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2019年5月 2日 (木)

「とどめの一撃」を読了

4月29日(月)晴後、曇り

3時過ぎに目覚めて眠れなくなる。昨夜は21時に就寝したから実質6時間は熟睡した。この歳になるとこれ以上は眠れない。眠ってもうつらうつらだ。3時半過ぎ、読書灯をつけて7時まで、一気に「とどめの一撃」を読了した。

正直なところ、半分まで読み進めるのに、翻訳の問題なのか(訳者は立派な仏文学者)か、原文そのものが日本語になりにくいのか、我慢しながら日本語の意味を組み取りながらがまんして読む感じだった。何とか、半分あたりまでくると話の展開にのり始め、一気にぐいぐいと終末の破局を予感しながら引き込まれていった、そんな感じの物語だった。男同士の友愛と男女の愛の悲劇。登場人物たちはまだ若い20代。主人公は、第一次世界大戦の洗礼を受け、ドイツの敗戦後は反革命軍に組してラトビアで戦い、南米や満州、スペイン内戦等、危険と死との隣り合わせの中で生きていくのを生業としている。スペインのサラゴサで負傷し、イタリアの病院で療養しピサ駅で祖国であるヒトラーのドイツに帰る列車を待ちながら独白が始まる。

友人のコンラッド(ロシア系のバルト人)と主人公のエーリヒ(フランス系のバルト人を父にもつプロシャ人)は、コンラッドの館を根城にボルシェビキ軍と戦う日々。両親を赤軍に銃殺され、兵士から凌辱を受けて心に傷を持つ気位の高い貴族の娘のソフィーは、弟コンラッドの親友であり物語の語り手のエーリヒに恋してしまう。しかし、主人公は、ソフィーと肉体関係を持つが彼女の愛にこたえることを拒絶する。現代風に言えば、タイプじゃなかった。一途に愛するソフィーは報われない愛に絶望しながらも、女の性(さが)そのままに、時には主人公の肉体的な愛に応えながらも愛の一方通行に苦しむ。愛してもらえないエーリヒへの当てつけに他の兵士たちと公然と関係をもったりもする。主人公は嫉妬に似た不快を感じつつも、ソフィーを愛するまでには決して至らない。心惹かれない人からあなたが好きを言われても駄目なものはダメだ。男だから、肉体から得られる快楽を得るには都合がいいから関係を続けるだけの女。男女関係は恋したほうが負けなのだ。主人公は、肉欲を満たす一方で、彼女に対して残酷な仕打ちを続ける。恋の虜になったソフィーは相手から拒絶され続け、どうにもならないことを悟ると、ある日、何気なく館を去ってボルシェビキ軍に身を投じる。そして、主人公の陣営である白軍との戦いに敗れ、捕虜となり、最後は銃殺される運命となる。最後の場面で、ソフィーはあなたに自分を銃殺してほしいと主人公に願いでる。そして、主人公はその願いをかなえることになる。

物語りは、戦争というよりも、エーリヒの言葉によるソフィーと主人公の心理の綾の描写にかなりのウェイトを占めている。最後のエンディングで主人公は、彼女が自分を銃殺する役回りを主人公に仕向けたのは、彼女の愛に報いることをしなかった主人公に対する復讐であり、主人公に悔恨の情を残すことこそが、女のどうすることもできない報われぬ恋心の証で、また、命と引き換えのたくらみであった、ということを悟る。そして、正直に告白する:自分は確かにこの日以来、これまでずっと悔いているのだと。そして、男には、女という存在による罠から逃れる術はないのだ、と。

この物語りでは、時代背景であるラトビアの内戦の白軍と赤軍の戦いや、ソフィーの弟との男の友愛(同性愛?)は遠景にしりぞいたままだ。主人公の独白はもっぱらこのソフィーのことばかりだ。著者は、女性であり、自分の報われない恋愛経験がこの小説に反映されているらしい。自分をソデににした無慈悲な男への小説による復讐劇。書くことによって自分の心の傷は癒されはしないけれど、あるていど自分の中の収拾がつかない情念のモツレを整理しながら、それから距離を少しばかりは置くことが出来たのだと思う。処方箋だ。読みながら、この独白形式で徐々に終末の悲劇に向かうドラマチックは筋立てに、コンラッドの「闇の奥」を思い出してしまった。

日本語という翻訳語の限界なのか、原文(フランス語)の美しさと情感を日本語に移すことは至難の業らしく、よき作品を読了した際の余韻ら
しきものはあるていど感じることはできたものの、訳文の読みにくさに加えて、作品としての構成内容のアンバランスなど欠点の多い失敗作ではないかと思えなくもない。それでも、フランス語ですらすら読めるのだったらもっと感じ入る何かがあるような気はする。

著者の名前で思い出したのが、三島由紀夫に関するエッセイだ。早速読もうと本棚を探したのだが先日整理した際に動かしてそれが見当たらない・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

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