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2019年4月13日 (土)

「第二次世界大戦とはなんだったのか」を読む。

4月11日(木)晴

寒さが続く毎日。朝の読書は、福田和也氏の「第二次世界大戦とは何だったのか」。

Fukuda

歴史家ではなく、文芸評論家による考察。仏文学が専門で、処女作はナチス占領下のフランス知識人でドイツに協力した人たち。セリーヌ、ドリュ・ラ・ロシェル、モラス等の対独協力者(コラボラテュール)に関するもの。文芸評論家特有のする鋭い感性と直感による歴史考察だ。専門の歴史家の著作はどうしもて事実重視で参考文献の山を渉猟し、事実を細かく正確に辿っていくもので地道な作業だ。そういう歴史書はそれはそれで面白いし必要なことだが、結局、歴史の意味、つまり解釈に関しては、どうしても論証の彼方へと飛躍しなければできない。正確な事実を洗い出し叙述することは必要要件だが、それだけでは歴史にはならない。その事実が意味するところは何なのだ、という解釈の提示こそ歴史の意味にほかならない。そう意味で私と同じ世代(少し若い)のこの著書はとても面白く、興味深く読んだ。

のっけから、第二次世界大戦よりも第一次世界大戦の重要性の指摘。長い歴史のタイムスパンから見れば、20世紀のイギリスに関しては、チャーチルよりもロイド・ジョージのほうが、政治家としての資質と実績では断然上だったという評価。

第二次世界大戦は第一次世界大戦の延長戦だった。ウィルソンのアメリカの登場とアメリカの伝統的な孤立主義の放棄は、世界のパワーゲームを根本的に変えた。それまでの国際関係は、欧州諸国の貴族コミュニティの利害調整であったが、理念を掲げた国際秩序を巡るアメリカ流の国家間のパワーゲームにとって代わった。

第二次世界大戦は何故起こったか? 

通常では、いわゆる、独伊日の持たざる遅れた資本主義国家が好戦的に既存の世界秩序に挑んだから起こったされるが、こういう理解はあまりに皮相的にすぎる。ドイツの要求は第一次大戦のウィルヘルム体制にくらべれば非常に抑えたもので、イギリスの権益をおかすことは一切なかった。日本の満州進出やイタリアのエチオピア征服等も、列強の世界秩序に対する致命的な挑戦ではなかった。実は、アメリカが望んだから、というのが第二次大戦の究極の原因だった、というのが著者の主張である。その狙いは?イギリスの世界覇権に代わって自らが世界の主役となって世界秩序を形成すること=イギリスの世界覇権システムを葬り去ること=欧州諸国の植民地主義の否定であった。

「大東亜共栄圏」を唱えた日本と「大西洋憲章」をとなえた米国は、ヨーロッパ勢力の植民市主義を否定するという点では同じ土俵にのっていた、とも著者は指摘する。(チャーチルは、苦し紛れに「大西洋憲章」は、イギリスの植民地には適用されない、という答弁をイギリス国会でした)。

では、何故、日米は中国をめぐって対立し戦争に突入したのか。究極の敵はイギリスの覇権システムを打ち破ることであったが、その目的を達成するために、中国大陸で英国と手を結んだほうが有利と見たからだという。英国の前に、天皇をいだく神道国家である日本を抑え込む(潜在的な極東のライバル)ためだろう。米国の中国に対する野心は、商業的なものに加えて、キリスト教の普及という期待もあった(クリスチャンの宋美齢の夫である蒋介石はキリスト教に改宗)。結果的に、著者がいうように、アメリカ(ローズベルト)が蒋介石の中国を過大評価して見誤っていたのだが。共産ソ連を同盟と見做し、援助を惜しまなかった背景には、君主制そのものに本能的に疑念をいだくアメリカが共感をもってロシア革命を見ていた側面があるだろう。しかし、あまりにもナイーブすぎたアメリカはソ連の本質を見誤っていた。冷戦とは、アメリカのイギリス追い落としのために仕掛けた第二次大戦での戦略的な誤りから起こったものだった。


朝食:朝からカツカレー!(昨日の残り)
昼食:ピーマン入りのソース焼きそば
夕食:エビチリ、ポテトサラダで一杯。ミネストローネ。

終日、玄関からキッチンまでの一階の廊下の板の張替え作業で業者が入る。築40年になる両親の家。2011年の地震では屋根瓦を少しやられただけでほとんど無傷だった。しかし、修繕は必要だ。キッチンの床は10年前に張り替えた。

ところで、父が朝からコホン、コホンと咳をし始めた。咳がやんで大丈夫かなとおもったらまた発作のように咳を繰り返す。午後になって様子がひどくなる。とりあえず、常備薬の咳止めを飲んでもらう。夕刻、少々効果がでたのか咳はだいぶ軽減されたようである。夕食(赤カレイの煮つけ)もしっかり食べることが出来た。しかし風邪の症状だ。4月6日にデイケアー先のすぐ近くの桜川の土手で桜の花見をしたことが原因か?それともこの二日間の異常な寒さによる影響か。季節の変わり目は要注意なのだが。

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