躍動感がとてもいい。情感たっぷりでモダンなマーラーの音楽も好きだが、クラシックなモーツァルトは格別だ。私の好みは、バッハ、モーツァルト、そして、マーラーがベスト・スリー。

2019年3月17日 (日)

終日、本格的な本の整理に没頭する。

3月16日(土) 曇り



5時半に目が覚める。


ニュージーランドのモスクで銃の乱射事件。キリスト教徒の白人による無差別テロ。50人近い犠牲者がでたらしい。リベラルで寛容な多文化社会を作り上げてきた欧米社会のはずだがどうしたことか。何年か前のスウェーデンの銃乱射事件を思い出した。ニュージーランドは世界で最も安全な国(地震はあるが)だと思っていたのだがショッキングが出来事だ。


ベッドの中で、チャーリー・ブラウン(Dont't Lose ! Charlies Brown 負けるなチャーリーブラウン)の漫画をパラパラとなつかしみながら読む。1972年のプリント。高校時代に地元のT書店かK書店で購入したものだろう。T書店はもう存在しない。


Charlie_braun


朝食:サバの文化干し、ミネストローネ、ポテトサラダ、ご飯少々。


9時半前、父はデイケアーに。今日も、2階で本の整理に本格的に取り組む。Yちゃんのママから誘いのライン連絡。来週半ば一日遊ぼうとの誘い誘。母の具合も回復したので一ヶ月ぶりだが上京することにした。Yちゃん、ディズニーシーに行きたいらしい。今日は、通った塾で仲良くなった友達同士で池袋に出かけたらしい。いいなぁ、将来はまだ真っ白。まだまだこれから学ぶことは多々あるけど、一つの関門をクリアした直後で次のステップまでの猶予期間だ。開放感と期待感でさぞかしうきうきしているだろう。


昼食:キャベツたっぷりのソース焼きそばとイチゴのロールケーキ。


午後は1階のリビングにおいてある本の整理。30年ぶりに手に触れた本もある。たぶん、1983年秋に渡欧(オランダのアムステルダム研修)にした際、実家に送った本がそのまま整理されずに保管されていた。


夕食:カンパチのスペアリブを焼いてレモンを絞って食べる。仕上げはミネストローネで作ったカレー。ハウスバーモント・カレーの甘口。

63回目の誕生日、蒋捷(Jiang Jie)の詞とジョセフ・ニーダムの英訳。

3月15日(金) 晴


今日は63回目の誕生日。特別な感慨はないのだが、この63年、何とか生きてこられたことに感謝。昨年、生まれて初めて怪我で入院する羽目になったが、基本的に丈夫な体でこの世に送り出してくれた神様というより両親になによりも感謝したい。


この63年、物心ついて以来を思い返せば、苦楽相半ばする人生だった。というかどちらかと言えば、あまりくよくよ悩むこともなく、我が道を歩んできたと思う。人生の目的は何だ、みたいな深刻なことは考えるけど、まあ、そこそこに悩み、無理せずに、マイペースで、心地よく生きようぜ、というのが私の人生哲学だ。そう思って行動していたわけではなく、気が付いたらそうだった。好きなことをやっている限りそんなにストレスはたまらないものだ。正直言えば、自分は何か大きなことをやってやろう、といった野心を持ったことがない。そして、人の上に立つなんてリーダーシップを取るなんて絶対いやだった。


若かりし頃、「あなた、偉くなってやろうという野心がないでしょ」とある人に言われて「実は、そうなんです。自分の好きな世界でたゆたって居られればそれで自分満足なんですよ」と答えたことを今でもはっきり覚えている。生活のために仕事をして来た。とは言っても、仕事はマイペースを許してくれない。それで、それなりの苦労は避けられない。いやなことでも、嫌と言わずやらないといけない。サラリーマンとは気楽な稼業だった。仕事には責任が伴うけれど、個人事業主との雲泥の差。人間としてはあまちゃんのままだ。


仕事に取り組んでいると、もともとそれをやるために就職したわけではないけれど、与えられた職務が面白くなり情熱を傾けるようになるということも学んだ。二十歳すぎの人間で自分の将来のビジョンが見えているひとはそうはいない。最初に出会ったチャンス、あるいは、門をたたいた相手が自分を受け入れてくれれば、人は迷いつつも一歩すすむのだ。人生にやりなおしはきかないのだから恐ろしいことではあるけれど、その時点で、未来は真っ白だし、あまり思慮することもなく、やってみっか、である。私はそうだった。


マスコミ志望だったが、相手に振らて、メーカー、金融(証券)、運輸の3つの業界の会社で幸い内定が取れ、運輸の会社を選んだ。配属先が、何と、訪日外人を扱う旅行部門。想定外。こんな仕事があるなんて。26年勤務して、49歳で早期退職。遅すぎた転職だったかも知れないが、半年後に大学の教育事務の世界にトラバーユできた。二つの大学で合計11年、国際教育の事務支援業務に従事して、昨年5月末に現役引退。引退の3週間前に転倒して左足骨折というショッキングな事故で生まれて初めて入院、手術。半年のリハビリを経て、今、こうして63回目の春を迎えている。


敗戦後に生まれ、日本史上、おそらく、例外的に豊かな時代に育ち、偏りはあるけれどアフリカと中南米を除く地域はかなり旅行(レジャーではなくほとんどが仕事だったれど)する機会にも恵まれた。時代が時代なら、一介の水飲み百姓で清貧な生活をして田舎の片隅で一生を送ったかもしれない。あるいは、一兵卒として中国大陸か東南アジナのジャングルか広大無辺の太平洋の海の藻屑となってこの世から去っていただろう。私の家系の両親の世代はいずれの側も運がよく、戦死者は一人だけ(中国戦線)。父側の長男は中国(確か、済南)での後方勤務、次男は、牡丹江(当時は日本の農村より豊かで毎日がご祝儀の生活だったと述懐していた)と後に南方(パガン島)への転戦するも無事に帰国した。父は、横須賀で終戦を迎えた(本土防衛の要員)。母方は、長男が陸軍の下士官で満州鉄
道勤務後、やはり南方へ転戦(ポナペ島)、次男は台湾の師範学校で終戦。遠縁の一人は、ビルマのインパール作戦を生き抜いて帰国した人もいる。両親の世代関係者は、当の両親を除いて全員鬼籍に入っている。


親を失って人は本当の意味で大人になる、らしいが、私は60歳を過ぎても子供を演じ続けている。


朝食:サバの文化干し、ポテトサラダ、ミネストローネ(昨夜、寝る前に作った)、春菊とそら豆の残りにご飯少々。今日も、ナシ・ゴーレン・ア・ラ・ジャポネーズだ。
Nashigoren2

9時半、父のリハビリの先生が来る。


ジョセフ・ニーダムの訳詞を見つけた。サイモン・ウィンチェスターの本(The Man Who Loved Chiba)の89㌻から90㌻にあった。詩人の名前は、Jiang Jie。インターネットで検索すると、蒋捷と出てきた。漢字は中国本土の簡体字で表記されていた。

<虞美人>
少年听雨歌楼上,红烛昏罗帐。壮年听雨客舟中,江阔云低,断雁叫西风。
而今听雨僧庐下,鬓已星星也。悲欢离合总无情,一任阶前点滴到天明

日本式にすると、
少年聴雨歌楼上,紅燭昏羅帳。壮年聴雨客舟中,江閣雲低,断雁叫西風。
而今聴雨僧閣下,鬓已星星也。悲歓離合總無情,一任階前点滴到天明。

ニーダムの英訳は:


The Beautiful Lady Yu

As a young man, listening to the girls in the tower,
I heard the sound of the rain,
While the red candle burned dim in the damp air.


In middle age, traveling by boat on a river,
I listened to the rain falling, falling:
The river was wide and clouds drifted above;
I heard the solitary cry of a teal borne on the west wind.


And now in a cloister cell I hear the rain again,
My hair is grey and sparse;
Sadness, and happiness, separation and reunion, all seem one,
They move me no more.
Let the rain drop all night on the deserted pavement
Till the day dawns.


詞というのは音楽に合わせて朗誦するために作った漢詩のジャンルらしい(日本には詩吟がある)。インターネットで検索しても日本人サイトではとりあげられていない。本家中国と英語圏だけだ。ニーダムのなせる業か? 吉川幸次郎の「宋詩概説」を捲ってみると、「詞」の評価そのものが低いようだ。でも、この詞を目で追い意味を取ってみると、何とも言えない人生の真理の情感が込み上げてくるのを感じる。こんなものなのだ。私も最後の聯(スタンザ)のような境地になりたいのだが、まだまだのようだ。



昼食:ミネストローネにご飯を入れてリゾットを作って食べる。それに、コーヒーとイチゴ入りのロールケーキ。両親もおいしそうに頬張ってくれた。
Risotto2


午後一杯、本の整理に没頭。昨日の続き。先週の健康診断の結果た届く。特に異常はなし。メタボに注意すること、つまり、運動が必要。体重は70キロを切って69.4キロなのだが。レントゲンと胃の検査はしていないのだが。

夕食:昨日に続き、ハートランドビールを飲む。肴は、豪州産のエビ(ロブスターサイズとはいかないが)、サーモン・ジャーキー(前職で付き合いがあったカナダの提携校A大学の交渉相手で名前はグレートヒェンという上品なオバちゃまからお土産でいただいたもの)、だし巻き卵、ゴーダ・チーズなど。エビは誕生日の贅沢。1尾350円ちょっと。仕上げは、好物のステーキ。黒毛和牛ではなくこれも豪州産のアントレコット。1枚580円。真鯛の刺身より安い。ミディアム・レア-で焼いてスナップエンドウを添えて、わさび醤油でいただく。ベリー・
グッド。満足のいくツー・コース・ディナーだった。
第一のコース:


Kanpai_ebi
第二のコース:


Steak



夜、本の整理を続ける。21時からBS放送で吉田類のフランス大紀行(酒と食)と大自然紀行(ヨーロッパ・アルプス狼の母子の物語)を交互に見る。食紀行のほうは、バスク(バイヨンヌ)とブルターニュ地方。バスクの豚と特製の生ハムがうまそう。ブルターニュは海鮮料理。生牡蠣だが50年前に在来種が絶滅して日本種の牡蛎を導入して今日があるという。ロ
サンジェルスやミルウォーキーで食べた牡蛎も日本種(熊本)だったことを思い出した。バスク語の片言をテレビで聞くことができたが、まったく孤立した言語で日本語と同じく、類縁言語が特定できないらしい。周りのロマンス語(仏、スペイン語など)とまったく無関係なのだそうだ。


一方の、狼だが、母と6尾の子供のサバイバルの話。涙が出そうになる過酷な物語だが、動物の目線でよくぞここまでカメラが捉えたとただただ感嘆する。フランスのジャック・ペラン監督の「Wataridori」を彷彿させる。影響があるのではないか。狼の夫婦はカラスと同じ
で一生を添い遂げる。集団で群れをつくって序列がある。子供を産めるのはリーダーの狼の妻となった雌狼。ある日、リーダーがクマと争ってケガがもとで死んでしまう。新しいリーダーの登場。妻狼は集団から弾き出されてしまう。一緒にはいられない。すでに妊娠して
おり、もし、この集団にとどまって子を産んでも新しいリーダーに皆殺しにされてしまうのだという。1000キロにもおよぶ孤独な旅。途中で出産。天敵から子供を守るために狩りに出かけられない間は草を食べ、ミミズを食べるだけ。おいしそうな羊を取るにも人間という天
敵が銃をかまえて待っているなど、サバイバルは大変なのだが、冬を乗り切り、母狼は新しいパートナーの狼(牡)と出会い、新しい集団を作り始めるところで終わる。ドイツとフランスでは20世紀後半に絶滅したとされる狼だが、現在2000頭ほどがヨーロッパアルプスの山岳地帯(オーストリア、スイス、フランス、イタリアにまたがって)に生息しており数は増えているという。


深夜近くまで2階で物思いに耽けながら日記を書く。深夜の就寝。

2019年3月16日 (土)

春一番が吹く。

3月14日(木) 晴、終日風強し


6時半前の目覚め。今日も天気は良さそう。

朝食:自己流ナシ・ゴーレン(ご飯にハムエッグ、ホウレンソウのお浸し、マカロニ入りポテトサラダ、カボチャの煮物、沢庵を数切れ乗せた一品。



Nasigoreng


ひととおり両親の食事が終わり片付けが終わってから洗顔。トイレは不発。このところ便秘気味である。南向きの窓の戸を開けに玄関から外にでると春の香りが風の中に舞う。風が強い。春一番だ。随分昔に読んだ漱石の「草枕」の漢詩の最初の出だしを突然思い出す。


門を出て思う所多し、春風吾が衣を吹く・・・・・・。(出門多所思 春風吹吾衣)


10時過ぎ、訪問看護師さんが父のケアーにやってくる。自分は2階で本の整理を続けるが、なかなか進まない。昼前に食材(魚)の買い出しにでかける。メバル2尾と子持ちの赤カレイ2切れ、それに、カンパチのアラ、身欠きニシン、鰯の丸干し等。これで4~5日分を確保。


昼食:カツサンドとコーヒー。それに、リンゴ(ショナゴールド)。

午後一杯、FMラジオを掛けながら、2階で本格的な本の整理に取り掛かる。漸く体にギアが入った。2005年の11月~12月にかけて整理して以来の本格的な整理。和室も洋室も一時的に足の踏み場もないような状況になる。


歴史(ドイツ、欧州、中国、朝鮮半島、日本)、哲学・言語学関係、社会学関係、詩集、異文化理解(仕事で集めたもの)、自伝・評伝、旅行記、その他、等々でそれぞれのカテゴリーに分け、本箱に収納。大雑把だが、まず今日はここまで。個々のカテゴリーの整理は明日以降だ。

夢中になって、引っ張り出した本のタイトルを眺めたり、パラパラめくったりしていると、中学時代の恩師の年賀状がひょっこり本の間から出てきた。H先生。トンボの収集家。ヒヌマイトトンボという新種の発見者。ヒヌマ=涸沼=子供時代にハゼ釣りに父とよく出かけた汽水湖だ。


https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒヌマイトトンボ


ディ-リアスの「春初めてのカッコウの声を聴いて」がラジオから流れ出したときは思わず手をとめてしばし音を追いかけた。


夕食:カンパチのスペアリブ、ビール、そら豆、ポテトサラダ、巻きずし一個と石窯パンのオリーブオイルトースト2個。ビールは近くのスーパーで買ったドイツ産の苦みとホップの香りがする瓶ビール。チェコのピルゼンビールまでは行かないがグッド。エール系が最近の好みだが、シンプルなホップ味のビールの苦みも格別だ。



Kanpachi

2019年3月15日 (金)

無為の一日

3月13日(水) 晴

朝食:アジの塩焼き、春菊のお浸し、ご飯少々。鯵の干物よりやっぱり活きのいい塩を振っただけの鯵のグリルは美味い。薄塩ににして焼き、最後にレモンをかけるのがベスト。

昼食:一昨日作ったフランドル風牛肉のビール煮込みの残りでジャケット・ポテトのおかずにして食べる。それにバナナ。

夕食:牛肉のビール煮込み、鯵の塩焼き半分(父が朝残したもの)、赤ワイン、ポテトサラダ、ご飯少々。


ジョセフ・ニーダムという英国の化学者で中国にほれ込んだケンブリッジ大学の奇人がいた。彼が英訳した中国の詩(厳密には詞)を思い出そうとしたしてもなかなかそれが出来ない。宋の時代の詩人だ。岩波文庫の中国名詩選の宋の時代を見ても出ていない。雨に託した虚無感が濃厚な詩で、印象的だったあれ・・・・。


夜、映画「遠すぎた橋」を見る。ドイツ敗色濃厚な1944年秋、オランダのアルンヘム、ナイメーヘン、アイントホーヘンで連合国軍とドイツ軍が対峙する戦い。ヨーロッパの戦争の恐ろしさは、陸続きなので戦いが最終的には市街戦になってしまうことだ。中国大陸も同じだろうが。オランダの街並みがなつかしさもあって一生懸命見ているうちに、半ば手前でどういうわけか強烈な眠気に襲われ寝入ってしまった。


終日、ぼんやりとやり過ごす一日だった。

2019年3月14日 (木)

袁枚、映画「夢の香り(Scent of a woman)、真鯛の刺身

3月12日(火) 晴

6時前に目が覚めて「中国名詩選」をパラパラと読む。清朝の袁枚(エンバイ)の漢詩が目に留まる。この人は、隨園食単(料理)の著書でも有名。


<題>
意有所得雑書   意に得る所有り
数絶句         数絶句を雑書す


<本文>
莫説光陰去不還   説(い)う莫(なか)れ 光陰(こういん)は去って還(かえ)らずと、
少年情景在詩篇   少年の情景(じょうけい)  詩篇(しへん)に在り。
燈痕酒影春宵夢   灯痕(とうこん) 酒影(しゅえい)  春宵(しゅんしょう)の夢、
一度謳吟一宛然   一度(ひとたび) 謳吟(おうぎん)すれば  一(いつ)に宛然(えんぜん) たり 


何となく大体の意味は分かるけれど、本文の意味を正確に知るために注釈をインターネットで調べると、

詩題の「意(こころ)に得る所(ところ)有り」は、ふと思いついたことを書きつけたという意味。
「灯痕」は灯火のあとのことで、勉学の日々。
「酒影」は酒宴のさま。
「春宵の夢」は、少年の大志、将来の大きな夢のこと。
「一度謳吟一宛然」は、詩を吟じればそっくりそのまま眼のまえに浮かんでくる。

必ずしも詩である必要はないだろう。昔読んだ本をひさしぶりにひらいたら学生時代にパリで乗った地下鉄の切符が栞代わりにページに挟んであるのを発見する。 あるいは、社会人10年目ごろだろうか、飲みにでかけてカラオケにいった(私のおごり)ことへの女性(複数)からのお礼のメモが出てきたり。それが一瞬にして、たぶん、都合の悪いことは忘れているのだろうけれど、当時の特定の場面や瞬間がありありと蘇ることがある。いずれも最近、本を整理しながら体験したことだ。



6時31分、ウグイスが囀る。


朝食:真鯛の兜煮(母が残したもの)、ポテトサラダ、沢庵、焼きのり2枚、ご飯。
昼食:ジャケットポテトとゆで卵にコーヒー


BS3で「夢の香り」(原題:Scent of a woman)を観る。1992年の製作。アル・パチーノが目の見えない退役軍人の主役を演じている。1990年代になるとほとんど封切り(ロードショー)の映画を見なくなっていたこともあり、この映画の題名は何となく知っては脳裏をかすめたことはあったが未見だった。原題の意味するエロチシズムのニュアンスに惹かれたのだろうか、少々迷いつつ、何の気もなしに見始めたらこれが面白い。大正解の良くできた私好みのベリー・グッドな映画だった。

この映画は、アル・パチーノ演じるスレート中佐の台詞のために作ったような映画のような気がする。それで、映画が必要以上に長くなってしまったのではないか。彼の台詞にはfuck,fuckingが頻出する。主人公は、根が正直で繊細、そして頑固一徹。軍人になったけれど、性格が災いして?途中で出世コースから外れ、酔っ払って手榴弾のジャグリングをしている最中に誤って爆発、失明し、人生は暗転する。自分の人生をはかなみ偏屈で辛辣になってしまった独身の初老の男だ。

もう一人の主人公は、裕福ではないが成績優秀で奨学金をもらって西海岸のオレゴン州からボストンにある名門プレップ・スクールに通う青年で、クリスマスに帰郷する旅行費を稼ぐためにアルバイトでスレート中佐の面倒を見ることになったシムズ(Simms)君(清水君ではない)。シムズ君はまじめな学生なのだが、学園の悪ガキ3人が学園長に悪戯を仕掛ける現場をその仲間の一人ジョージと一緒に目撃してしまう。皆の前で恥をかかされ激怒した学園長は、現場に居合わせた教員の情報からジョージとシムズの二人を呼び出し犯人を特定しようとするが、仲間意識で連帯感が強いのがプレップ・スクールの伝統で二人は口を割らない。学園長は一計を案じ、シムズ君には本当のことを言えば、成績優秀な君はハーバード大学に進学できるよう推薦状を書いてあげる、と持ち掛ける。感謝祭明けの翌週に公開の聴聞会を開くのでとくと考えるように、とプレッシャーを掛ける。



ハーバードには行きたいけれど、悪ふざけを働いた仲間を売ることには抵抗を感じる真面目なシムズ君はジレンマに悩む。そんな中、感謝祭で出かける家族と一緒に行動するのがいやで一人となったアル・パチーノの面倒を見るために週末のアルバイトに出かけたのがシムズ君。報酬は学生にとって破格の300ドルだ。
しかし、このスレート中佐は、静かに自宅で感謝祭を寂しく過ごすのではなく、実は、ニューヨークに出かけ、最高級ホテル(アストリア・ウォルドーフ)にとまり、最高級の食事をし(プラザホテルのオークルーム・レストラン)、最高の女と寝て(高級コールガール)、最後はピストル自殺する(blow my brains out)ことを目論んでいた。スレート中佐は、最初から初心なシムズ君を圧倒する。映画の三分の二は二人の会話で構成されている。初老の域に達すれば人間は丸くなるものだが、頑固一徹のスレー大佐から発せられる一言一言は容赦ない断言調の人生訓であり、軍隊で初年兵を訓練するような上官の口吻である。


目が見えない分、スレート大佐は匂いに敏感である。ファーストクラスのニューヨーク行きの飛行機の中で、ウィスキーのダブルをサーブするスチュワーデスに大佐は「ダフネ、ありがとう」と気持ちよさそうに声を掛ける。どうして名前を知っているのか、と怪訝に思って質問するシムズ君に、大佐曰く:

Well, she's wearin' Floris.That's an English cologne. But her voice is California chickie. Now, California chickie bucking for English lady...I call her Daphne. 
(彼女は英国ので有名なフロリスというコロンをつけている。彼女のアクセントはカリフォルニアのカワイ子ちゃん訛りだ。英国レイディにあこがれるカリフォルニアのカワイ子ちゃんを俺は、ダフネと呼ぶんだ)。
このセリフが頑固でいやなオヤジと思われた大佐が軽い冗談口調でシムズ君に少しずつ心を開いていく始まりである。



大佐は、一人で恋人の到来を待っている隣の席の美女ドナが放つ香りがOgleby Sisters Soap(アメリカの自然原料によるハンドメイドソープ)だと感知すると、一緒にタンゴ踊らないか誘いをかける。 タンゴをうまく踊る自信がないと逡巡するドナ。それに応える大佐の言葉がまた粋ですばらしい。

"No mistakes in the tango. No. Not like life. Simple. That's what makes the tango so great. If you make a mistake and get all tangled up, you just tango on."
(タンゴでは間違うということはないって。ない、ない、人生と違うって。単純そのものだよ。これがタンゴのすばらしいところだ。もし間違ってしちゃかめっちゃかになっても、ただタンゴを続けるんだよ。)


感謝祭の食事に招かれざる客として押しかけた兄の家では、義理の甥っ子の妻の香水はMitukoで、この香水は欲求不満の女がつけるものだと毒づきその場の雰囲気は最低になる。


大好きなウィスキーを、ジョン・ダニエルと呼ぶ大佐。ホテルの部屋のバーのウィスキーをすべてジョン・ダニエルにするようにとシムズ君に申し付けると、シムズ君が Don't you mean Jack Daniels?(ジャックダニエルの事?)と聞く。中佐は、He may be Jack to you son, but when you've known him as long as I have...that's a joke.(ジョンは息子のような君にはジャックだろうけど、俺は彼との付き合いは長いから、ジョンなんだよ・・・というのは冗談だけどね)。


こんな具合で、プエルトリコ人のベルボーイ、スーツを仕立てるために採寸に来たイタリア系のソフィア、ボディが超長いリムジンのマニー(高級コールガールを紹介する人。ドイツの外交官がアメリカに移住したいともらすほどいい女を紹介する)と交わす会話も滅茶苦茶面白い。

書いていたらきりがないくらいだ。女と楽しんだ後、中佐はいよいよ制服を着て自殺をする場面となっていくが、ここで必死に自殺を止めようとする真面目なシムズ君が、つぶやく言葉(あなたはすばらしい旅の友、誰よりタンゴはうまいし、フェラーリの運転も最高だったとほめる)で、自暴自棄だった中佐は何とか自殺を思いとどまる。


ニューヨークからマニーが運転するリムジンで帰宅すると、シムズ君ともう一人(ジョージ)の公開聴聞会が待っていた。説明を省くが、多額の寄付者の父親の入れ知恵で犯行をしたと思われる3人の名前を出したジョージに対し、シムズ君は知らないで押し通す。学長は聴聞委員会に対し、ジョージについては証言したことを評価しこれ以上の追及はなし、3人については証拠不十分で引き続き継続調査だが、シムズ君については、何と、真実を話さないことを理由に放校処分を聴聞委員会に提案する。


そして、ここで、聴聞会の途中から、シムズ君の保護者として会場に現れ、シムズ君の隣に座った中佐が爆発する。ふざけんなぁ!!!起立して、シムズ君の弁護を滔々と述べ始める。圧巻である。彼が正しいとか間違っているとかが問題ではない。彼は買収の提案を拒否して仲間を売ることを肯んじえない誠実な人である。このIntegrityこそが将来立派なリーダーとなる最も大切な資質であり、学長の提案はこれを抹殺する言語同断のとんでもないことで、この名門学の教育理念に真向から反する戯言ではなか。悪戯をなした3人はクソッタレだ、反省しろ。この誠実な青年の将来を奪う愚かなことがないように諸賢の判断を仰ぎたい、と。そして、着席する大佐。少し間をおいて割れるような会場からの拍手が巻き起こる。これで決まった。聴聞委員会は、シムズ君の無罪放免を決定した。


最後の場面で、聴聞委員会のメンバーの一人、独身の女性がキャンパスを歩く二人を追いかけて祝福を述べる。スレートは即座に彼女の香水がFleurs de Rocailleであることを言い当てる。フランスの香水だ。当りだった。スレートは「女」が大好きなのだ。二人の関係が始まるかも知れない予感。自分の家に戻るスレートの姿はおだやかで孫にも優しく声をかけるのだった。

映画が終わって少し疲れを感じるほど集中した。あっという間の2時間40分。私にとっては久しぶりに観るグッド・ムービーだった。火照る頭を冷やすために30分ほど千波神社周辺を歩く。肌寒いものの辺りの空気は梅の香りで一杯だった。

夕食:真鯛の刺身を肴にデンマーク産の黒ビールを飲む。真鯛の刺身は脂が乗って甘味がありこんなに美味いとは思わなかった。人生60数年で、真鯛をほとんど食べなかった自分を恥じるとまでは言わないけれど、遅すぎた舌の開眼である。若かりし頃、鳴門市でご馳走になって以来、というと大げさだが、我が家の食卓で真鯛の刺身を食べた記憶はない。しばらくは病みつきになりそうだ。刺身はマグロかタコだとばかり思っていたのだが。



Taisashi1


本日2本立てのもう一本の映画は森繁喜劇「駅前怪談」。ロケーションは山梨県の勝沼。1964年の制作。ヒッチコックの「鳥」が公開された直後なのだろう、お化けが出る恐怖シーンの効果音は「鳥」のそれだった。社長シリーズでいつも森繁の妻役を演じる久慈あさみが芸者役で登場していた。池内淳子はやはり芸者役で染太郎という名。このシリーズ、大空真由美が登場する前は、島かおりが次郎ことフランキー・堺の恋人役をやっていたということがやっとわかった。確か、「駅前弁当」がそうだった。三ツ矢サイダーを飲むシーンが何度か出てくる。なつかしいなぁ、サイダーなんてもう何十年も飲んでいないが、確かにあのころは夏になると、三ツ矢サイダーとかカルピスをよく飲んだものだ。

2019年3月13日 (水)

「マッケンナの黄金」、フランドル風牛肉のビール煮込み。

3月11日(月)雨、風強し、午後曇り、夕刻は晴れ間が差す



目が覚めると6時半少し前。外は雨。風も強い。ちょっとした春の嵐。ウグイスは沈黙。

朝食:笹かまぼこ、真鯛の煮つけ少々、沢庵2切れ、潮汁(実に美味い)、ご飯少々。



10時をすぎると風が収まって来たので市役所へ。4月1日からの国民健康保険加入手続き申請をする。


ラジオで六角精児のラジルの男がつぶやきを車中で聞く。平成が間もなく去るにあたっての感慨。親父ギャグを馬鹿にしていた若き日の自分がいつのまにか親父ギャクを飛ばすようになった今日この頃。携帯電話が出始めたのはそのまだ若かりし平成の始めのころ。携帯電話を始めて手にしたときの感動といったらなかった。携帯は日進月歩の進化を重ねて今やスマホ時代。でもオヤジが使うスマホの使い方に進化はない。「仕事終わった。これから帰る」「お酒飲む。遅くなる」と相変わらずコンテンツのレベルは携帯初期段階のままだ、から始まる語り手のボヤキは、何とも秀逸な「5分間の一幕物のモノローグ」だ(オヤジギャクのつもりはない)。


帰りに寄り道。真鯛の刺身が食べたくなったので購入。活きのいいアジが出ていたのでついでに3尾買う。塩焼き用。干物ばかりでは飽きてしまう。


昼食:寄り道して購入した野菜のジュノベーゼ・スパゲッティとハッシュドポテト。コンビニで買うパスタを馬鹿にするなかれだ。下手なレストランで出すパスタより美味いのではないかと思える今日のジュノベーゼだ。


食後、いそいで、切れてしまったポテトサラダを急いで作る。13時からBS3で「マッケンナの黄金」が放映される。朝のテレビ番組を確認して、オッ、これは見逃せない、と。



この映画は、西部劇だがインディー・ジョーンズの冒険的要素も加味された大活劇である。1968年製作。たぶん、高校生時代に地元のスカラ座(隣はストリップ劇場だったが、今はどちらも存在しない)で観たと思う。グレゴリー・ペック、オマー・シャリフ、テリー・サバラスなどが出演。冒頭でハゲワシが悠々とアリゾナだかの西部の広大な峡谷の空を舞うシーン。バックに流れるの音楽はホセ・フェリシアーノのOld Turkey Buzzardでこれまた忘れがたいメロディーだ。


物語テーマは「金」と「人間の欲」である。インデアンが守り続けた峡谷の奥深くに眠る「黄金の谷」探しに群がる欲に目が眩んだ人たちが繰り広げるドラマ。かつて空しく黄金探しをしたことがあるグレゴリー・ペックが演じる主役マッケンナは保安官役で登場。年老いた「黄金の谷」を守るアッパチ・インディアンのシャーマンことプレーリーから、冒頭で待ち伏せの狙撃をされるが、何とか逃れて反撃した際にマッケンナは彼を殺してしてしまう。死ぬ間際にインディアンから見せられた地図はその「秘密の黄金の谷」を示すものだったが焚火で焼いてしまう。このインディアンを追っていたメキシコ人のコロラドことオマー・シャリフ一味は、インディアンを葬っている最中のマッケンナを捕まえ、地図替わりのガイドとして拘束して物語は始まる。


一攫千金を求めて、オマー・シャリフを首領とする悪党一味や、町のギャンブラーはもちろん、店主や医者、ジャーナリスト、牧師、旅の通りがかりの冒険家(イギリス人風)が加わり、はたまた、コロラド一味を追う騎兵隊の万年軍曹で出世に見切りをつけたテリー・サバラスも途中から黄金探しの仲間になる。目もくらむような谷にかかるあぶなげな吊り橋を渡るシーン、アパッチ族の襲撃シーン、それを逃れるための川下りと激流に飲み込まれる寸前に間一髪で逃れるシーン、と活劇場面は展開する。


最後に目的地辿り着いた一行は、マッケンナ、コロラド、人質の判事の娘インガ(演じる女優もスウェーデン人)、へシュケ(マッケンナのかつての恋人のインディアン)、アッパチ族インディアンのハチタと騎兵隊軍曹のティッブスの6人。早朝の夜明けとともに始まる峡谷探しのクライマックスの前夜、コロラドは黄金を得たら何をするのかと聞くマッケンナにボロボロになりかけた紙を見せる。La vie parisienne。華やかな憧れのパリの生活を夢見ていた。ハチタはしきりに満月を見つめ物思いに耽る。へシュケは嫉妬のあまりインガをナイフで殺そうとするがすんでのところでマッケンナに救われる。


当日の夜明け、陽が昇り始め、屹立する峡谷の岩山群のある地点から一瞬まばゆいばかりの煌きが反射しあたりを包む(黄金の鉱脈か)。陽が昇るにつれて岩山の頂点が作る影がどんどん延び始めて一行は馬を馳せてそれを追う。影が指し示す岩山の割れ目から中に入ってしばらく進むと前面の谷底への眺望が開ける。燦燦と輝く黄金の鉱床がまさに目の前にあった。はやる心で皆が馬を疾駆させて谷底の鉱床へ向かう。嫉妬に燃える女へシュケは、昨夜のしくじりをものともせず、猛スピードで移動する坂道の途中でマッケンナの新しい恋人インガに攻撃をしかけるが落馬して谷底に落ちて死んでしまう。


一行はしばし黄金の鉱床で忘我状態で金採掘に耽る。そして、我に返ると、互いの殺戮劇が始まった。まずは、嬉々として黄金を袋に収めるテリー・サバラス演じる騎兵隊軍曹ティッブが、インディアンのハチタのマサカリで殺される。マサカリを取ろうと背中を向けるハチタに銃を向けたのはコロラド。しかし、銃の弾は抜かれていた。ハチタ曰く:黄金はアパッチインディアンのものだ。他の誰にも手を出させない。昨夜、アパッチの精霊が私にそう語りかけた、と。しかし、マサカリを取ろうとした一瞬の隙にコロラドが内ポケットに隠していたナイフで殺されてしまう。マッケンナとインガは殺し合いに巻き込まれるのを避けようと岸壁を上り逃る。気付いたコロラドが追いかける。



とうとう追いつかれ一騎打ちの戦いが始まる。死闘を繰り広げていると、一行を追ってきたアパッチ軍団が姿を現し3人に向かって遠くから銃撃を始め、争いは中断。アパッチ族軍団は馬を疾駆して谷底に降りるのだが、馬の疾駆が引き起こした大震動が脆弱な峡谷の地殻に異変を引き興す。岩山の頂上の大きな岩がバランスを失い谷に落ちると、大きな地鳴りが始まり、峡谷が崩れ始める。アパッチ族たちは恐れをなしてその場を引き上げていく。3人も壁を降りて馬に飛び乗り、地割れする地面を飛び越え、上から降り落ちる岩を間一髪で逃れながら、崩れ去る峡谷をからくも逃れ出る。黄金の鉱床はかくて崩れた岩の底にうずもれてしまった。


全てが無に帰してしまった最後の場面。コロラドはマッケンナに「俺にかまうな」と去っていく。マッケンナは、「俺につかまらないようにどこかに身を隠したほうが身のためだ。追いかけて捕まえてやるぞ」と返す。荒野に去っていくコロラド。残された二人。マッケンナの乗る馬は騎兵隊軍曹の馬でたんまりと金が詰まった袋を両脇に下げていた。


この映画、アメリカでの興行はいま一つだったらしいが、何と、ソ連とインドでは大ヒットして稼いだという。映画の出来そのものは、スピールバーグのインディ・ジョーンズのシリーズと比べると見劣りはするようだが、冒険活劇の要素はすべて備えているし、最後の15分のクライマックスはインディー・ジョーンズを先取りする特撮技術も駆使した見事なシーンだと思う。堪能した2時間10分だった。


オマー・シャリフはメキシコ人役だが、もともとはエジプト生まれのエジプト人。ウィキペディアによると両親はシリア系のレバノン人。そして、カトリック教徒。結婚を理由にイスラム教徒に改宗。「オリエンタリズム」で知られるエドワード・サイードはアレクサンドリアで通ったヴィクトリア・カレッジのクラスメートだった。サイードは、キリスト教(プロテスタント)のパレスチナ人としてエルサレムで生まれ、エジプトのカイロで育った。


夕食:牛肉のビール煮込み、ポテトサラダ、ご飯。


牛肉のビール煮込みはベルギーのフランドル地方の伝統的な料理。ベルギービールのカフェレストラン(新宿)で昔食べたことを思いだして、帝国ホテルのもと料理長の村上信夫さんの本のレシピを参考にして作ってみた。たっぷりの玉ねぎを厚めにスライスしてバターできつね色になるまで炒め、そこに表面にさっと焼き目をつけた牛のすね肉(豪州産、400㌘弱で360円、安い!)を入れ、小麦粉を大匙2ほど混ぜて、ビール(小瓶一本分)とトマトピュレを少々を加え、沸騰したら弱火で1時間、肉が柔らかくなるまで煮込む。煮えたら、肉を取り出し、残り汁に砂糖を加えてビールの苦みを消し、最後に塩コショウで味付けしてソースの出来上がり。

 
それなりにできるはずであったが、トマトを入れすぎてしまった。トマトピュレー2分の1カップのところを2カップ加えてしまったのだ。煮込んでいる途中で味見をしていて気が付いた。やむなく、ビールと水を少し追加して、何とか調整はしたがその分、ソースが余り過ぎてしまった。煮詰める時間もなく、スープにして肉と一緒に食べて見ることに。、ビーフシチューとは趣きがちがう、サッパリしたなかに、ビールの香りが感じられてなかなかグッドであった。これは寒い冬の煮込み料理。ワインではなくビールで煮込んだ風味が何とも言えない。今回は失敗作なので写真アップは次回にしよう。デミグラスソース仕立てのビーフシチューの濃厚な味わいよりもさっぱり感があってこの歳になるとより口に合う感じがする。


2019年3月12日 (火)

梅、沈丁花、春キャベツ、そして、真鯛再び。

3月10日(日)晴、後曇り


庭の梅が満開。


Umemankai10


沈丁花の花も独特の香りを漂わせながら地味に開花した。



Jinnchoge



朝食:納豆、ベーコンエッグ、ご飯、笹かまぼこ、ミネストローネ。一皿盛りの見てくれは、まるでインドネシアやマレーシアで食べたナシ・ゴーレンの日本版。平なお皿に米があり、その上に肉・魚・卵・野菜類を適宜乗せたぶっかけご飯である。



Choshoku



東向きの空き地の茂みでウグイスが盛んに囀る。午前中のみならず午後も。


なかなか手につかなかった2階の本の整理を始める。昼前買い物に。K百貨店で真鯛の兜とアラを380円で再び購入する。その後、別のスーパーで野菜類を買う。春キャベツがみずみずしく見えて購入する。帰宅して早速、春キャベツたっぷりの焼きそばを作って家族にお振舞う。



Yakisoba


本の整理をしながらブックサーフィンをする。整理しながらある本が目に付くと、それを手にしてパラパラと読み始めてしまう。従ってなかなか進まない。


夕食:春キャベツとベーコンの炒め物と鯛の煮つけ少々でビールを飲む。仕上げは真鯛の潮汁とタコの刺身。釜の煮つけはそれぞれに両親に。父は骨だけを残してすべて食べる。さすがは魚好きである。



Kyabetu_ushio


<両親には兜煮をそれぞれ献上>


Taikabutoni

「英語帝国主義」の続き。

3月9日 (土) 晴



5時半過ぎの目覚め。
朝食:納豆、ミネストローネ、ご飯、ホウボウの塩焼き。
父は終日デイケアー。
昼食:野菜カレー
私学振興・共済事業団から書類が届く。4月から国民健康保険に切り替えるための証明書だ。
夕食:タコ刺し、春菊のお浸し、日本酒の熱燗、野菜カレー少々(お昼の残り物


英語帝国主義に抗する理念」の続き:
ジェームズ・ジョイスの小説がEnglishnessに対するアイルランド800年の屈辱の歴史からの反撃を意図したものだとはまったく知らなかった。翻訳不可能と思われた「フィネガンズ・ウェイク」を独特の日本語で訳した柳瀬尚紀氏はとてつもない人だと思う。全訳完成前に物故されてしまったのはかえすがえすも残念。

英語帝国とそれ以外の言語圏の非対称性の関係のひとつの例として、2002年の米国すべての大学においてアラビア語で単位を取った学生は6人に過ぎなかった、という国際派ジャーナリスト船橋洋一氏の記事から引用がなされている。



私が知っているのは、中国から米国への留学生はざっと25万。米国から中国への留学生は10分1以下。インドも似たようなものだと思う。

著者の論の展開で一番の支えとなっているのはエドワード・サイードの「オリエンタリズ」。サイードがアウエルバッハから引用したという「故郷を甘美に思うものはまだ嘴が黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられる者は、すでにかなりの力をたくわえた者である。だが、全世界を異郷と思うものこそ、完璧な人間である」を著者は何度も引用する。

正直に言えば、圧倒的な英語(アングロサクソン的制度・生き方)の優位性があるかぎりこの現状は変わらないと思う。この優位性がいつまでも続くとは思わないけれど。西欧の優位性はこの400年のできごとである(特に直近の200年はアングロサクソンの)、これからかなりの長い間この優位性は続くように見える。これを覆すには、彼らの制度を凌駕する優位性を自ら持って相手を否定するしか方法はない。例えば、7世紀の唐の王朝のように(当時はアメリカ合衆国は存在せず、イギリスは草深い田舎だった)。


ガンジーさんは、インド人を奴隷化したのは、自分たち英語を話すインド人である、と喝破した。インド国家の呪詛はイギリス人にではなく自分たちに責任があると。


ちなみに、アメリカ合衆国に住む有色人種で一番成功しているのはインド人だそうだ。社会的地の上昇率パフォーマンスが一番高いという(弁護士や医師などの専門職、学者、ビジネス等)。英語力とゼロを生み出した数学のロジックを駆使した頭脳力は半端ではなく、白人にまくしたてられると、あの中国人や韓国人も押し黙らざるを得ない中、インド人はものともせず言い負かすそうである。


アングロサクソンの優位性を覆す力を秘めているのは中国とインドではないかとは思う。ただし、中国語は英語に負けている。そもそも漢字というのが問題だ。漢字は、英語のアルファベットのような汎用性が低すぎるため非中国語圏への普及はかなり難しい。インドの頭脳はすばらしいが、中国のような政治統治や組織化が弱い。アングロサクソンは中国とインドの特性を併せ持っているが故に「優位性」を保持し続けているようだ。

2019年3月11日 (月)

お天気は回復したけれどウグイスもなかない寒い一日。

3月8日(金) 晴



5時半に一度目が覚めるも6時半までまた寝てしまった。昨夜は深夜前まで読書に没頭。ぐずついた天気が続いたが今日はスパッと晴れた。しかし、気温は低い。ウグイスも鳴かない。


朝食:イワシの丸干し、ミネストローネ、ご飯少々。


「英語帝国主義に抗する理念」を読み続ける。


Eigoteikoku


アメリカ主導のグローバリゼーションとは、言ってみれば、19世紀の英国の植民地主義にもとづく大英帝国のそれを継承した20世紀のアメリカ型帝国主義版である。アングロ・サクソン人的な政治制度(彼らの民主主義)・経済制度(近代資本主義)のみならず、彼らのthe way of life (英語という言語が分節する世界認識にもとづく文化・言説・表象・エートス・イデオロギー等)を普遍的なもの、当然なものとして、疑うことを知らず、世界中に普及させる(マニフェスト・デスティニー)態度・行動のこと。アメリア版帝国主義は、イギリスのような植民地主義を否定した新しい型の”厳然たる”帝国主義である。古典的なレーニンやホブソンの帝国主義論の範疇に収まらない。


イギリスについて:


ブレアさんはブッシュさんのイラク戦争を積極的に支持して軍を派遣したが、冷戦後の世界序のなかで再び覇権を握ろうとする”大英帝国”への壮大な野望だった。現在のイギリスは、かつての広範な植民地の喪失後、その代替物を世界に求めようとしている。イギリスの名称は「連合王国」(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)だが、諸法律で語られる国家形態は「帝国」なのある。国家の形態が「国民国家(Nation State)」や共和国(Republic)」ではなく「帝国 (Empire)」であるということは、その国が内部に階層構造を持つということ。第一階層がイングランド、第二階層がスコットランドとアイルランド(ウェールズも?)、そして、最下の第三階層の植民地属領から成っている。


要するに、イギリスは、植民地喪失後も、本質的に「帝国」であり、「植民地主義的」であり続けているということ。


この本とは関係ないけれど、出口治明さんが自著の中でイギリスのオックスフォード大のあるカレッジの学長と話した際に、基本的に何を教えているかというと、インドを喪失して帝国の柱を失い没落を運命づけられた「連合王国」の厳しい現実をリアル認識させること、だと聞いて驚き、感動したとあった。オックスフォードで最優秀層は外交官を目指すらしい。そして、人気の高い職業は次世代を育てる教育に関わる教師。


昼食:ジャケットポテト(ゴーダチーズとゆで卵半個添え)。


夕食:ホウボウの酒蒸し、タコの刺身で日本酒の熱燗飲む。仕上げは、野菜カレー。



Takosashi



夜の読書:


色摩力夫氏の「フランコ-スペイン現代史の迷路」をパラパラと読む。スペイン内戦は第二次世界大戦への前哨戦と見做されることが多いのだが、どうも違うらしい。そして、第二次世界大戦に際してスペインは何故中立を保ったのか。あるいは、保てたのか。

2019年3月 9日 (土)

詩心の続き。

3月7日(木)朝のうち雨、後曇り



目が覚めるともう薄明るくなっていた。6時20分前。今日も三寒四温の寒。外は雨。しとしと、と。そして、ぐずぐず、と。

こういう時決まって思い出すのは杜甫の漢詩だ。欧米言語にどっぷりの自分には苦手だが、岩波文庫の杜甫詩集を引っ張り出して読んでみる。有名な「春夜喜雨」だ。


好 雨 知 時 節 (好雨 時節を知り)
当 春 乃 発 生 (春に当たりて乃ち発生す)
随 風 潜 入 夜 (風に随ひて潜かに夜に入り)
潤 物 細 無 声 (物を潤して細やかに声無し)
野 径 雲 倶 黒 (野径 雲 ともにに黒く)
江 船 火 獨 明 (江船火 独り明らかなり)
暁 看 紅 湿 處 (暁に紅の湿ふ処を看れば)
花 重 錦 官 城 (花は錦官城に重からん)



最後の錦官城(きんかんじょう)とは、中国の蜀の都、つまり、内陸部の成都のことらしい。三国志・劉備玄徳と諸葛孔明のあの蜀、現在の四川省である。麻婆豆腐発祥の地。四川省は山に囲まれた盆地でどんよりと曇り雨も多い穀倉地帯でもあるそうだ。日中戦争で、
南京陥落。漢口も占領され、蒋介石の国民党政権は長江の上流の重慶まで引っ込んだ。重慶が落ちれば、次は成都だったろう。四川省だけで自給自足ができる肥沃な地域。中国大陸の壮大な景色と島国の日本のちまちました盆栽みたいな景色は本質的に違うのだけれど、字面をなぞると何となく情感が伝わってくる。



朝食:昨日の魚の残り物(鮭と赤魚の煮つけ)、ご飯、ポテトサラダ。



昼食:小倉デニッシュとコーヒー。



食後、ミネストローネを作って(1時間ほど)から2階へ。気分転換、歴史の本は手にせず、読みかけたまま積読状態だったのヘミングウェイのThe Sun Also Risesを読んだりして時間を過ごす。「日はまた昇る」は、ヘミングウェイの長編ではベストらしいけれど何がすごいのかは正直よく分からない。この作品を発表した1920年代においては、登場人物たちのモラル、つまり、大酒を飲み、性的に放縦で、享楽主義的な生き方は、当時のパリでは普通のことだったらしいが、ピューリタンの伝統が強いアメリカでは非難轟々だったようだ。モダニズムを代表する文学。日本で言えば、石原慎太郎の「太陽の季節」や村上龍の「限りなく透明に近いブルー」がその後継筋にあたるであろう。



この物語りでは、第一次世界大戦後、パリに集まった新興成金のアメリカ人のexpatsが登場してやたら酒を飲む。性的に奔放なイギリスの貴族夫人ブレットを巡って男たちは諍いを繰り返す。ユダヤ人のコーン、新聞社勤務のジェイク(戦争のけがで性的不能者、ヘミングウェイの分身)、ブレットの再婚相手のマイク、ジェイクの友人のビル、パンプローナの闘牛士等。男たちを魅惑し狂わせるブレットは第一次世界大戦前に存在しなかった「新しい女」、解放された女、フェミニズムの走り。ブレットとジェイクは惹かれあう仲ではあるけれど、ブレットは他の男たちを弄び、肉体の快楽を求め続けるが長続きしない。相手を征服したら、おしまい。パンプローナでの宴の後、闘牛士ロメロと駆け落ちしたブレットは結局のところ不能者のジェイクに助けを求めるハメになる。性的関係を伴わない男との関係こそは、希代の悪女(supreme bitch)ブレットが自分の精神の平衡を保つ拠り所らしい。


ヘミングウェイの最初の恋愛は、イタリアの戦線(救護車の運転手)でケガをして入院した病院で知り合った年上の女性。結婚の約束をして一旦帰国してすぐに約束を破棄されショックを受ける。ヘミングウェイは生涯に4度結婚をして3度離婚した。4度目の離婚は別れる前に本人が自殺してしまった。3度の離婚とも、自分が次の女性に乗り換えて女性を捨てる役回りだ。最初の恋愛のトラウマだろうか。「日はまた昇る」の魅力的な悪女ブレットと不能者ジェイクは、ヘミングウェイの両性具有的な分身ではなかろうか。


夕食:ホウボウの塩焼きとポテトサラダで熱燗を飲む。仕上げはタコの刺身とミネストローネ。



もとプロレスラーのザ・デストロイヤーが亡くなった。88歳。力道山との死闘がなつかしい。学生時代に「噂のチャンネル」という日本テレビの番組に出ていたのを覚えている。せんだみつおが、デストロイヤーに足四の字固めをかけられて涙を流していた。マギー・ミネンコというロシア系のタレントはその後どうしたのだろうか。



夜の読書:「英語帝国主義に抗する理念」(大石俊一著)を読む。ジェームズ・ジョイスを専門にする英文学者による「英語」論である。英語教育論ではない。副題が、「思想」としての「英語」論。かなり小難しい議論が続く本で正直読むのが疲れる本ではある。ジョイスの「ユリシーズ」や「フィネガンズ・ウェイク」は20世紀の英文学の金字塔だとか何とか言われているのは知っているし、学生のころからいつかは読破してやろう、とは思っていたけれど、今だに果たせていない。その準備の積もりというわけではないが、何となく表題が気になって神田の古本屋だったか、板橋の大山の古本屋だったか、仲宿商店街の古本屋だったか、原価3800円のところを1300円で随分昔に購入して読みかけてはうっちゃるを繰り返していた。拾い読みであっちをつまみ食い、こっちをつまみ食い。


サイードやベンヤミンやランボーやマラルメやアウエルバッハやデリダやフーコーやいろいろ出てくるし、内容をすんなりと理解することが難しく消化不良が続き、ジョイスに辿り着く前に眠くなってしまった。

2019年3月 8日 (金)

So soon after dinner(笑い)。春の詩心。

3月6月日(水)晴れ、後曇り、夜雨



6時過ぎの目覚め。今日は三寒四温の寒の陽気。ウグイスの囀りは聞こえない。


朝食:鯛のスペアリブ。朝から脂ののった真鯛のスペアリブはちょっと胃に重かった・・・。


8時50分、いつもより早く迎えが来て、父はデイケアーに。


昼食:キャベツ沢山の昔ながらの焼きそば。


ハローワークスへ手当てをもらいに。これで半年180日分の手当ては終了となる。
どうせ待たされるのはわかっているので、行方昭夫氏の「実践英文心読術」(岩波書店)を持参して読む。第2部実践編ノエル・カワードの「私生活」という喜劇のシナリオの読解である。東大の教養課程の1年生授業でも使用したという。受験勉強のものものしい難解な文章ではなく楽しく英語を読むというのが趣旨。再婚したばかりの30代の男女がハネムーン先の英仏海峡の海岸に面した避暑地の豪華ホテルで偶然にも隣同士の部屋に。外のベランダで涼む二人は再会に驚き、恋の炎が消えていないことを知ると、若い相手をそれぞれ置いてきぼりにして、パリに逃避行する。そして、熱々の二人はたちまちお互いの自惚れとわがままからから喧嘩が始まる。場面49では、食後の親密な雰囲気で男が盛り上がり彼女にキスを浴びせ迫ると、拒否されて・・・男はYou know you adore being made love toと文句を言うと、女性はSo soon after dinner



この本が出版された2007年の30年前ということは、1970年代後半。純真な学生が多かったらしい。意味することがよく分からず、You adore being made love toを「愛されることを崇める」と訳すことが多かったというが、最後まで読んで学生たちは「大人の恋」について理解するようになり、著者のキーワード「快読」の力をつけたそうである。
その足で那珂湊漁港に魚の買い出し。前回より大きめのホウボウが出ていた。5尾で900円。即購入。魚好きの両親のため。それに、北海道産の真蛸(1000円)。これは私の私の贅沢。


困った狸とお魚の活きの良さは目を見りゃわかる・・・。



Houbou3


夕食:早速のタコ刺し、ポテトサラダ、真鯛の残りもの、白ワイン、塩鮭とご飯少々。



夜の読書はお休み。ネットサーフィンをしながらぼんやりと初春の宵をうっちゃる。外は夕方から雨がポツリ、ポツリと落ち始めた。春を感じるようになると心が何となくソワソワしてくる。詩心が湧いてくるのだ。とは言っても自分には創作力はないので、詩集や句集に手が伸びる。



与謝蕪村の一句:  「はるさめや暮なんとしてけふも有」

2019年3月 7日 (木)

健康診断、久しぶりの長距離散策、古本屋への寄り道。

3月5日(火) 晴


5時半の目覚め。「不必要だった二つの大戦」を読む。ベルサイユ条約を扱った「復讐の毒」の章。


天気予報は晴の予報。今日は午後に健康診断がある。朝一番のトイレで尿のサンプルを取る。今日は、雨があがって晴れの予報。


朝食:サバの文化干し半分、春菊のお浸し、ポテトサラダ、カブの浅漬け、ご飯、ミネストローネ。


生ごみ出し、洗濯物を干す手伝い。2階で日記を書いたりニュースチェックをしていると、御日様が照りだし、ウグイスの囀りが始まった。

昼食:健康診断のためミネラルウォーターで済ます。


13時半前、自宅を出る。車は使わずに徒歩で千波湖畔を散策しながらK病院に向かう。ポカポカ陽気で気分がいい。湖のそばで野鳥たちに再会。オオハクチョウ、コクチョウ、オナガガモ、オオバン、マガモ、カイツブリ、カンムリカイツブリ、カワウ、などなど。


<オオハクチョウのカップル>



Oohakucho


<道端の黄水仙>


Suisen



千波大橋を渡り、藤田東湖生誕の跡地の記念碑をとおりすぎる。



Fujitatoko2


14時から1時間半ほどかかった。血圧は126~88。面談した医者から腹回りが太い、これではメタボだ、血圧も下が高いので要注意。塩分を控えたほうがいい、と注意される。高脂血症・高コレステロールの薬を飲み始めて10年近いからと。血液採取をして終了。




市内を歩いて、駅方面へ。かなりの中学生らしき学生たちが歩道をあるいている(あとで、地元のローカルニュースで県立高校の入試があったからだった)。中央郵便局を通り過ぎ、久しぶりに古本屋(とらや書店)に寄る。それほど沢山の本があるわけではないが、小ぎれいで地元の歴史に関する本が沢山ある。目に留まった本2冊(辻邦生の「モンマルトル日記」200円と大佛次郎の「敗戦日記」300円、いずれも単行本)を購入する。駅を通り抜け、ハムチーズ入りのおいしそうなパンを頬張り、途中、あったかい缶コーヒーを飲む。帰宅したのは、16時過ぎだった。



およそ3キロは歩いたであろう。左足に痛みはなかったのも良かった。90%完調だとは思うが残り10%の違和感はいつになった消えるのか、それとも、もはや、2度と骨折前の状態にはならないのだろうか。


夕食:昨夜に続き、残りの真鯛を使って鯛のスペアリブを焼く。さらに、鯛の兜は、酒蒸し(昆布、シイタケと木綿豆腐を使う)。ビールを飲みながら堪能する。たった380円で二晩続けての夕食。それでも食べきれず、残りは明日の朝食にしよう。真鯛の旬は今なのだろうか。脂の乗りがおいしさを増している。




<2回目は見た目にもまずまず美しく完成>

Sakamushi


夜、森繁喜劇「駅前開運」を観る。1968年製作。駅は赤羽駅。東京で勤務していた際は、乗り過ごして赤羽に行ってしまったり、たまに、イトーヨーカドーに出かけたり、地下街のおいしい寿司屋にいったりしたそれなりに馴染みのある駅。開かずの踏切時代があったのはこの映画で知った。東口商店街と西口商店街の競合関係というのも。



今回は、三木のり平の出演なし。代わりに、藤村有弘が出演。妻役に黒柳徹子。若き日のてんぷくトリオが警官役で出ている。伊東四朗が若いこと。三波伸介はすでに恰幅がよかったがやはりあの時君は若かった。淡島千景が出ていなかったのも何となく寂しい限り。シリーズも終焉に近づいたころの映画。「白浪のお珠」として登場する化け狐の佐藤友美。恋の顛末だが、藤田まことが今回はなんと染子こと池内淳子をさらっていってしまう。街の風景が何となく自分の学生時代のあのころの感じに似てきた。


2019年3月 6日 (水)

ミネストローネ・リゾット、真鯛のスペアリブ。

3月4日(月) 雨


朝から雨が降る陰鬱は月曜日。仕事をしていないから、一週間の始まりのブルー・マンデー的な憂鬱ではないけれど・・・。


昨日聞いたウグイスの初鳴きだが今日は聞けず。この寒さで雨ではウグイス君(嬢?)も囀る気分にはなれないだろう。


朝食:サバの文化干し、納豆、ポテトサラダ、ご飯、ミネストローネ。


父が9時に迎えが来てデイケアーへ出かけたあと、近くのクリニックへ父と自分の薬を処方してもらいに行く。約1時間。 自宅に戻って、今度は確定申告に出かける。ところが、現場に到着していろいろ確認しているうちに、必要な書類を一つ忘れていたこと に気付く。午後、出直すことになってしまった。挫けそうな気分。K百貨店で真鯛の兜とアラ(380円!)と巻き寿司などを購入して帰宅 する。


昼食:ミネストローネのスープを使ってリゾットを作る。バターと溶けるチーズとご飯を加えて塩・胡椒。最後にパセリの微塵切りを ふりかけて完了。 なかなかよろしい味。

Risotto

再び外出。銀行の貸金庫を7年ぶりに開く。その跡、確定申告へ。1時間半ちかくかかる。住宅ローンの所得税払い戻し申請をする。 地元の三菱UFJ銀行はいつの間にか引っ越していた。と、言ってもメインストリートを挟んだ反対側だ。しかし、一階の店舗ではなく三階。 すべての用事を済ませて帰宅しすると時間はもう16時前だった。


夕食:真鯛の兜とアラの塩焼き。大ぶりの真鯛、しかも、産地を確認すると愛媛県産。美味いに違いない。父の帰宅に合わせて直火で 焼く。焼きあがったら豪快に日本酒と醤油をかけて、今日はビールの肴にする。油が乗っていて実に美味い。兜もすべて解体して骨とい う骨についている白身や皮やゼラチン質のものやらすべて食べつくす。残ったのは骨だけ。お椀に入れて湯を指してスープにして飲む。 真鯛版のスペアリブを食べた気分であった。


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ブキャナンの「不必要だった二つの大戦」を読み続ける。

2019年3月 5日 (火)

ウグイスの初鳴きを聞く! ブキャナンの本を熟読。

3月3日(日) 曇り



心待ちにしていたウグイスの初鳴きを聞く。6時過ぎに目が覚めてパット・ブキャナンの「不必要だった二つの大戦 チャーチルとヒトラー」を読んでいると、ウグイスの囀りが聞こえたような気がした。心が高鳴った。空耳か・・・本を置いて全身を耳にした。数秒おいて、「ホーホケッ」が聞こえた。まだおずおずとではあったけれど、うれしい囀りだ。駄句をひとつ:


「 初鳴きは ちょっと控えめ ホーホケッ 」


「ケッ」が中途半端のしり上がりで切れて、締めの「キョ」が聞こえなかった。



<ウグイス~インターネットの写真から>
Uguisu


朝食:ベーコンエッグと納豆にご飯とミネストローネ。


昼食:小倉デニッシュとアップルデニッシュを半分ずつ、それにコーヒー。このコーヒーは近所のT本さんから香典返しにいただいたドイツ製のコーヒー。


ポテトサラダを作る。ジャガイモが大好きな父は毎日朝と夜に食べるので欠かせない。


夕食:アサリの酒蒸しとポテトサラダでビールを久しぶりに飲む。メインは、トンカツ、ポテトサラダと刻みキャベツ。定食屋のトンカツ定食みたいなもの。トンカツは7つに切り分けて、2切れと1切れをそれぞれ父と母に。ただし、衣は取った。豚肉はやわらかかった。


夜、「不必要だった二つの大戦」を書き込みをしながらの熟読。この本は、内容的には大英帝国が「名誉ある孤立」政策を放棄して第一次世界大戦の開戦に踏み切ったことで、この後、第二次世界大戦を戦わざるを得なくなりいかに「大英帝国」を失ったか、という考察である。が、冒頭の「はじめに」でパトリック・ブキャナン氏が触れるとおり、21世紀初頭のアメリカの世界関与政策への疑念と批判にもとずく保守の立場からのアメリカ合衆国に対する警世の書である。


ドイツは1871年の統一以来、着々と国力をつけていたが、植民地獲得競争などイギリスの権益に対する挑戦ではなかった。英国にとってのライバルとは、中近東や中央アジアおよび極東でグレートゲームを戦っていたロシアであり、アフリカ、中近東、アジアで植民地の争奪戦をしていたフランスのほうが実はイギリスの権益を脅かしていた。普仏戦争でフランスを破りヨーロッパを統一したドイツ帝国の禍根は、アルザス・ロレーヌ地方を割譲したことで、フランスがそれ以来ドイツへの復讐を国是としたことである。


宰相ビスマルクは、天才的な外交政策でロシアを味方(ドイツに対する中立を約束させる)に引き入れ、フランスを孤立させる政治を展開していたが、ウィルヘルム2世皇帝に罷免された後の1890年代から様相が変わり始める。最初の衝撃が、仏露協商(1894年)。ドイツ
は西と東にそれぞれ巨大な陸軍を敵として対峙しなければならない状況になってしまう。


勃興するドイツ帝国の人口は7000万。一方のフランス帝国は4000万。単独では勝負にならないフランスはロシアにアプローチを始める。両面からの挟み撃ちである。(ちなみに、ロシアの鉄道開発にあたってファイナンスしたのはフランス資本である。鉄道とは軍隊の動員
をかける戦略的な重要なインフラであった。西部方面、つまり、対ドイツへの動員をかけるための鉄道敷設はもちろん、極東向けのシベリア鉄道開発もフランス資本の借款で作られたのだった)。


イギリスの外交政策は、「栄光ある孤立」(Splendid Isolation)で欧州大陸問題には直接関与しないことを基本にしていた。そして、大陸の勢力バランスが崩れた時に、弱いほうに味方して一国が欧州大陸を征服する事態を許さない方針を取っていた。



イギリス国王やロシア皇帝といとこ同士のウィルヘルム2世だったが、イギリス海軍へ挑戦を始めたことが英国を刺激した。ドイツ嫌いの海相チャーチルと外相グレイは、内閣の少数派ではあったが、フランスがドイツと干戈交える場合はフランスに組するという、非公式の軍レベルでの関与を始めていく。そして、実質的に、力の絶頂期で世界に君臨する大英帝国が、大陸の反ドイツでまとまる一方の側にコミットすることで、欧州において敵対する2大ブロックが形成されていく。


イギリスが「栄光ある孤立」を保っている限りこのような事態は避けられたし、仮にイギリス抜きの第一次世界大戦が勃発したとしたら、フランスはドイツに破れていたと思われる。同様にロシアもそうである。ロシアの場合は、イギリスが参戦しても、負けてしまったが、参戦しなかったらもっと早く敗れていただろう。イギリスは、調停者の役回りで介入し、もともとドイツ帝国は大英帝国との共存を望んでいたのだから、妥協の上に調停を受け入れたであろうし、ロシア革命が起きることもなく、ロマノフ王朝は残ったと思われる。


大英帝国(インド、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドも派兵した)が関与したことから西部戦線が膠着し、消耗戦となり膨大な人的被害を出し、結局、アメリカが調停者となってしまった。アメリカは共和国である。君主主義に疑念を持った平民の国である。



ウィルソン大統領の14か条(民族自決、等々)の公平性を信じてドイツは降伏したが、ベルサイユ条約はドイツとハプスブルクの同盟国を戦争犯罪国として、一方的に裁き、、これらの諸条項を骨抜きにした勝者側による敗者への一方的なリベンジ条約となってしまった。戦勝国は敗戦国と同様に、あまりの犠牲者の数と惨禍で国民はショックを受けており、とても、それまでの騎士道精神にもとづく寛大な措置をするという精神はまったく消え失せてしまっていたのだ。



Buchanan

2019年3月 4日 (月)

北朝鮮の続き、コンマリとトランプさん。

3月2日(土) 晴



2時半に目が覚めて眠れなくなる。2時間ほどビーバーを読んでまた寝る。6時半前に目が覚める。

朝食:笹かまぼこ、焼きのり、春菊のお浸しとご飯の一皿盛り。

9時10分、父はデイケアーに。

米と北朝鮮の核合意破談の続報で目に留まったもと駐韓大使による記事を読んだ。さすがにポイントを押さえた今回の双方の動きとそれぞれの国内政治情勢踏まえての評価で、興味深く読んだ。



北朝鮮が経済成長しているというのは池上彰さんの番組でも以前見たことがある。反西欧植民地諸国(往々にして共産主義陣営に組していたか影響を大きく受けた国々)の制裁破りはあるからだ。北朝鮮国内で一般の庶民はブラックマーケットで食べている現実がある。
政府もある程度黙認しているようだ。庶民はしたたかに生き抜くしかないのだろう。

それにしてもトランプさん、危ない綱渡りをしているように見える。国内でもあのアクの強さへの反発からトランプさんのスキャンダル報道でマスコミを始め反対派勢力が一段と糾弾のトーンを上げ始めている。タフな人だ。トランプさんのあの強弁、シロをクロとしてしまうレトリックはどこから来るのか。面白い記事を見つけた。


https://www.politico.com/magazine/story/2017/10/13/donald-trump-positive-thinking-215704


このサイトだが、もともとは、日本人女性でアメリカでは超有名になっているコンマリこと近藤麻理恵さんのBBC記事のリンクにあったものだ。


北ベトナムの非核化の問題よりも、よく考えると増え続け自分の部屋の本をどう整理するかのほうがよほど私には問題のようである。

昼食:小倉餡のデニッシュ、ジャケットポテト(ハムとゴーダチーズ)

ビーバーの「第二次世界大戦」を読み続ける。「バルバロッサ作戦」、ドイツのソ連侵攻。1941年の6月から9月までの章。

夕食:昨日使った真鯛の残りで、真鯛の釜焼きとアラの一部で潮汁を作る。仕上げはミネストローネ。釜焼きは、焼きあがった後に、日本酒と醤油を振って、日本酒の熱燗を飲みながら肴にした。ベリー・グッド。もう休業してしまったようだが、虎ノ門駅すぐ近くで、官庁の関係者も繁く通う店があった。「よっちゃん」の金目鯛の塩焼きを思い出す味だった。

ビーバーの「第二次世界大戦」は精緻にして浩瀚な軍事史の専門家によるすばらしい本で、ただただ圧倒される。とりあえず250㌻ほど読んだところで復習(各章ごと)をしないと膨大な情報のなかに飲み込まれてしまいそうだ。夜は、気分転換、日本語でパトリック・ブキャナンの「不必要だった二つの大戦 チャーチルとヒトラー」を読む。2012年に一度読了してかなりのページに付箋張りしてあり、書き込みを入れながら今回は再読・熟読しようと思っている。

夜、ミネストローネを作る。今回はお味噌は使わず。トマト風味を強くだす味にした。

2019年3月 2日 (土)

カワラヒワ、面接、朝鮮半島の続き。

3月1日(金)晴れ、時々曇り


5時半過ぎの目覚め。ビーバーの「第二次世界大戦」を読み続ける。

朝食:大ぶりの生イワシの塩焼き(半分)、納豆、緑野菜(ホウレンソウとモロッコインゲン)とご飯のお皿もり。



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9時半、週一回の父のリハビリ担当者が来る。10時前、10か月振りにスーツ姿になる。ネクタイをつけてバーバリのコートを着てでかける。

面接先に早めに到着。広い敷地をコーヒーを飲みながら散策。植え込みでアカハラが1羽。大きな木の梢ではメジロやカワラヒワが群れていた。



カワラヒワ(インターネットの写真から)
Kawarahiwa1



面接は11時20分から30分ほど。総務部長さんは5前の勤務先で一緒に仕事をしたT先生をよくご存知だった。まず話題になったのは要求される仕事と私の経歴の大きなギャプ。話題は、勤務した二つの大学の比較論や大学の組織の特性、などになる。採用よりも折角来たからいろいろ喋らせてもらったような面接だった。12時前、終了。思った通りあまり期待できない感触。12時半過ぎに帰宅。


昼食:ジャケットポテトに半熟卵とバターと溶けるチーズに高菜漬けを添えて食べる。



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トランプ・金会談の破談の衝撃の余波か、新聞とテレビの報道が次々出てくる。結局、金委員長の読みが甘かった。最初から完全非核化が前提になっているのに、 「経済制裁」の全面解除を寧辺核施設の廃棄のいで取引しようとしたのだからトランプ大統領が席を立つのも当然だ。トップ交渉で決めようと思っていたのだろうけれど、北朝鮮と民主主義国家の違いだ。北朝鮮は昨夜、声明を出して制裁全面解除ではなく一部解除を要求した、としているが、どっちが嘘をついているのか?


金委員長の面子は丸つぶれ(トランプさんもだが、非核化は長期化すると最初から言ってはいた)。北朝鮮は、今後のスタンスは変えない、と言っているらしいが、交渉は打ち切り、ということだ。意味するところは、現状は変わらずジリ貧になるだけ。中国やロシアが望む
のは、少なくとも西側に対する緩衝地帯として北朝鮮が存続することだ。核さえ完全放棄すれば、ベトナムのような改革開放と外国の資本が一気に投下されて、近代化をなしとげた韓国の支援のあるから近代化へのテイクオフは問題なくできるとだろう。ただし、毛沢東的な金王朝ではダメだ。金王朝に終止符を打ち、北朝鮮版の鄧小平さんが出てくれば、可能であろう。それでも、地政学の要請は北と南を分断したままだろう。FinlandizationならぬUkrainization(私の造語)で周りの強国の中で生き残りを図るしかない宿命。あっちにいけばこっち、こっちと思えばそっち。何という出口なしのジレンマ。

夕食:真鯛の兜の酒蒸しを作る。真鯛はあまり関東ではあまり好んで食べないと思う。魚好きの父が鯛料理をして子供時代の食卓に上った記憶がほとんどない。お祝い事でもらった塩焼きをあまりおいしくないなぁと食べた記憶だけ。社会人になって徳島県の鳴門市に仕事で出かけて、真鯛の刺身を食べたのだが、おいしかったのかどうかよく覚えていないのだ。


阿川弘之氏(広島出身)が食のエッセイで言っていたと思うが、西日本の真鯛は関東でとれる真鯛とモノが違うらしい。故に、真鯛は非常に珍重され食卓にもよく上るのだという。牛肉もそうだ。松坂、近江、神戸牛はすばらしい。玄人には上牛(かみうし)と言って珍重される。本日料理した真鯛ははおそらく関東産だろうが、インターネットで調べた調理方法を見て、見様見真似で作ってみた。塩を振って10分、熱湯でさっと湯がき、すぐに氷水につける下処理をしてから、昆布を敷いた皿に、タイの兜を乗せ、木綿豆腐とシイタケを添え、日本酒を振ってラップを被せ、今日はレンジを700ワットにセットしてで6分ほど蒸してみた。そして、日本酒の熱燗で一杯やりながら賞味した。めちゃくちゃ美味しいというほどではなかったけれどお酒の肴としてはなかなかの一品だった。うっかり、写真を撮り忘れ、気が付いたのは目玉も含めてすべてすっかり平らげた後のことだった。



ビーバーの「第二次世界大戦」を読み続ける。ムッソリーニのイタリアは、ヒトラーより一足先に政権を発足させ、ヒトラーがわざわざ会いに行った人物。しかし、そのイタリアも国力ではドイツのはるか後塵を拝していた。



1939年9月のドイツのポーランド侵攻直前(独伊軍事同盟は同年5月)、ムッソリーニは戦争不参加をヒトラーい表明している。英仏に宣戦布告したのはフランスの降伏が見えた1941年6月に入ってからのこと。火事場泥棒的な行為にドイツからはライオンの獲物をこっそりくすねるジャッカルと揶揄された。ムッソリーニは、当初はヒトラーと対等にやりあっていたが、次第に従属的な立ち位置となっていく。



1935年にエチオピアを併合したムッソリーニは、時代錯誤的なローマ帝国の復活を夢想した。フランスの降伏が目の前のタイミングで英仏に宣戦布告した直後、イタリアは、イギリスの数の上では劣勢なイギリスにより北アフリカのリビア(イタリアの植民地)を先制攻撃されるという失態を演じる。自国が英仏に宣戦布告したことを現地司令官は知らされていなかったという。



一方で、ヒトラーは、英国上陸を断念して対ソ戦を決断し、その布石として同年10月に、ハンガリー、ブルガリアを通ってルーマニアにドイツ軍が進軍したのだが、これも、外相チアーノが事前にドイツの外相リッベントロップから聞いていたにも関わらずムッソリーニに報告しなかったためだった。それを知らなかったムッソリーニは、不快感を露わにし、リビアからエジプトへの侵攻軍から一部を割いて、保護国のアルバニアからギリシャに侵攻するという迷妄振りで、結果的にいずれの戦域でも面子を失う負け方をしてしまう。



イギリスの地中海域でのプレゼンスを危惧したヒトラー(ルーマニアの油田への爆撃の足掛かりを作られることを危惧)は、ギリシャおよびリビアにそれぞれ空軍と陸軍(ロンメルの機甲師団)を送ることになる。ビーバーによれば、イタリアの戦力は第一次世界大戦時レベルにすら届いていなかった。


所謂、枢軸国だが、盟主のドイツはともかく、ペタン将軍のフランス・ヴィシー政権、同盟国のイタリア、内戦で支援をうけ政権を握ったフランコのスペイン、いずれもが、イギリスと戦うヒトラーにとって、大陸を一枚岩的に結束したブロックを形成するにはあまりに弱く、頼りになるパートナーには成りえなかったのが悲劇であった。また、ドイツ側もそのための努力をあまりしなかった事実は否定できなようだが。スペインのフランコ政権は、イギリスのジブラルタルやフランスのモロッコをかすめ取ることに興味はあっても、ドイツに組してイギリスや関係が深いポルトガルに対する戦線布告はしなかった(できなかった)

2019年3月 1日 (金)

金委員長、ベトナムに散る。

2月28日(木) 雨


5時半前の目覚め。このところアカハラの声を聞かず。昨夜からビーバーの「第2次世界大戦」第9章Reverberation June 1940-February1941に入る。イタリアと地中海、北アフリカ、バルカン方面の情勢である。


天気予報どおり、外は雨が降っている。


朝食:ベーコンエッグ+笹かまぼこ+ホウレンソウのお浸し+ご飯の一皿盛り。



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母の背中(というか腰)の痛みは和らいではいる。一時、左腕を使うのが辛そうだったが今日はだいじょうぶそうで心が少し軽くなる。

両親の定期預金の一部が満期になり手続きに出かける。K百貨店で、鯛の兜、イワシ(3尾280円)、イチゴ、モロッコインゲンなどを買う。

Yケアーマネーじぁーが10時半過ぎに来る。

昼食:ジャケット・ポテトに溶かしバターと塩コショウ、それに、溶けるチーズとゴーダチーズを添えて食べる。なかなかよろしい。それにコーヒーとお煎餅一かけら、とチョコレート、バナナ半分。
15時のおやつにイチゴを食べる。外は陰鬱な寒々とした雨。ビーバーの「第2次世界大戦」を読み続ける。



ダメ元で履歴書を出したところから明日の面接に来てください、との連絡。公的機関なので、形式を整えるためのダミーかも知れないという疑念が拭えない。国際業務とは言っても、事務補助のパートの仕事。自分の経験なら楽勝かなぁ、とは思えるけど、職場が困るだろうなぁ、私のようなオジサンがポツンと入ったら。想定されていない応募。しかし、断る理由はないので気晴らしに行こう。「面接よろしくお願いします」と回答。




ビーバーの「第二次世界大戦」を読み続ける。


夕食:今夜はホウボウの酒蒸しを作る。昆布をしいて、その上に二つ切りにしたホウボウを乗せ塩を振って酒を大匙3ぐらい掛ける。シイタケが欲しいところだがないのでエリンギを代わりに添えてラップをして、蒸すこと20分。出来上がり。ポン酢で食べる。ホウボウは白身の淡泊な身が持ち前。酒蒸しはぴったりの調理だと納得する。前菜が、ポテトサラダとチーズだったので軽い赤ワインを飲んだが、酒蒸しにはやっぱり日本酒が合いそうだ。

昨日から今日にかけてベトナムで行われているトランプ大統領と金委員長の会談でマスコミは大騒ぎだった。が、結局のところ成果は得られず、合意に至らなかったようだ。期待された?驚きのスクープ・ニュースにはならなかった。「非核化」と「平和条約」及び「制裁解除」の取引きはどうどう巡りになる運命なのだ。金王朝が続く限り。

西側の、北の非核化が不可逆的に完全になされて初めて「制裁解除」をする原則に変更はないのだ。「平和条約」だって、つい最近まで西側に挑発を続けてきた北朝鮮がスタンスを変えたのはほんのこの1年であることを考えるなら、誰が信じるだろうか。自ら墓穴を掘っ
て、経済制裁を招き、苦しくなってソフト路線に切り替えただけだ。それも、オリンピックを機会に擦り寄るピエロ役の韓国を出しにつかってのことだ。非核をチラつかせて西側の譲歩を引き出そうという考えが本末転倒ではないか。

最後の土壇場で、お互いの原則は譲れないことが改めて明確になって、トランプさんから交渉の席を立つことになった。若造の金委員長は現実の厳しさを思い知らされただろう。こうなることは分かり切ったことだった。核=キム体制の担保なのだから。金王朝体制である
限り核の完全廃棄はあり得ない、と私は断言する。それをやったら、罪深き金王朝の命とりとなるのだ。恨み骨髄の同胞によって間違いなく抹殺されるだろう。金委員長は完全核廃棄など絶対に考えていない。韓国を香港のような一国2制度的な位置づけで飲み込み、中国とロシアのバックを梃に朝鮮半島統一の主導権を将来握ることを思い描いているのだろうが、それは甘すぎる。


中国は、毛沢東が暴れまわり、経済は混乱し沢山の犠牲者を出し続けたが、毛沢東が亡くなってようやく負の遺産を一旦清算することが出来た。その上で、鄧小平というバランス感覚にすぐれたプラグマティストが改革開放に舵を切って、ようやく成功することが出来た。



ベトナムは、北ベトナムがアメリカを破って国土統一した後しばらくは国内経済が低迷をした。が、中国にならって改革開放を行い、アメリカと和解し、いま正に西側の資本主義経済のなかに組み込まれることで国の発展が始まった。



北朝鮮のつまづきは、韓国を敗れなかったこと。本来なら、ソ連崩壊で北朝鮮が韓国に飲み込めば良かったのだろうけれど、ソ連や中国が許さなかった。アメリカの最前線と国境を接してしまう韓国主導の朝鮮半島統一は絶対に許されないのだ。東ドイツと接するのはポーランドだ。ソ連にとっては別に問題ではなかった。これが大きな違いだ。そして、金王朝が生き永らえている究極の根拠でもある。


朝鮮半島は、欧州のウクライナみたいなものだ。ウクライナがEU寄りになった途端、ウクライナの東はロシアに併合されてしまった。クリミアはウクライナの「北朝鮮」みたいなものだ。朝鮮半島の統一は、米日対中ロ(昔は露中だったが)の対立が続く限りしれぞれの勢力圏の緩衝地帯(地政学の要請)として分裂し続けざるを得ない宿命にある。

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