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2019年3月27日 (水)

下品なジョーク集と半藤・佐藤両氏の対談による21世紀戦争論。

3月24日(日)晴

目が覚めてTruly Tasteless Jokes Twoをぱらぱらと拾い読みする。本当に下品なジョークのオンパレードだが、登場人物も1980年代の本らしく、グレース・ケリーやナタリー・ウッド、ダイアナ妃が登場する。

Tasteless1

 

What kind of wood doesn't float ?

Natalie Wood. 

ナタリー・ウッドは1981年に水死(事故死)した。



ダイアナ妃はエリザベス女王と登場する。王室専用車(ベントレー)で出かけて強盗に遭う。エリザベス女王はダイアモンド・ティアラを出せと脅されるが今日は身に着けていないと逃れる。ダイアナ妃は、婚約指輪を出せと脅されるが、やはり今日は身に着けていないと逃れる。クソっと毒づきながら強盗は専用車のベントレーを奪って逃げていく。残された二人。ダイアナ妃が女王にダイヤモンド・ティアラをどこにお隠しになったのですか?と聞くと女王は顔を赤らめて下半身を指さす。女王はダイアナ妃に貴方は?と聞くと、妃も同じ仕草。しばらく無言で歩いていると女王はため息をつきながら、マーガレット妃がいればベントレーも救えたわ。(ウィキペディアによるとマーガレット妃は、男出入りが激しい女性だったようである)。

この本ではないけれど、英国の王室のスキャンダルを扱ったジョークを一つ。

What did Prince Charles say when he heard the news ?

- Shall I garage your bike, mum ?

これは、モーターバイクに乗ったパパラッチに追われて事故死したダイアナ妃についての王室に対する批判(王室がダイアナ妃に冷淡だった)のジョークらしい。

 

7時前、ウグイスの囀りが聞こえてきた。週半ばまではポカポカ陽気だったが、昨日からまた寒くなってしまった。

朝食:サバの文化干しの残り、ポテトサラダ、ご飯、納豆。

昼食:マーガリンとブルーベリーのコッペパン、コーヒー、ワンタンスープ。イチゴ少々。

夕食:ブリの釜焼き、海老とパプリカの塩炒め、ビール(メイド・イン・チェコ)、それに、ご飯とイチゴ少々。

トランプ大統領のロシア疑惑はとりあえず「シロ」ということになったようだ。田原総一郎氏の番組をたまたま見たが、トランプさんの人気は相変わらずで、CNNやニューヨークタイムズの報道とは違うのだという。トランプ支持層はフォックスニュースしか見ないという。

イギリスのブレクジットも散々である。迷走の始まりは責任逃れで実施した前首相の国民投票。棚ぼたで回って来たメイさんの首相就任。大変すぎる。ここに来て退任論が出始めた。彼女は1956年生まれで私と同い年。私の母は、ソ連時代のゴルバチョフさんと同い年。

深夜まで半藤一利氏と佐藤優氏の「21世紀の戦争論 昭和史から考える」を読む。在野の昭和史研究の大家である半藤氏とロシア人の内在的論理の理解においては圧倒的な洞察力を有する元外務省の官僚である佐藤優氏の対談。「暗闘~スターリン、トルーマンと日本の降伏」に関連する章(戦争の終わらせ方は難しい)もあって興味深かった。

シベリアに抑留された日本人の食生活はロシア人とほとんど変わらなかった。基礎体力の違いで日本人はどんどん死んでいったがロシア人にはなんでもなかった。ソ連軍からすると日本人にひどい待遇をしたという認識はない。

ドイツの捕虜となってスパイと見做されたもとソ連兵や政治犯(トロッキスト)、犯罪者らは、ドイツ侵攻および満州侵攻の際に、最前線の先頭で戦った無法者集団であった。後ろにはソ連の正規軍が控え、退けば射殺されるので勇敢に戦うしかなく、生き延びて敵地を占領した場合は、正規軍が来るまではやりたい放題(略奪やレイプ)のことができた(褒賞)。これが、ソ連軍の評判が悪さの原因であった。

8月15日は終戦ではなく、ソ連はカムチャッカ半島のすぐ南の占守島での日本軍との8月18日から4日間の死闘を皮切りに9月5日まで千島列島を南下して行った。降伏文書の調印は9月2日。スターリンは北海道の北半分をアメリカに要求したが、トルーマン大統領は拒否した。もし、占守島で日本軍が踏ん張らなかった、ソ連は北海道の北半分を占領して既成事実を作った上で、朝鮮半島のように北日本(ソ連の勢力範囲)を作り南日本(アメリカの勢力範囲)と対峙する状況が現出する可能性はあった。

ルーズベルの死後、日本の降伏を巡ってアメリカの原爆投下とソ連の参戦が競い合いを始めた。アメリカは、スターリンの野望に疑念を抱き始め、ソ連参戦前に日本を降伏させようと考え始める。原爆はその切り札で、チャーチルもその使用に同意する。ソ連は、トルーマンがルーズベルトのように親ソ的でないことに疑念を抱き、ヤルタの密約が反故にされることを危惧して参戦を前倒しにして極東での失地回復(日露戦争の復讐)に邁進する。

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