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2019年6月11日 (火)

梅雨入り。家でくすぶる日々。

6月11日(火)曇り、時々雨

先週金曜日から今日まで、天気が崩れた。梅雨入りである。気温は下がる、雨が降る、風が吹きまくるという悪天候で、家に閉じこもったっまま家事(毎度の食事の世話)をしながら、読書に没頭。

この一週間はもと外交官・孫崎享氏の「日米開戦の正体」と「日米開戦へのスパイ」の力作2冊を読破した。前者は500㌻、後者は340㌻近い膨大なものだが、学術論文とは違う文体で読みやすかった。

満州事変からシナ事変、そして真珠湾攻撃と1945年の敗戦。著者は、軍事史上最悪の愚挙「真珠湾攻撃」に至る道のりの淵源を日露戦争の結果締結されたポーツマス条約を日本が当初から勝手に間違って理解していたことにあると指摘している。条文を読めば、南満州鉄道の利権がロシアから日本に移されただけであって、満州そのものの主権は清朝(1912年以降は中華民国)であることが明記されているのが、日本では、「満州は日本の権益」というものにすり替わって行ってしまった。伊藤博文は本来の意味を明確に意識してしており大陸進出へは慎重な構えだったが、対立する山県有朋は「満州の権益」積極派だった。伊藤が暗殺されたことにより、山縣の大陸進出派が力を得ていく。この流れができてそれが1945年の敗戦に行きついたのだ。

また、著者によれば、日露戦争で勝ったけれど、戦費(外債)の償還と満州利権を維持する経費としての軍事費だけで国家予算の60%をしめるようになったことは、国民の生活を犠牲にした上でとてつもない無理を日本に強いる経済問題を引き起こし、日本に社会不安を作り出していったことが真珠湾に繋がっているとも指摘している。

真珠湾攻撃までの流れを追っていくと、結局、要所要所で、満州(満蒙)権益をベースにした陸軍(と現地の関東軍)と利権集団が「巌」のごとく日本の政治と外交(国際協調路線)の前に立ちはだかり自分たちのペースで満州→中国本土侵略→ベトナムと南進に向けて(国際敵対路線)勢いを増しながら真珠湾攻撃に向かっていく姿に、改めて唖然とするばかりである。

全ては、日本人の国際環境における自らの力を客観化する能力のあまりのお粗末さ、日本の不敗神話のもとリアリズムの欠如した自己の力の過信、中国への侮蔑、第一次世界大戦後の新しい政治意識=民族自決の潮流への無理解、他民族へのシンパシーの欠如、英米帝国主義を批判しながら、中国や朝鮮、台湾で帝国主義をする矛盾を冒し、本来できるはずもない身の程知らずの妄想を抱き続けて(近衛さんの「英米本位の平和秩序を排す」はいいのだけれど、やり方があるだろう!)破滅への道を突っ走ってしまった。アメリカの陰謀を言う前に、やすやすとその筋書きにそって、ド派手に真珠湾攻撃をやらかした日本とは一体なんなのか?

軍部の独走というけれど、おぼろげに見えてくるのは、時々の状況にあわせて時流に乗った権力に迎合して自分もその権勢にあずかろうとする日本人の性向に行きつくと、著者はいう。外交を任された外務省を例にとれば、吉田茂は、戦前においては、対中国積極論者となって自ら陸軍に迎合して外務次官になった過去が戦後においてきれいさっぱり忘れ去られていると指摘。佐藤尚武、牛場友彦らもそうであった、と。そして、そんな過去をもつ彼らは、節操もなく、戦後はアメリカという新しい権勢に迎合したのだと。外務省の伝統であった英米協調主義を体現する幣原喜重郎らの伝統に背を向け、時の日本国の権力中枢であった陸軍に迎合し権勢に預かりのし上がった一群の人々がいたからこそ陸軍の独走が可能になったのだと。エリートの節操のなさ、責任感のなさ。国益がかかった場面で、間違っているのではないか、と思っても保身、自らの利益などから変節し、時の力に身を委ねる無節操ぶりが見えて来る。外務省ばかりでなく、権力を監視するマスコミが軍部を応援した罪も大きい。(これは、日本ばかりだけではないように思うが・・・・)

ライシャワーの「権威に弱い日本人の全体主義的な無差別奴隷社会」が開戦前の日本であった、という言葉が耳に痛い。余裕しゃくしゃくの豊かなアングロサクソン社会の人々の本音であろう。著者は、これは、戦後も変わっていないのだという警鐘を鳴らす。つまり、日本人一人一人の民度の問題なのだ、と言う。いう所は、戦後豊かになったにもかかわらず日本人は変わっていない。権威・権勢になびく度合いがひどい。小室直樹氏の「腐朽官僚制」の構造的な日本の問題とならぶシリアスな日本が克服すべき宿痾。

外務省の荻原徹氏の「大戦の解剖」からの引用:大戦を振り返って一番驚くことは、戦争の始めから、この戦争そのものに対する彼我の考え方が根本的に相違していたことだ。日本の当局は始めから「この戦争は、ある地域を占領して頑張っていれば、向こうが嫌になって結局妥協で戦争を終わりえる」と考えていたのに対し、アメリカ側は、はじめから、あくまで東京を占領して、再び日本が侵略をおかし得ないようにしなければならないと考えていたのである・・・・・。何といっても決定的な誤算は、アメリカが妥協によって戦争を終わるという判断であったというべきであろう。

そして、悔やまれるのは、ポツダム宣言の受諾は、あくまで突っぱねる陸軍を前に天皇陛下が「ご聖断」をして決着したが、開戦の際に何故非戦のご聖断ができなかったのか。「独白録」で非戦を詔勅すれば日本に内乱(革命)が起こることを恐れた=つまり、幽閉か、場合によっては、首を取られることを恐れた、ということらしいが、敗戦後マッカーサーに戦争の責任は自分にあるから自分の身の覚悟はできている趣旨をのべるくらいだったら、なぜそのときに命をかけて阻止しなかったのか。戦犯に指定され自殺した近衛文麿も同じである。そして、真珠湾攻撃が延期されていたら、真珠湾攻撃時、ドイツがモスクワ目前でストップたわけで、ドイツの勝利が怪しいことが判明し、真珠湾攻撃は実施されなかった可能性が大きい。

以上、「日米開戦の正体」の雑感。「スパイ」のほうは後日また・・・。

Nichibei

週末から本日まで天候で釣りは出来なかった。先週の木曜日、3時間ほど那珂川河口で竿を出したが、1尾の貧果。ボウズではなかったが、陸釣りはまだまだのようだ。

Kakou Ishimo

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