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2019年4月 4日 (木)

「天皇と原爆」を読み続ける。

4月2日(火)晴、後曇り

朝食:笹かまぼこ、マイワシの生姜煮半分、ミネストローネスープとご飯少々

朝刊の第一面は新しい元号「令和」の報道一色。4月1日は欧米ではエイプリル・フールだが、西オーストラリア不動産協会=The Real Estate Institute of Western Austraria (REIWA)は、日本の元号を歓迎するとの声明を発表したらしい。ジョークではないという。米国のオバマ大統領が初当選したときに、福井県のObama市が話題になった。名前の偶然の一致というやつ。元号は地球上で日本にしか残っていない、らしい。元号には西暦と違ってある時代のポジティブ・ネガティブな様々な出来事を含めた意味を象徴する働きがある。キリスト教的な未来の最後の審判にむけてひたすらすすむ時間に寄り添って生きる人たちにはぴんと来ないものだろう。

昨日ハッスルしすぎたのか今日は体がだるく物憂い気分。午前中は、ベッドに潜り込んで西尾幹二氏の「天皇と原爆」を読み続ける。あっちの章をよんだりこっちの章を読んだり。午前中で9割がたは読了した。

 

「政教分離」について

今日の日本では、国家権力から宗教を守って、宗教に自由を保証する意味合いで理解されている。

欧州はまったく違う。法王庁=教会の政治的圧力から近代市民社会の自由を守る、宗教権力から国家(世俗権力)を守るという意味合いだ。しかし、カトリックとプロテスタントの血で血を洗う17世紀の宗教戦争が起きたため、信仰は個人の内面でプライベートな部分に限定、政治は、信仰の違いを超えた公共の場とする合意を形成していく。つまり、宗教は政治に干渉しないことが原則となり、啓蒙主義の展開により19世紀には脱宗教の合理化が進行=宗教の世俗化が進んだ。

アメリカのそれは、欧州と異なって、「政治」と「宗教」の分離ではなく、「国家」と「教会」の分離である。宗教の自由を求めてやってきた移民が作ったのがアメリカ。キリスト教の分派は相当数あって差別できないこともあり国家権力が特定の分派と特別の関係になるらないようにしている。新教の国だがカトリック信者も7千万人近いし、4百万近いユダヤ人もいる。憲法にゴッドが出てくるが要は聖書を共有する人たちのゴッド。イスラム教徒も聖典の民だがどうも仲間外れにされているように見える。欧州の宗教戦争のような悲惨な内戦を経験せず、啓蒙主義を通りぬけた脱宗教=合理主義の洗礼も受けていないアメリカだ。ダーウィンの進化論もいまだに問題となっているらしい。そのアメリカは、憲法のゴッドが想定している聖書を共有する民には寛容だがそれ以外の異教徒に対しては非寛容である。そして、実際のところ、宗教が政治に及ぼす影響はヨーロッパに比べてはるかに強い。イスラム世界の宗教と政治の一体化まではいかな
いにしても、アメリカは宗教的に原理主義者である。


「民主主義について」

民主主義は消極的な政治概念で、独裁国家でないとうことが民主主義。やりかたは様々。ギリシャの民主主義、アメリカの民主主義、日本の民主主義、巧拙の程度、成功不成功の程度はあっても、それぞれは等価である。

北朝鮮は国名に民主主義とうたっているが金王朝の独裁国家なのでこの定義から言えば看板に偽りありとなる。シンガポールは極めて行政権力が強いが独裁国家ではないので民主主義になる。ロシアもいちおう民主主義に入るだろうか。中国は?共産党独裁国家だから民主主義ではない・・・ということになるだろう。しかし、中国は国も国民も民主主義にこだわっているようには見えない。自分たちがいい生活ができれば、お金もうけができれば、どんな政治だって受け入れる。共産党を批判さえ批判しなければ、ある意味では日本人以上に自由な生き方をしているように見える。独裁も悪くないではないか。

中国問題は、現在、国力の膨張とともにアメリカの覇権に挑戦をしていることから起こっている。やめればいいのにと本当に思う。それさえなけれれば、世界の経済に多大な貢献をなして歓迎されるはずなのだが。そうできない力学がやはり働いているのだろうか。脱線するが、資源の希少性の問題、平等には行きわたらない問題がある。中国とインドが先進国並みの豊かさを達成するということは、間違いなく資源価格が高騰する(もうすでにそうなっている)。何らかの技術革新によるブレークスルーがなければ(エネルギー関連で)。

脱線したが、民主主義にも欠点が山のようにある。非能率、無定見、衆愚政治になりかねない。いい民主主義と悪い民主主義がある。それと同じでいい独裁国家と悪い独裁国家がある。ここまで西尾さんは言ってないけれど。


「第二次世界大戦は西欧の内戦であって、日本の戦いは別次元の自衛戦争だったこと、について」

氏はナチスのドイツと軍国日本を同列にして平和に対する罪をおかした侵略者として断罪することに異議を唱えている。第2次世界大戦というのは、ドイツを中心とする勢力と反ドイツ連合(イギリス・ソ連・アメリカ)による西欧文明諸国の「内戦」である。ナチスがユダヤ人等を含む虐殺を行ったことで、ドイツは人類に対する犯罪を犯したとして、事後法という問題はあったが、ニュルンベルク裁判で裁かれることとなった。

しかし、日本の戦争は断じて侵略ではなく、自国の安全保障のための自衛戦争だったのであり、それも、ドイツに対抗するために、共産ソ連と手を組む必要が生じた英米の都合で、理不尽な、特に、アメリカが日本に対し謂れのない圧力を掛けたので、日本は戦いを挑んだのである。真珠湾攻撃の戦略的な誤謬の問題は別として、初っ端の戦果に日本人が胸のつかえが取れる思いをしたのはそうい欧米白人国家群による理不尽で身勝手な自己欺瞞に対して一時的にせよ鬱憤を晴らしたからなのであった。欧米の白人の前で屈従を強いられていたアジア人が密かに喝采をした例は枚挙にいとまがない。

どちらが侵略者だろうか、という問題は、16世紀からアジアに進出した西洋諸国(遅れて参加した米国を含む)のほうなのである。400年のタイムスパンで見たら断然そうである。彼らは、未開の野蛮人を文明に導く神の使徒として、植民地主義は彼らに善を施すことなのだ、という誠に自己に都合の良い勝手な論理で侵略し暴利をむさぼったのである。日本裁きは、欧米の白人たちのプライドをずたずたにした日本に対する復讐であり、リンチであった。負けた日本の弱みに付け込んで、自分たちの罪業を日本に一方的に押し付けるという甚だ傲岸で欺瞞に満ちたいけずうずうしさなのである。太平洋及び極東、東南アジアで繰り広げられた戦争は、人種間闘争、文明の衝突であったのだ。

概ね、このような論理なのだが、これは、林房雄氏の「大東亜戦争肯定論」を始め、GHQで発禁本で没収されてしまった戦前・戦中の日本の識者による主張にそったものである。真理をついているけれど、では、これは、国際的に(といことは「英語」での言説が支配する世界)認定されたものではなく、公の場で主張すれば「歴史修正主義者」のレッテルを張られるのであろう。

この問題では、歴史にとどまらずエドワード・サイードの「オリエンタリズム」等のごとく、非西洋世界側から西洋の言説一般に対し様々な意義申し立てがなされている。しかし、批判される当事者の例えばイギリスなどのアカデミズムなどは、例によってどっちなんだかわからないレトリックを使って非英語国民をはぐらかし(膨大な公平性と客観性を装った論理を展開しながら)ながら自己正当化を続けていると思う。

西尾さん曰く、「歴史は善悪の彼岸にある」ものなのだ。自分の存立の名誉にかけて謂れのない中傷や圧力には受けて立って反論し、自己の正当性を主張してこそ、そこに真実が滲み出てくるのだ、と。戦後の日本の歴史学会は、それを放棄してしまった。去勢されてしまった。GHQの焚書(発禁)があった。和辻哲郎の「アメリカの国民性」もその一冊だ。戦後の日本人は、アメリカとソ連(マルクス主義)の双方かいずれかに媚びを売る言説しかせず、本来の日本の立場を失ってしまっている、と嘆いている。

 

昼食:ソース焼きそば(隣のNさんから春キャベツをいただいたのでたっぷり塩ゆでしたものを混ぜて)

夕食:いただきものの葱とキャベツをふんだんに使った野菜カレー(ベーシックはミネストローネ)。酒肴はビールと春キャベツのベーコン&ハムのオリーブオイル風味の白ワイン蒸し(要は、オリーブオイルとニンニクで炒めて、白ワインを振りかけて蒸して、塩コショウしたもの)。

日が長くなった。17時半を過ぎてもまだ明るい。戸締りをしたついでに玄関の郵便ポストを覗いたら「The Last Days of Mankaind」が届いていた。

 

夕食後、2階で日記を書いたり、1階の洋間で届いたばかりの本のカール・クラウスの本のIntroductionを読んだりした後、21時からBS6で「007ロシアより愛を込めて」を見る。007シリーズ中のベストワンとしてこの映画を上げる人が多い。観るのはたぶん3度目だろうか。イスタンブールや、そこからベオグラードを経由してトリエステまで行くオリエント急行列車の旅のシーンのロケが美しい。1963年の製作。個人的に一番好きな「007ゴールドフィンガー」の製作は1964年。英国のMI6とソ連の諜報部を手玉にとろうとするスペクターとはいったい何なのだろうか。グローバルレベルで展開されるアナーキーな闇の犯罪組織。19世紀だと、シャーロック・ホームズの物語にでてくるモリアーティ教授の犯罪組織があるけれど。

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