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2019年6月19日 (水)

なかなか爆釣モードにならない釣り。ゾルゲスパイ事件について。

6月13日(木)晴れたり曇ったり~6月19日(水)晴れたり曇ったり

またまた日記とご無沙汰してしまった。

イシモチ釣りがなかなか爆釣モードにならない。2時間から3時間やって1尾か2尾ではどうしようもない。釣れないわけではないが時合、バタバタっと押し寄せる生命の息吹みたいなものがないのは寂しい限りだ。どういうことなのだろう。

6月13日の一尾(イシモチ26㌢)@那珂川河口

Ishimoti-26cm

イシモチのボンファム風。

Bonfamu

6月14日の3尾(シロギス3尾、18~19㌢)@那珂湊漁港

Shirogisu-3

本の整理がとまったままだ。コンマリさんの言う通り思い切りが大事だ。もう2度と読まない本はどんどん捨てよう、と思いつつ捨てきれない。
グッバイ・トゥー・ブックス。お別れするにしても今一度何等かで手にして買った本なので確認して処理してから捨てよう、そう思い始めている。その一環ということではないけれど、昔ドイツ語を習いたてのころ、19世紀の作家でシュトルムという人の対訳本を読んだ。整理したら出てきたので先週家籠りしていた間に、毎朝一つずつ読んだ。「広間にて」「マルテと彼女の時計」「陽を浴びて」。高橋義孝訳のみ「みずうう」、「ヴェローニカ」「大学時代」も再読した。

Storm

北ドイツ人のシュトルムは法律家。南ドイツ人のカロッサは医者。創作者(Dichter)としては2流だとは大学時代のN先生の言。カロッサは、第一次世界大戦に軍医として従軍した「ルーマニア日記」を読んだことがある。未読の岩波文庫「美しき惑いの年」を読み始めることにした。毎朝、一篇ずつ。

 

さて、孫崎享氏の「日米開戦へのスパイ」について。

ゾルゲスパイ事件というのは東条英機が近衛文麿政権を崩壊させるために仕組んだ政治的な陰謀だった、というのが同氏の主張で驚いた。日米交渉にあくまでこだわって開戦阻止に望みをかけていた近衛文麿だったが、巌のごとく立ちふさがる陸軍に脅され、ずるずると譲歩を繰り返していた。日米開戦は9月にすでに決定していたが、11月になっても非戦に望みをかけ、ルーズベルトと直接交渉し、天皇陛下の聖断で開戦を阻止することも考えていたようだが、結局、意志薄弱もあって実現することなく、政権を放り出した、と従来はされてきた。しかし、ことはそんな単純な話ではないらしい。

そもそもゾルゲ・スパイリングというのはそれほどおおがかりなものだったのか。赤軍情報部のゾルゲの親分はスターリンの粛清にあい処刑されていた。ソ連崩壊後の資料では、ゾルゲ情報の信用度は低かった。ゾルゲはドイツのスパイだと疑われていたのだ。スターリンは複数の情報網があり、赤軍情報はそのひとつにすぎない。独ソ不可侵条約を破ってヒトラーがソ連を攻める情報はあらゆるところからスターリンには来ていた(チャーチルも私信で警告していた)が、スターリンは信じなかった。そもそも、スターリンの大粛清という凄惨な粛清劇は、ドイツ諜報機関の仕掛けた偽情報をスターリンが信じたために自ら引き起こしたというトラウマがその原因だったらしい。

死刑になった後も祖国ソ連では無視され続けたゾルゲだったが、1960年代半ばにひょんなことから英雄として称えられることになった。冷戦の最中である。ゾルゲ事件は、冷戦下のアメリカによる反共政策(赤狩り)に利用された面もあり、その反動もあったのだろう、ゾルゲの顕彰はソ連側の反資本主義プロパガンダであったようだ。

そして、現在知られているゾルゲ事件だが、ことの真相の一面だけが冷戦時代によって極端にゆがめられたまま現在にまでいたるのだ、というのが孫崎氏の主張である。ゾルゲは自分の情報をソ連だけでなく、いわゆる反ファシズムのスタンスを取る人には分け隔てなく提供していたらしい。それというのも、自分がソ連で評価されていないことへの不満があったからだ。ゾルゲの情報は、実はアメリカやイギリスやフランスの要人にも提供されていた。ゾルゲ・スパイリングの情報は、もっと上のレベルの国際的な諜報ネットワークの中で流通していた。

一つの手がかりは、イギリスのMI6の大物スパイであったキム・フィルビー事件で疑いをかけられていたフィルビーがベイルートからソ連へ亡命した(1961年)ことが切っ掛けとなって、スキャンダル(ソ連側のプロパガンダ的な暴露を恐れて)を恐れたイギリス諜報機関が先手を打って出版した本A man called intrepid(イントレピッドと呼ばれた男)である。この本には日本に関する部分でそれを暗示する記述があるのだという。

暗号名イントレピッドというMI6諜報員がやったことは、第二次世界大戦中にチャーチルがルーズベルトと話をつけて、イギリスの諜報機関がアメリカ国内で堂々とアメリカを戦争に参戦させるため行った世論誘導作戦=アメリカの孤立主義派追い落としキャンペーン(リンドバーグなどの有力な孤立主義者を貶めるキャンペーンを張ったり、ハリウッドでは反ナチス映画を作った)である。

ゾルゲの日本国内の情報ネットワークには、実は執行猶予とはなったが事件に連座した共産主義者・西園寺公一(西園寺公望の息子)がいるほか、陸軍(特に、皇道派)ともつながっていた。しかし、陸軍には司直の手は伸びていない。況や、英米他の関係筋についても同様である。今日までゾルゲ事件の研究からはこの部分が抜け落ちたままなのだ。

Sorge

終末は1ヶ月ぶりの上京。叙々苑でYちゃん親子と焼き肉を賞味した。

Jojoen

その前後も含めてこの数日は、某通信添削に関わることに没頭、なれないこともありエネルギーを消耗してしまった。続けるべきか、やめて、もっと単純で歩合のいい仕事をするべきか。

一段落した明日は降水確率30%だが、早起きして久しぶりの釣りに出かけようかと思っている。大潮で絶好のタイミングだ。大釣りは大潮直後の中潮とはいうらしいが。

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