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2019年5月 6日 (月)

エゾムシクイの囀りを聞く。チャーチルは本当に偉大な政治家だったのか?

5月5日(日)晴

5時の目覚め。「不必要だった二つの大戦」(パトリック・ブキャナン著)の13章(ヒトラーの野心)を読む。

朝食:納豆、鯛のアラ煮、ご飯。

笠原水道の散策。カキツバタやハナショウブの花が咲き乱れる池に近ずくと何とエゾムシクイの囀りが聞こえてきた。やったぁ~!。

Shoubu


始めて聞いたのは千葉の松戸市に住んでいた(15年前)ころの初夏のある日、バードウォッチングで雑木林をうろうろしていたときだった。確か、水たまりでスズメ、メジロ、シジュウカラが水浴びするのを遠くから観察していたと思う。それまで聞いたことのない囀りに全身が耳になった。キビタキやオオルリやクロツグミのような美しさはないけれど、高低をおりまぜたシンプルなメロディーの繰り返しに魅せられたものだ。アパートに戻って、野鳥の囀り集のCDを聞いてやっと特定したのが、このエゾムシクイだったのだ。決して珍しい野鳥ではないのだろうけど、私にとっては人生初めての出会いでありそれまでは存在していなかったのだから、この時の興奮といったらなかった。バードウォッチングを始めたばかりで、楽しくて週末になると双眼鏡を持って野山をほっつきあるいていたころだった。

エゾムシクイの囀り:(インターネットのサイトから。姿はウグイスそっくり。囀りは全く違うのだからややこしい)

https://www.youtube.com/watch?v=OPL07IM03rM

残念ながら、今朝はキビタキの囀りは聞けなかった。雑木林から抜けてしまたか。今日も草花に集まる昆虫の観察に没頭する。ベニシジミの個体数が非常に多いのに気づく。数メートルごとにベニシジミが飛んでいる。ヤマトシジミはまれにしか飛んでいない。

ハナムグリ

Cogane3

ホソオビヒゲナガ

Higenaga  

ヒメウラナミジャノメ

Chou

 

昼食:カツサンドとブルーベリーパイにコーヒー。


釣りに行くべきか、行かざるべきかの葛藤がこのところ続いている。昨年、ちょうど今頃釣りに出かけて、雨が降り始めたので帰ろうとした際に土手で変な転び方をして骨折してしまった。トラウマ!?どういうわけか、意識の奥深いところで釣行を拒否しているようだ。

2階の和室に座って、「不必要だった二つの大戦」の第14章(マン・オブ・ザ・センチュリー)を読む。ヒトラー、スターリン、チャーチル、ルーズベルトは、第二次世界大戦の主役の4羽ガラス。蒋介石と東条英機は脇役だった。イギリスのBBCが行ったアンケートでは、今でも断トツでチャーチルが20世紀の人として選ばれたという。チャーチル神話は健在である。チャーチルに関する本も無数に書かれている。学校の成績はよくなかったけれど英語力(国語力)は抜群。ウィットが効いた語りと説得力に太刀打ちできる人はそうはいなかった。

インド、キューバ、アフリカでの戦争に従軍し、その体験を本にして文名を馳せ、26歳にして国会議員となった。20世紀初頭、大英帝国が絶頂のころだった。それから半世紀以上を政治家として奮闘したチャーチル。政治的失策による失脚(第一次大戦時の海軍大臣時としてトルコのガリポリ作戦を主導をして失敗、大戦後の大蔵大臣時には金本位制復帰をしてこれまたポンド安を招いて非難を受けた)にも拘わらず、その都度、政界復帰を果たし、1933年のドイツ・ヒトラー政権発足時からはヒトラーの危険性を常に指摘し、宥和政策を批判し続け、第二次世界大戦でいよいよ出番がくると、ヒトラーの和平勧告を一切拒絶して、ソ連とアメリカを味方につけてヒトラーのドイツを打ち破り英国を勝利に導いた英雄である。

と、書くと確かにすごいのだが、チャーチルに対する批判は、ロシア革命時にいちはやく共産主義の危険性から干渉軍を組織して介入した名うての反共主義者が、ヒトラーのドイツを倒すためとは言え、いとも簡単に宗旨替えをしてスターリンの共産主義と簡単に手を結んだことに対する疑義である。アメリカとイギリスは一体である英語国民の特別な関係、というのもイギリスの片思いであった。側近の回想録にも、アメリカ(ルーズベルト)に対するチャーチルの卑屈な姿が描かれているという。逆に、ルーズベルトはスターリンといっしょにチャーチルをからかっていたという。ヤルタ会談から主役はルーズベルトとスターリンの二人になり、チャーチルは準主役になっていた。


庶民には絶大な人気があったチャーチルだが、議員仲間からはどちらかというと毛嫌いされていたようである。アクの強く傲岸不遜で、人の話は聞かない。その上、弁がたって手ごわい人。しかし、政治的信条では節操がなかった。根っからの保守党員が突然何と自由党に宗旨替えをしたこともあり周りは唖然。チャーチルの演説は両サイドから拍手があがったという。19世紀的人間で、白人至上主義者(ヒトラーは、アーリア人市場主義者)。インドの独立に頑強に抵抗した。有色人種に対する偏見は酷かったという。ヒトラーとスターリンの残虐非道さは言語を絶するが、チャーチルはそうではないのか。実はチャーチルも無慈悲な人だった。インドのベンガル飢饉の張本人(200万の餓死者を出した)や、ドイツへの無差別爆撃はチャーチルが考案した(ドレースデン爆撃。日本の無差別戦略爆撃を行ったアメリカのカーチス・ルメイはイギリスの戦略爆撃を参考にした)。第一次大戦終了時もドイツへの経済封鎖を休戦後も(ベルサイユ条約署名まで)継続しドイツの餓死者は75万(本当だろうか)の原因を作ったのも彼だという。(ちなみに、アメリカのフーバー元大統領は、この時に食糧支援をして、ドイツから感謝されている)。

チャーチルは確かに偉大な戦争の指導者だった。彼がいなければ、英国は敗北を認めてヒトラーと講和を結んでいたであろう。そして、独ソ戦はなかった!。何故なら、大英帝国の権益を尊重し共存することを考えていたヒトラーを独ソ戦に仕向けたのは、講和を頑なに拒んだチャーチルだったからだ。ヒトラーは何故、独ソ不可侵条約を破ってソ連に攻め込んだか?ドイツと講和をしない英国が当てにしているソ連を打ち砕けば英国はヒトラーの軍門に下るという読みからだった。実際のところ、手を組んだロシアはもちろん、ルーズベルトのアメリカも、大英帝国(植民地主義)を否定し解体することを目標にしていたのだ。

ヒトラ-とスターリンとルーベルトのうち誰が大英帝国にとって本当の敵だったのか。まったくの皮肉である。チャーチルの戦争目的は「大英帝国の利益を守る」ことであったのだから、チャーチルの政治判断(ヒトラーを潰して、共産ソ連とアメリカと組する)は目的と真逆だった。結果として、勝利はしたけれど、全てを失ったではないか。チャーチルは、肝心かなめのところで「頭が悪かった」。判断力がなかったのだ。

ドイツが敗戦し、日本の敗戦が間近のポツダム会談の時点で、チャーチルは首相の座を降ろされた。それが、国民の総意だった。ヒトラーがいなくなって用無しとなったのだ。戦う相手を間違ったが、執念でヒトラーに立ちふさがったチャーチルは戦争には勝ったすぐれた戦争指導者だった。チャーチルが偉大な政治家だったか? この点については疑問符が付く。同僚の政治家たちや歴史の研究者では否定的な見方をする人がかなりいるのだ。極端な人は、チャーチルは大英帝国の偉大さを犠牲に自分自身の名声を勝ち得た、という皮肉な評価をするほどだ。

ロイド・ジョージのチャーチル評:「輝いている男だが、その判断力は燃えたぎる衝動に見合っていない。彼の舵取り装置は、その馬力に追いついていない。」

ボールドウィンの友人への囁き:「生まれよろしきチャーチルに天使は、想像力、雄弁術、勤勉、行動力を贈った。ただし、判断力と賢さは貰えなかった。」

チャーチルは、戦後の英国の凋落と米ソの2大国が競い合う(冷戦)時代を見て、後世の自分に対する歴史的評価にはひょっとすると疑問符がつくのではないか、と遅ればせながら気付き始めたようだ。

平成から令和になった2019年。第二次大戦終了から74年が経過した。アンドリュー・ロバーツというイギリスの歴史家が昨年チャーチルの新しい評伝を出したらしい。是非読んでみたいものだ。チャーチル神話は健在だが、これだけの時間の経過とその間の資料発掘と様々な解釈の積み重ねで、より客観的な評価が可能になってきたのだろう、大変に興味をそそられる。それほど、チャーチル氏の軌跡、人間的な本性、生き様には人を魅了してやまないものがあるようだ。

 

夕食:ピーマンと木綿豆腐のチャンプルー、鯛のアラ煮でビール飲む。アラ煮といっしょに煮付けたゴボウがうまいこと!洋食系が好みの自分だが、両親との生活はいやがおうにも魚を中心とした日本の伝統食がメインになってしまう。

 

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