2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 本の整理は続く、上京とディズニーシー。 | トップページ | 朋有り遠方より来る、亦た楽しからずや。 »

2019年3月24日 (日)

休息の一日。

3月21日(木)曇り、一時雨


上京の疲れ、左肘と肩の痛みがとれず今日はゆっくり休息をとる。


朝食:笹かまぼこ、鯵の干物少々、ポテト・マカロニサラダ、ご飯少々、バナナ半分;昼食:キャベツたっぷりのソース焼きそば;夕食:ブリの釜焼き、ミネストローネにご飯少々


読書:

①「暗闇 スターリン、トルーマンと日本降伏」長谷川毅著(中央公論社)の第1章を読む。
著者は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の歴史学教授を務めるもと日本人。アメリカに帰化したロシア・ソ連史を専門とする歴史家。アメリカの原爆投下ととソ連の対日参戦と敗色濃厚となった日本の降伏に向けた交渉を描く著作。ルーズベルトの能天気振り(極東情勢においてのソ連に対する無警戒)には驚かされる。ヤルタ会談当時はすでに死期が迫り、頭もそうとうボケボケだったらしい。チャーチルは、ソ連に対する警戒からすでに無条件降伏ではない条件降伏を検討することを提案したらしいが、ルーズベルトはまったく聞く耳を持たなかった。そこに付け入ったのがスターリンで、かつ、二人は、アジアに対する蔑視もあって、日本はいわずもがな、仲間である蒋介石の中華民国をも袖にするような談合をする。それも、老獪なスターリンのなすがままに米ソ間で密約がなされる。北方領土問題の源はルーズベルトの晩年のボケた脳髄がもたらした災禍であろう。日本は、満州の権益にこだわり続けたために、繁栄のもととなる資本や資源を依存する米英と戦う道を選んでしまう。そして、本来、最大の敵であるはずの共産ソ連とは中立条約結んでしまう。ドイツの敗北が濃厚となった1945年4月の沖縄戦も大きな犠牲のもとに敗れ、次は本土決戦となる状況下、日本は、中立条約を結んでいるソ連を頼りに和平交渉を探るという最悪の選択を取らざるを得なくなっていく。


Anyaku


②「Auf Reisen」(「旅の途上」)


オーストリアの作家シュテファン・ツバイクの旅行記。1911年のニューヨーク滞在の章。第一次世界大戦前のベルエポックを謳歌したヨーロッパ人のツバイクが新大陸を旅した。ニューヨークの新しい物質文明のリズムへの驚き。成熟したウィーンの静けさとは対照的な、喧騒に溢れるモダンな都市・ニューヨークの若さとエネルギーにただただ圧倒され、感嘆の声を上げるツバイク。ブルックリン橋はその象徴。20世紀初頭のウィーンの人口は200万を超えてはいたが、ニューヨークは500万に迫ろうとしていた。


Auf-reisen

« 本の整理は続く、上京とディズニーシー。 | トップページ | 朋有り遠方より来る、亦た楽しからずや。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 本の整理は続く、上京とディズニーシー。 | トップページ | 朋有り遠方より来る、亦た楽しからずや。 »