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2019年4月 7日 (日)

長谷川氏の「暗闘」。黄砂。真鯛のアラ炊きを作る。

4月5日(金)晴、黄砂が舞い、風強し

4時過ぎに目がさめて眠れなくなる。中断していた長谷川氏の「暗闘」を少し読み進める。

ルーズベルトが1945年4月に突然亡くなって(愛人宅だったらしい)、トルーマンが政権を引き継いだが、ヤルタの密約はもちろん、原爆のことも知らなかった。ルーズベルトはある意味、民主主義アメリカの独裁者でもあった。さぁ、どうしよう、困った、困ったぁ、というのがトルーマンの心境だったろう。とは言え、ドイツの降伏、沖縄戦、本土攻略を視野に入れながら、原爆投下とソ連の参戦等日本をどう降伏させるのか(無条件降伏か条件付き降伏か)、4月から8月の日本の降伏まで歴史的に重要な決断を迫られる息詰まるようなドラマの日々だった。

トルーマンは、基本的にルーズベルト路線を踏襲はする考えであったが、ニュアンスまでは引き継げなかった。ポーランド問題をめぐって米ソの間に早くも不信感が芽生え、駆け引きが始まっていた。日本内部では、本土決戦による米国への一撃で有利な休戦交渉を期待する軍部(天皇も一時はそう考えていた)と敗戦は必至であり極力早く英米と手を打とうとする和平派が動き出す。戦後、戦犯に指名されて、裁判に掛けられる前に自殺した近衛文麿も、へたをすると、共産主義革命がおこりかねないと、昭和天皇に上奏する。宮中の侍従長だった木戸幸一は、天皇の英断だけが軍部を抑えられると考えていた。外務省は、ソ連が、日ソ中立条約の破棄をを4月に通告してきたものの1年間は有効であり、交戦国でないソ連を頼みに、降伏の仲介をすべく動き出すが、スターリンにとってはカモが葱をしょってやってきたも同然だった。のらり、くらり、参戦準備を最優先で推し進めながら、日本にはその気があるようなそぶりを続けて日本を欺き続ける。

スターリンの、というか日本という島国を除く世界では、「あざとさ」がなければ生きていけないのだ。それを知らない日本は初心さをとおり越したドアホだった。国際条約というのは事情が変れば破っても問題がないということ。条約破りを罰する上位機関とそれを担保する「物理的拘束力」は存在しないからだ。ソ連の日ソ中立条約違反を批判しても、ソ連の論理(そして今日のロシアのスタンスもそうである)は、独ソ不可侵条約でドイツに裏切られて自分たちは亡国の寸前まで行った先例があること、そして、ヤルタ会談で英米がソ連に対日参戦を要求したのだから、何が悪いのだ、というものである。独ソ戦で勝利はしたけれど、疲弊した国土と日本との中立条約をたてに断る選択肢はあっただろうが、スターリンは、一国社会主義ソ連の安全保障の要請を優先させる。この機会に取れる領土は取れるだけ取ってしまおう、というものだった。ヒトラーとスターリンの共通点は一般の庶民の生命を何とも思っていないこと(この点、日本の軍隊も似たり寄ったりだった)。スターリンは、対日参戦は日露戦争のリベンジであると国民を鼓舞した。ソ連にも今日のロシアにも日本に対する道徳的なやましさ、というのは一切ないと考えたほうがよい(むしろ、しめしめと思っているであろう)。


6時過ぎ、眠りに落ちる。目が覚めると7時10分過ぎ。ヤバい、朝食の準備をしなくちぁと飛び起きてキッチンへ。

朝食:鮭の塩焼き半分と鰯の生姜煮にご飯、キュウリとカブの浅漬け

生ごみ出しをして、9時から昨日の続きで「ファーブル昆虫記 南仏・愛しの小宇宙」を見る。今日の虫はハチと蛾。ハチには2種類あって蜜をすうハチと肉食のハチがいるが、テレビは肉食のほう。獲物を捕まえると掘った巣穴に持ち込んで卵を産み付け、穴を塞ぐ。孵った幼虫はこの獲物を栄養源にして蛹になって成虫となる。一匹の獲物に一個の卵だ。獲物は死んだのではなく、仮死状態である。このあたりをファーブルは野外観察によって確認したのだった。

蛾だが、テレビではフランス人はパピヨンと表現していた。蝶も蛾もパピヨンというらしい。雌の蛾がいかに牡を引き付けるかの観察。雌は蛹から成虫になった直後からお尻付近から強烈なフェロモンを発散して牡を呼び寄せ交尾をする。すべて夜に行われる出来ごとで、これは小諸市に居を構える昆虫写真家の海野和夫氏が赤外線カメラで見事に収めたが、100年以上前にファーブルが観察によって確認した記述を参考にした試みであった。電気はもちろん、赤外線撮影などという技術ががまだない時代、夜は真っ暗な時代にどのように観察したのだろうか。

昆虫たちが繰り広げる驚くべき生態は個々の生命体に授けられた本能によるものであって、ファーブルは交流のあったダーウィンのいう進化論には疑義を呈したという。ファーブルは、貧しい家の生まれ、父が商売に失敗、一家離散するも、成績がよく、学士号(数学と物理)の資格をとり、何とか小学校、師範学校の教員をしながら家族を養った。世俗的出世には無頓着、金銭的には恵まれなかった。当時の教員の給与というのは馬丁より低かったという。性格は頑固一徹、偏屈、意固地、だったが心優しい人でもあった。ファーブルの評価は本国フランスでは長らく無視されていたが、近年ようやく再評価が始まったらしい。フランスよりもむしろ日本でファンが多い(ファーブル昆虫記は隠れたベストセラー)だと、奥本氏が著書のどこかで語っていたと思う。

昼食:小倉デニッシュ半分、コーヒー、ジャケット・ポテト(熱々の皮つきジャガイモに酢とゴーダチーズをふりかけて)。

食後、道場さんのレシピを参考に真鯛のアラ炊きを作る。新ごぼうと一緒に、下処理した真鯛のアラを魚出汁で掛け汁を残す程度まで煮詰めるだけ。

Arani

夕食:アラ炊きとポテトサラダで一杯やる。新ごぼうがベリー・グッド。真鯛(松山産)の骨をしゃぶり尽してゼラチンの旨さを堪能した。

地元の桜が8分ほどまで開花したという。東京よりいつも一週間ほど遅いのだ。風が強く黄砂が舞っており今日は外出を控えた。FMラジオから流れる昨夜に続きバッハの音楽特集聞きながら、ネットサーフィンをしたり物思いに耽る。

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