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2009年7月19日 (日)

間奏曲~サッパ釣り

不振にあえぐイシモチ釣り。ビギナークラスの私にとっては超えなければならない山なのだが。インターネットサイトでいろいろ情報を検索すると10匹だ、20匹だ、30匹だとある。何故なのか?釣れないのは、釣っている場所に①魚がいない ②魚がいるけれども食い気がないのどちらかだろうと察しがつく。

魚が居る場所、つまり釣れる場所が大事だ。これまで2箇所しか試していないがそこそこ釣れる場所だから結構な釣り人もいるわけだ。ところで、魚がいるけど食い気がないというところが味噌だろう。「時合(じあい)」が大切だ。お魚さんたちは24時間食事をするわけではない。潮の干満(上げ潮、下げ潮)、潮どまり前後、朝・夕マズメなどなど。

鹿島方面が釣れるとは聞いているが、自分としては地元にこだわりたい。観察していと、やはり地元の日焼けした漁師風の人は釣れないながらに数を上げている。自転車でさーっとやって来て竿一本で2時間。その間に10匹とは行かないがポツン、ポツンとコンスタントに25cm前後のサイズを釣り上げるのだ?何故なのか。

釣れる時間と場所が分かっているのだ。先週の自分のように「これは無理だな」と思ったら、さっさと諦めること、釣れるとなったら手返し良く、私のように仕掛けを絡ませたり、隣の人とお祭りして時間をロスしたりしないで集中して釣ること・・・・・。私のようにとにかく一匹上げるまではとバカな粘り方はしないのだ。

8月に国際イベントを控えて日に日に忙しくなる此の頃。しかし、仕事中も時折、イシモチが亡霊のようになって私の脳裏に現れてくる。

昨日は、待ってましたとばかりに午後から竿を担いで(実際には車のトランクに入れて)釣りに出かけた。ただ、「保険」が欲しかった。半日やって何も釣れないのは辛い。それで気になっていた涸沼川に寄り道した。大貫橋周辺は一ヶ月前にサッパ釣りで盛り上がっていた。あれなら、自分も出来るし、ちょっとやって見ようという気持ちだった。

14時過ぎ、途中釣具店によってサビキ仕掛けなるものを買って、釣り場に到着した。サビキの種類の多さには呆れる。何を買ったらいいのかビギナーには分からない。安売りの3セット180円、6本針の5号と6号をとりあえず一つつず買ったのだった。

現場は一ヶ月前ほどの賑わいはなかった。もうシーズン終了間際ということだろうか?しかし、彼方此方で銀色の魚体が水面から上がっているのが確認出来た。早速、超安値で購入したサビキ釣り用の磯竿らしき竿(4.5メートル)にとりあえず5号針と3号の錘をセットして投入した。流れは上げ潮になって涸沼の方にゆったりと逆流している。これが大潮ならサビキしかけの下の3号錘はあっという間に岸の方に流されてしまうところだ・・・

第一投は空振りだった。隣の人が少し遠めに投げてサビキながらやるといいとアドバイスしてくれた。第二投で2度、3度サビいていると、コツツン、コツツツ~ンと小さいアタリが来た。リールを巻くと約12センチの小型のサッパが一匹付いていた。サッパ釣りの開演である。

16時過ぎまでの2時間、一度根掛かりで仕掛けをなくし、本日2本目投入の6本針仕掛けが根掛かりで下から一本ずつ針がなくなり最後は4本針での釣りとなったが、かなりの数のサッパを釣った。ほぼ入れ食い。時折、2度、3度の空振りはあったが。サイズもだんだん大きくなって15cm~20cmのものも結構混じった。

右隣に陣取った年配の人は6メートルはあろうかと思われる延べ竿で針が10本くらい付いてる竿で私より後から来て私より沢山のサッパを釣っていた。針は3号か4号?ハリスは大丈夫?柔らかい竿なので15cm超えのサイズが来てもハリス切れしないようだ。

サッパというと関東では外道扱いされる魚らしい。岡山県では「ママカリ」と言ってとても美味しいお惣菜になる魚だというが。しかし、近年関東でも徐々に食べる対象として浸透してきているのだそうだ。このサッパは寿司でもお馴染みのコハダの仲間だという。酢で締めた青魚は私の大好物だ。しめ鯖には目がない。オランダで味わった酢漬けニシンも大好物。だから、サッパ釣りも悪くない。下の写真は今日の釣果だ。何匹いるでしょう?答えは一番最後です。

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16時半前、前半戦を終了して大洗へ。アオイソメ2パックでのイシモチ釣りである。砂浜から遠投をしようと目論んでいたがどこも海水浴客でごったがえしている。諦めて那珂湊漁港の堤防へ移動した。2週間前に終日粘って一匹も釣れなかったあの場所である。2000円分のアオイソメと秋刀魚餌をクサフグに献上してしまった悪夢の釣り場である・・・。

帰宅したのは深夜だった。17時過ぎから釣り始めて3時間はまったく釣れなかった。何度かアタリらしいものはあった。一度はフグに針を切られてしまった。しかし、前回のような投入してすぐにチリチリと竿先が震えるようなフグ攻撃はなかった。我慢、我慢と自分に言い聞かせてながら、バシバシバシッとあの強烈なアタリが来たのは21時を過ぎる頃だった。日が暮れたせいもあり、50歳を過ぎた老眼気味の私には餌付けはもちろん、身近なところの視力がぐっと落ちる。投入した2本の竿にそれぞれトラブルがあって、片方は仕掛けを力糸ごとロスしてしまった。片方は何とか回収できた。今回はなれない夜釣りで竿先につけたケミホタルと道糸のトラブルだった。

待望の25cmサイズのイシモチを釣り上げて時合が来るかぁと、期待したが、その後また1時間は沈黙。徐々に意気消沈。餌もだんだん無くなってきた。22時過ぎ、バシバシッではなくヒクヒクヒクという微妙なアタリがあった。フグとは違うナ、小型のイシモチかナとリールを巻いて見ると目測16cmの超小型のイシモチだった。残り少ないアオイソメをたっぷり付けて再び投入。もう一方の竿を片づけた。と、またヒクヒクヒクという微妙な竿先の動き。ソーレ、とばかりに竿をあおってリールを巻くと軽い。空振りかぁ?と思ったが上げて見ると目測17cmの先ほどより1cm大きめのイシモチだった。

あと一回分のアオイソメを針に付けてラストチャンス。しかし、空振りだった。諦めきれずにサッパ2匹を取り出し身餌にして30分ほど釣りを続けた。1度ヒクヒクヒクとアタリが来たが、空振り。時計を見ると23時を回っていた。ヤバイ、ヤバイ、家に帰らねば・・・。

20cmサイズを5匹以上釣ろうとというビギナーの儚い目論みは残念ながら露と消えてしまった。周りは小雨ならぬ霧雨だった。

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サッパの釣果:

57匹(2匹はイシモチ釣りの身餌に)。

2009年7月11日 (土)

ニイニイゼミの声を聞く。そしてイシモチ釣り・・・

昨日の金曜日。キャンパスを歩いていいるとニイニイゼミが落ちていた。絶命していた。♀みたいだった。縁起が悪いなどとはまったく思わず、拾ってカバンにしのばせ、帰宅後写真を撮った。もうニイニイゼミが鳴く季節なのだ。今年はまだ聞いていないが。

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一週間仕事に追われて家と職場を往復していそいそと食事を掻きこんで睡眠を取るという日々が続く。そんな折の気晴らしは、懐かしの名画を見ることか?BS放送で先週だが、「荒野の用心棒」を見た。クリント・イーストウッドが若い。眉間に皺を寄せ寡黙でマッチョな男を演じている。「太陽にほえろ」の石原裕次郎もそうだった。悪役のジャン・マリア・ボロンテとの最後の決闘シーンも良かった。しびれたね~。同じ週に「荒野の決闘」や「シェーン」をやっていたけど、断然「荒野の用心棒」だと思う。のこりの二つは見ていてまだるっこい感じがして途中でチャンネルを変えてしまった。マカロニ・ウェスタンは変な理屈がなくて男の美学にあふれている。やっぱり、監督のセルジオ・レオーネだね。黒澤明の「用心棒」の西部劇版だというけれど、その黒澤明は「荒野の決闘」や「駅馬車」を作ったジョン・フォードからいろいろ盗んでいるという話だ。

このところ天気が安定しないが、今朝はヒヨドリのうるさい声で4時半に目が覚めてしまった。先週の釣りは散々だった。腰が重い。またボウズが怖い。餌取りフグの猛攻撃で戦意を喪失してしまった。の、だが、やっぱり、3時間くらい釣り糸を垂れて見ようか?幸い雨は降っていない。

ということで、今朝は那珂湊ではなく大洗へ。釣り公園に足を運んだ。超満員だった。釣り始めてすぐ隣の人がフグを釣り上げた。いやな予感。 右手には、やたらに声の大きいもと野球部という感じの日焼けした長身の男とたぶんガールフレンドにもうひとり先輩格の釣り師という3人組が陣取っていた。どういうわけか、この3人組に次々とアタリが来る。また来たぁ~を連発する日焼けした長身の男には参った。おまけに、ガールフレンドは、超ビギナーズラックか、第一投だかなんだか早々と20cmを超える良型のイシモチを釣り上げた。

右目で睨みながらイライラする私。しかし、アタリはサッパリ来ない。喧嘩したガールフレンドの呪いがまだ解けていないのだろうか?やっと、釣り始めて2時間ごろ、16cmほどの超小型イシモチが3.9mの投げ竿に掛かったのだった。泣きたい気持ちだった。そして、そのまま、また竿は沈黙続けた。左手の太平洋側に突き出た奥の場所と右手の3人組以外はサッパリ釣れていない。どうしたことだろうか?うーん、帰ろうかぁ、目がチラチラし始めたとき、やっと、あのバシバシバシッというアタリが来た。一呼吸置いて竿をしゃくるとグーンと重みが乗った。来た来た来たぁ、やっときたぁ。これをどれほど待っただろうか!水面から姿を現したのは目測23cmの銀色に輝くイシモチだった。

時計を見るともう12時だ。時間切れだ。これを潮に納竿として家路についた。結局イシモチ2匹と外道にカニが2匹という貧果だったが、一応イシモチの姿を拝むことが出来てとりあえずは納得したのだった。明日は母の77回目の誕生日である。もうちょっといいサイズのものをあと2匹、3匹は釣りたかった。

次回は釣り公園が締まる19時以降に、浜からの遠投で夜釣りをやってみようと思う。

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2009年7月 7日 (火)

イシモチは何処へ?

このところ曇空と時折の雨の日々。昔の梅雨とはいささか趣きが異なるのだが、なかなか釣り日和とならない。

6月の始めに孵ったコブハクチョウの雛はすくすくと育っている。

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職場の近くを歩いていたら超ミニサイズの蛙君に遭遇した。それが下の写真だ。

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このところ訃報が多いし、毎日蒸し暑いし、彼女と喧嘩したり、イライラし通しである。週末は雨の天気予報にも関わらず釣竿を持ってイシモチ釣りに出かけたが、心の中は落ち着かない。いつもなら無心に釣りに没頭するはずが、雑念が心の中に入り込んで来るのだ。どうした、君ぃ~・・・。

秋刀魚の切り身とアオイソメ3パック、合計2000円分の餌を準備して早朝から午後遅くまで一日釣り糸を垂れたのだが釣れるのはフグばかりだった。イシモチ一匹の姿を見たら帰ろうと粘ったもののとうとう最後までその姿を見ることは出来なかった。舶来のアオイソメはすべて餌取りのフグに献上してしまった。

外道のフグ君だが、釣れたばかりの君は美しい。目の淵はオレンジ。目の色はエメラルドグリーンだ。口は小さいくせに鋭い歯で投げ入れた仕掛けの餌を30秒で食い尽くしてしまう餌取りであった。しかし、美しいものには棘どころか、猛毒が隠されている。君はどのみち食えないのだ・・・。

Ca1flvgf_3   イシモチの姿が消えた。一体何処へ。まさか、喧嘩中の彼女の呪いではあるまいに・・・。

2009年6月 7日 (日)

コブハクチョウの雛、サンコウチョウ、ホトトギス、そして本日イシモチを釣る。

先週半ばのこと。ゆっくり朝食を取り10時前にいつものように千波公園を歩く。ついにコブハクチョウの雛が孵ったようだ。一ヶ月近く抱卵していたと思う。いつなのか、いつなのかと待ち続けたのだが、ついに3羽の雛が孵った。

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今週の火曜日のこと。コブハクチョウ親子に挨拶してもみじ谷を通り抜けて桜山を歩いてているとホーイ、ホイホイという声が聞こえてきた。心臓がドキン。エーッ、もしかして、サンコウチョウ!?立ち止まって耳をすます。ホーイ、ホイホイと護国神社の境内の裏の雑木林付近から聞こえる。忍び足で近づいて、カバンから双眼鏡を取り出してじっと待機する。ホーイ、ホイホイ。2度、3度、4度と鳴く。しかし、姿は見えない。 焦ってきた。そして、とうとう鳴き声が止まってしまった。残念だった。移動の途中だったのだろうか?

今年はホトトギスの鳴き声をまだ聞いていない。水曜日の夜中にうとうとしながら夢うつつの中で聞いたような気がした。

今週末は天気予報では雨模様で釣りは駄目かと半分諦めかけていたが、土曜日の昼から雨があがった。御日様が顔を出した。ヨシッ、明日の日曜日は1年前のリベンジだ、とばかりに今朝は早起きしてイシモチ釣りに出かけた。

http://birds-eat-bookworm.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/index.html

昨年は久慈川河口だったが見事な空振り。今日は無理をせず大洗港魚釣園にした。電話で確認して見ると午前中が釣れるらしい。仕掛けも本格的なタックルは必要なくチョイ投げで良いという。

昨夜は22時に就寝。興奮したのか深夜1時に一度目が覚め、トイレに行ってまた寝る。次に目が覚めたのが3時半。もう眠れなかった。仕方なくベッドのなかで、マッキンダーの「デモクラシーの理想と現実」を読む。大英帝国が誇る大戦略家である。曽村保信氏の「地政学入門」を参照しながら。日本人は戦略が苦手である、と言われるのが気になっていた。そもそも戦略とは何ぞや、といろいろ勉強を始めたところである。

5時半にベッドから抜け出して車を飛ばし大洗へ。青空が広がり期待感に胸が膨らむ。わくわくどきどき。ああ、たまらない、この感覚。鶏五目のおにぎりとチキンカツサンドの朝食を駐車場で取って、6時40分に入園。300メートルほど歩いて釣り場に到着。2本の竿数制限があるので、3.6mと3mの柔らかめの投げ竿を準備した。仕掛けは12号の2本針胴付き仕掛けと五目釣り用の9号針2本の吹流し仕掛け、錘はとりあえず10号を装着して早速仕掛けを投入した。

時折強い風、それも北風が吹くいている。思ったより風が冷たい。いやな予感。しかし、この不安を吹き消すかのように、10分ほどで3mの方の竿をまず聞き合わせるとブルブルという軽いアタリがあった。リールを巻くと目測18cm前後の小振りなイシモチが釣れて来た。やったぁ!イシモチを始めてゲットォ~!

日曜日の魚釣り園はごった返している。いつの間にか右隣には子供二人を連れた親子が陣取り3本の竿を投げ入れる。しかも、私の真正面にも平気で・・・と言うかぁ、仕掛けが真っ直ぐ飛ばないようだ。そして、早速「おまつり」となってしまった。「スミマセン」、とお隣さん。「イエイエ、風も強いしお互い様です」と私。仕掛けがごちゃごちゃになって10分近い時間のロス。気を取り直して餌を付けていると、3mの竿が激しくお辞儀した。来てる、来てる。左手のベテランらしき釣り師からも声が掛かった。リールを巻き上げると目測22センチのまあまあのサイズのイシモチが釣れたぁ。

この調子なら結構行けるかな、と思い始めたのだったが、お隣さんの相変わらずの「おまつり」攻撃に悩まされる。しかし、お子さんもいるし、怖い顔はしないでニコニコしながら良いんですよ、気にしないで・・・。善隣外交である。

堤防の先端では常連さんが生餌を使ったヒラメの泳がせ釣りをやっている。そして、歓声があがった。ヒラメが来たのだった。目測40cmのなかなかのサイズ。左隣のベテラン釣り師は、ここの最高記録は70数センチです、と仰る。この釣り師は昨夜から徹夜らしい。夜釣りでアナゴとハゼを釣ったそうだ。見せてもらうと、50cmサイズの見事なアナゴ2本と20cm以上と思われる結構な数のハゼとシャコがアイスボックスの中に納まっていた。

今日は大潮だけれど干潮は10時前。潮回りはそれほど良くない。釣り始めてすぐに狙ったイシモチ2匹釣って気をよくしたもののその後アタリが来ない。周りがぽつりぽつり釣れているのに。ようやく8時半過ぎにまた小振りなイシモチが2匹、3mの竿に連続して掛かった。

それからまた1時間半近くまったくアタリがなかった。どうなってるのだろうか? しかも今日はまだ3mの竿にしかアタリが来ないなぁ、と思い、3.6mの方の竿の仕掛けを9号針の吹流し仕掛けに変更して見ると、何と早速アタリが来たではないあ。こんな物だろうか? その後、3mの竿にも1匹、そして、3.6mの竿に連続ヒット。 11時過ぎまでで合計7匹が釣れた。

しかし、その後は続かなかった。12時半ごろに釣れた21cmサイズのイシモチが最後になった。朝の内は潮に濁りがあった。しかし、昼ごろから澄んできて徐々にアタリが遠のいたて行った。周りではみながサビキ釣りを始めた。私は準備して来なかった。満潮は16時ごろだ。15時まで粘って見たが風は強いし、時折回収する仕掛けは餌が付いたままになって来たところで納竿とした。 せめて10匹(「ツ」抜け)したかったのだが、イシモチ釣り第2弾としてはまあまあのところじゃないかぁ、とそれなりに納得して家路に着くことにした。

車の中はサウナ状態だった。窓を開けて田園地帯を安全速度でビュンビュン飛ばす。途中、涸沼川の大貫橋で寄り道した。釣り人が川岸にずらりと並んでいるのだ。海から涸沼に遡上してくる回遊魚のコハダとサヨリが釣れているという。10分ほど見学したが彼方此方で釣れている。20cm~25cm前後の良型のコハダだ。地元の農家の老夫婦の魚籠を覗かせてもらったら、スゴイ数だった。

うーん、こっちも面白そうだな、いやいやしばらくはイシモチ釣りを極めなくては・・・心の中で一瞬だったが葛藤があった。我に返って再び車に戻り、見渡す限り広がる田園地帯を疾駆しながら、車中を満たす心地良い風と遠くからはっきり聞こえてくる今年初めてのホトトギスの鳴き声にうっとりしながら16時前に帰宅した。イシモチは早速家の人に調理してもらい、軽く焼いてから煮付けにしてすべて供養した。身が柔らかいイシモチだが、焼いてから煮つけると身が締まっていて思った以上に美味だった。

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2009年5月10日 (日)

メバル釣り第2弾~超小型カサゴを釣る・・・

連休後半はプライベートなことで上京。知り合いのシングルマザーが子育て奮闘中でストレスを溜めたため急遽「お助けマン」として登場する羽目になった。昨年11月のディズニーランド以来だ。まるまる2日間、その2歳半という女の子のお守り役で近くの公園で三輪車に乗せたり、砂遊びをしたりヤギや羊に餌をやったり、すべり台で遊んだり、家の中で積み木遊びやミニ機関車遊びをしたり、日本語の絵本を読んだり、いっしょにディズニーのDVDを見たり、ご飯を作って食べたりで子育ての経験のない自分にはすべてが新しい体験で新鮮でもあり楽しくもあった。が、正直やっぱり終わって見たらぐったり疲れたネ。子育てはやっぱり大変だと実感。母は偉大なり、である。

疲れを引きずって連休明けの後半はまじめに仕事をして待望の週末。昨日の土曜日はゆっくり目を覚まし、CDで野鳥の囀りを聞く。4月半ばに出合ったコサメビタキの囀りを何度も聞く。渋い囀りだがなかなか美しいと思う。ついでにトラツグミの囀り。あんな大きい体してこんな幽玄な囀りをするのだから不思議なものだ。

ポカポカと初夏の陽気に気持ちよくなり「釣り道具いじり」を始めた矢先に電話がなった。勤務先の隣の部所の責任者からだった。土曜日に勤務するはずの学生アルバイトが来ていないという。「分かりました、すぐ行きます、15分で・・・」。

ということで、のんびり気ままに男の遊び道具に興じていた気分は壊れ、やれやれと溜息をつきながら車で職場へ向かった。学生に連絡すると、「スミマセン、寝坊してしまいました」。「大丈夫ですよぉ~。早く来てくださ~い」。自分の学生のころを思い出した。若いというのはうらやましい。いくらでも寝られるのだ。シングルマザーの2歳半の幼児に至っては10時間の夜の睡眠プラス昼間の2時間~3時間の昼寝。1日の半分以上は眠っている。

帰宅するともうお昼。家の人は地元の野球場で行われるイースタンリーグの巨人対西武戦の試合の招待券をもらったとかで早々と車で出かけていった。車がなければ釣りに行けない。仕方なく、一人留守番をしながらベッドに入り本を読むことにする。

「対論・異色昭和史」 鶴見俊輔・上坂冬子(PHP新書)

「君子の交わり、小人の交わり」 養老孟司・王敏(中公新書ラクレ)

「本質を見抜く力 環境・食料・エネルギー」 養老孟司・竹村公太郎(PHP新書)

いずれも対談集で肩が凝らずに読める。斜め読みである。上坂冬子氏は保守派の論客で最近亡くなられた。鶴見氏については学生時代に友人が読んでいた「転向」(思想の科学)を編集した哲学者。べ平連で小田実らと活躍したリベラル左派の人。まさに異色の対談だ。アメリカの赤狩りの影響で自殺したハーバート・ノーマンやアメリカの学界から追放されたオーウェン・ラティモア、それとの関連で都留重人の話。ゾルゲ事件や尾崎秀実のこと。最近は明治維新から昭和の大東亜戦争敗戦までに関する本を読み漁る自分だが、昭和の空気を知る人の話は、歴史としての事実と評価とは別次元に属すると思うが話としては興味深い。結局本当のところは誰もわからないのだと思う。もっともありそうなこととして人間理性にもとずいて推論するのが歴史というものだろう。

養老氏の本は売れすぎているので今まで敬遠してきたのだけれどこの機会にまとめて読んで見ようと思っていた。理科系人間による文化系人間の批判として「目から鱗」の指摘が随所にあって刺激がある。近代日本の歴史の総決算の一つとして大東亜戦争の敗北があるが、理科系の竹村氏の昭和15年の石油産出量のグラフを出して語る説得力は誰も否定できない。それによるとアメリカが圧倒的に算出、次がソ連だった。中近東は当時まだスズメの涙程度だった。驚くべき事実として、ルーズベルト大統領は1940年にすでにサウジアラビアで石油利権の布石を打っている話。ヒトラーはなぜ独ソ戦に踏み切ったかと言うとファシズムと共産主義が水と油からではなく、単にコーカサスに石油を取りにいったから。第三帝国を作って見てヒトラーは帝国を支えるには膨大な石油が必要だということに気付いた。だからスターリングラードなのだ。石油禁輸が日米開戦の究極の原因というのは昭和天皇も認識していたようだが、独走した軍部には資源のことより戦争による出世があったこと。

話は飛ぶが、何故に日本が軍国主義になったのか?分かったような気がした。明治維新・日清戦争・日露戦争と日本が力をつけていくにしたがって軍部は一つの大きな官僚組織、つまり既得権益化していく。そして、平和とは出世の道がなくなることでマーケットとしての戦争が必要であった。これって、第2次世界大戦後のアメリカのことにも通じるのではないか?アイゼンハワーの言った「産軍複合体」は第2次世界大戦、冷戦を通して巨大化し冷戦が終わってどこにも敵がいないので軍縮すればいいのを、テロリストへの戦争とか悪の枢軸「イラク・イラン・北朝鮮」とか「文明の衝突」とかいろいろ理屈をつけて既得権益を守り一艘の肥大化(特に通常兵器のハイテク化)し自らを維持しようとする力がアメリカの政治外交を動かしているのである。

王敏女史との対談は養老氏の守備範囲の広さを証明してくれる楽しい読み物だ。宮沢賢治に惹かれて日本留学に来た王敏女史は文化大革命世代である。中国と日本は異文化であると言い切る。どこが共産主義なのか分からない中国は結局儒教的=都市文明的であるのに対し、日本は仏教的で都市文明になりきっていないところがある。中国の山には昆虫がほとんどいないから野鳥も極端に少ない、という養老氏の後書きにはぞっとする。日本は「死んだらオシマイ」=もともこもなくなって平等になってしまうが、中国は死後の世界があって悪人は地獄に行って火炙りやら惨い刑が待っている。善悪二元、陰陽、すべてを二項対立でとらえ白黒をはっきりさせるのに対して、日本は仏教の慈悲ですべてを包んでしまう、つまり、曖昧でもある。中国人は日本を自らの文明の亜流としか見ないという誤解、一方日本は中国の古典の世界を自らの日本文化の独自性の延長で理解してしまうため、現実の中国が見えてこない・・・。異文化コミュニケーションに関わる仕事をしている自分としてはとても参考になる本だ。

夕方は2軍の巨人が勝利したことで気を良くした母が「母の日」前倒しで寿司の出前を取る。母の日は明日なのに・・・。もぐもぐ食べながら19時過ぎに車で大洗で夜釣りに出かけた。

メバル釣り第2弾だ。今日は大潮だが、満潮は17時。タイミングは良くない。大洗漁港は思ったより空いていた。前回と同じ場所で早速竿を出す。立て続けにアナゴが2匹。それに、中堤防の海側で目測18cmの良型のメバルを釣り上げた。が、その後干潮の潮どまりまでアタリは止まった。23時前、ようやく魚が食いだした。手始めに釣れたのが何とカサゴである。赤い10cm弱の超マイクロ型。リリースすべきだが、我が釣歴において最初の一匹なのでキープすることに。可哀想なメバル君。これが君の運命だったとは。その後、シャコが釣れ、続けて小さなハゼ2匹が釣れるがリリース。そして、アナゴがポツンポツンと釣れだし、漁港側の縁でフカセ釣りを試みるとポツン、ポツンと5匹のメバルが釣れた。すべて目測14cm~15cm。先週より若干大きくなった。 

マラソンをしていると「ランナーズハイ」という「恍惚の瞬間」あるという。釣りも同じだ。魚のアタリを楽しみながら釣り上げ、針から外し、餌を付けてまた探り釣りをする。あちこち移動してまた魚のアタリを取って・・・・・繰り返し繰り返ししていると疲れも眠気も感じない。体全体がハイな状態になる。アタリが遠のいたなと思って時計を見ると満潮に近い深夜2時過ぎだった。

あわてて片付けをして家路に着いた。今日のの母の日のちょっとしたプレゼントが出来たなと安堵しながらベッドに入るが「フィッシングハイ」(釣りの興奮と陶酔)からか30分ちかく寝付けなかった。

釣果 メバル6、アナゴ6、シャコ1、カサゴ1、ハゼ2(リリース)

Mebaru2

2009年5月 3日 (日)

メバルとアナゴ釣りに初挑戦!

ゴールデンウィークが始まってやっと一息ついてます。1月から4月までいろいろ事情があって仕事に追われて余裕がなかったせいか息切れ寸前でした。その割りには結構釣りに行ってるジャン、という声も聞こえてくるのですが・・・

連休初日から釣りに出かけた。ストレス解消には最高である。

4月30日は、那珂湊漁港が不調なので大洗漁港で初めて釣り糸を垂れて見たのだった。人の多さにまずびっくり。中堤防の一角に何とか場所を見つけたのだがこんなに釣り人が居ては・・・。相変わらずカレイを釣りたくて頑張って見たもののここも釣れるのはハゼとシャコとヒトデばかり。上げ潮に合わせて夕まずめに期待したが空振り。ほんの15メートル右手の若者は40cmのカレイを釣り上げたのに・・・。

5月1日は、やはり上げ潮に合わせて早朝4時に起床して大洗漁港に出かけたもののやはり空振り。どうやら、カレイちゃんにはよほど縁がないのかなぁ、とガッカリ。我慢の釣りだということは分かっているのだが・・・ この日も釣れたのはやっぱりハゼとシャコとヒトデばかり。

漁港に戻る釣り船から下船する釣り人達はそれなりにカレイを一杯釣って来ているようだが陸釣りにこだわる私は行き詰ってしまった。この貧果では欲求不満は募るばかりだ。カレイに一途に恋しても向こうは逃げるだけ。連休初日が昼過ぎから夕方で駄目、二日目が早朝からお昼までで駄目。ならば、夜釣りしかない。夜釣りで今釣れるとしたらアナゴとメバルだろうか?ならば、ということで昨夜は、アナゴとメバル釣りに初挑戦した。

インターネットや堤防釣りの本などを調べてメバル釣りの方法を研究した。そしてフカセ釣りが一番という結論。磯竿は持っていないし夜の浮き釣りとなると電子浮きや浮き止めとか仕掛けが面倒だ。父譲りの延べ竿があるのでこれに1.5号の道糸と8号のメバル用の市販の針(ハリスは1号)を結んでガン玉(Bか2B)をつけた「超簡単」仕様の仕掛けだ。ホントに釣れるのだろうか?

疑心暗鬼になりながらも早めの夕食を取る。おかずにイカの刺身が出た。ひょっとして、これアナゴ釣りの餌にして見ようか?アナゴ釣りは特に準備の必要はない。投げ竿と錘10号~20号とウナギ・アナゴ釣り用の市販の針と鈴でOKだが、聞くところによると青物の魚の切り身とかイカが大好物らしい。もぐもぐと夕食を咀嚼しながら、アオイソメ一本で勝負することにした。シンプル イズ ベスト。

18時前に車を飛ばして大洗漁港へ。この二日間の不調にもめげずにテンションが上がり始めた。釣り場は混雑していたが、何とか場所を確保して2本の投げ竿を投入。そして、父譲りの延べ竿にメバル仕掛けを装着してさっそくフカセ釣りを開始。とは言っても、初めての釣りで要領がわからない。本で読んだことと実際は違うのだ。周りでは本格的なタックルで同じように堤防のヘチ際でフカセ釣りや電子浮き釣りをしている釣り人が多い。

フカセ釣りを始めた直後に3mの短いほうの投げ竿の鈴が鳴った。来た来たっ!リールを巻くと30cmほどのアナゴが釣れて来た。狙った魚が思い通りに釣れた時ほど満足するものはない。餌を付けて手返しで仕掛けを投入。フカセ釣りに戻る。

しかし、なかなかアタリが来ない。あたりは照明灯があるので真っ暗ではないが道糸もよく見えないし、そもそもタナの取り方がいまひとつよくわからない。夜はメバルが中層に浮くというので浅いタナで彼方此方さぐるが全然駄目だった。背後で鈴がチリン、チリンとかすかに鳴る。延べ竿を置いてリールを巻いて見ると仕掛けがぐちゃぐちゃになった団子と一緒に25cmほどのアナゴが釣れた。自分の体を糸でぐるぐる巻きにしてまるで自殺行為だ。子供の頃、母の実家近くの久慈川で「提げ針」を夕方仕掛けて翌朝引き上げにいくと同じように体に糸を巻きつけて死んでいたウナギを思い出す。

アナゴ狙いの竿の鈴が時折なるのでメバル釣りが中断しがちになったりしながらもタナを深めにとったり試行錯誤して探っていると、竿先を伝ってガツン、ガツンという魚の反応がいきなり来た。体全体が緊張する。早合わせは禁物でよく食わせてから合わせることに注意することと本にあった。ここはじっと我慢。数秒して強烈な引きになったところで軽く合わせると竿先を通じて激しく抵抗する魚信伝わってきた。針掛りしたぁ!!!やわらかい延べ竿である。昔フナ釣りをしたときの感触を思い出した。釣り上げたメバルは目測15cm弱のミニサイズだった。しかし、一匹は一匹である。初挑戦でやっと釣り上げたメバル。これで今日の釣りは報われたぁ~。

メバルは群れで固まっているということなので同じポイントを丹念に細めの元気なアオイソメ一本掛けで狙い続けた。満潮になる23時過ぎごろまでポツン、ポツンと連れ続け12cm~17cmサイズのメバルを10匹釣り上げた。満足、満足、満足である。

アタリが遠のいたところで時計を見ると23時半。もうこんな時間になっている。あわてて片付けをする。アナゴは、最後に目測35cmを釣り上げ合計4匹。メバル釣りに熱中したため何度かリールを巻くと仕掛けが団子状態になっていてアナゴにも逃げられたケースもあったがまずまずだ。

国道51号を安全運転ですっ飛ばし、寝静まった自宅にこっそりとまるで泥棒のように入り、シャワーを浴び、ビールを飲んで久しぶりに満ち足りて深夜1時前に就寝した。メバルは意外なほど引きが強く釣りの対象魚としてはなかなかのものだというのが実感である。

小振りで本当ならリリースサイズかも知れないメバルですが今回はすべてキープ。煮付けにして供養します。

Mebaru

アナゴもサイズ的には小振りでした。

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2009年3月 8日 (日)

カレイ釣りに初挑戦する!そして、33cmのカレイをゲットしたぁ~

週末の初日の土曜日は釣り場の偵察をした。何を釣ろうか?アイナメそれともカレイか。大洗漁港と那珂湊漁港を徹底的に調べたのだった。昨日はポカポカ陽気で釣れてるかなぁと思って釣り人に話しかけながら探りをいれた。しかし、あまり釣果は上がっていなかった。まだまだ3月で水温は冷たい。魚の活性は低い。釣れる魚となると、カレイ、アイナメ、カサゴ、メバルなどになってくる。

偵察を終えて帰宅し、天ぷらの夕食を取りながらまだ心は迷っていた。この間セイゴ釣りの外道で30cmのヌマカレイを釣り上げた。あの引きを思い出した。よしッ、カレイ狙いだぁ!

ということで、WBCベースボール世界選手権のアジア予選日本対韓国を見ながら日本が大量リードしたところで2階に上がり釣り道具の準備をした。カレイ仕掛けは市販のものを以前購入していたのだ。竿は3本使おう。錘負荷25号4.2メートル、20号3.9m、そしてチョイ投げ用の万能竿3mだ。釣り道具を無心でいじりながら、いつの間にかなつかしのグループサウンズのメロディーを口ずさんでいた。「かみさまぁ、おねがぃ~だぁ~・・・・・だっかぁら、一度だけ、君にいだかれってぇ・・・君のぉ~君のぉ~あたたかぁーいハートにぃ・・・」

熱い風呂に入り22時前には寝た。カレイの爆釣を夢見ながら。そして今朝の6時半。「アニタぁ!!!」オックス(グループサウンズ)の絶叫で目が覚めた。アニタって誰だろう。意味わかんない・・・。

7時に起床した。出勤する日と変わらずに朝食を取って、「行って来まぁーす」と家の人に声をかけ、一路釣り場へ。しかし、今日は寒い・寒い・寒い。何で昨日はポカポカで今日は真冬に逆戻りなのか!

早朝の釣り場はそれなにに賑わっていた。結局、大洗漁港ではなく那珂湊漁港にした。大洗は人が多すぎる。隣の人との「お祭り」を気にしながらの釣りはいやだ。ゆったりと、孤独のなかで無心になって、自己と対話しながら釣りをしたい。

竿を次々と投げ入れる。期待に胸が膨らむ瞬間だ。しかし、アタリはない。10分、30分、1時間、1時間半。突堤の先端で釣りをしていた一人が帰っていった。すぐに、その場所に移動。潮をみると渦巻いている。カレイは潮流を釣れ!と昨日読んだ本に書いてあった。

そして、10時過ぎのこと。足元に投げ入れておいた3mの竿の糸が拭けているのに気付いて何気なく聞き合わせしてみた。そしたら、重いの何のって!根掛かりかぁ?リールを巻きながらその重みを徐々に引き上げると水面近くでいきなり激しい抵抗を始めた。何かが釣れたぞォ!!!針は9号、ハリス2号。大丈夫だろうか?激しく抵抗しながら水面に現れたのははカレイだった。そして水面に上がってきた勢いでそのまま無事引っこ抜いた。

やったぜベイビー!今までの不安が一気に消えた。凍えそうに寒いが我がハートは熱くバタバタと暴れるカレイ君の口から針を外し魚籠に入れた。どうもマコガレイのようだ。目測30cm。これで今日の釣りは報われた。満潮まであと3時間。あと2枚くらい釣れないかなぁとさらに期待が膨らむ。アオイソメを2匹、3匹付けて餌をアピールし、扇状に遠いところ中ぐらいのところ、足元などいろいろ探った。

しかし、結局釣れたのはこの一匹だけでその後はアタリがまったくなく、12時半になったところで納竿とした。ボウズじゃあない、狙って一匹釣れたんだから。 不完全燃焼ではあったけれど、帰宅して計ってみると33センチのマコガレイ(違ってたら誰か教えてください)だった。さっそく、煮付けにして供養しよう。それにしても、カレイ釣りというのは我慢の釣りである。

測ってみると33cmありました。

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普通のマコガレイより色が明るいような気がしますが模様とか体型はマコガレイだと思いますがいかがでしょうか?

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2009年3月 2日 (月)

セイゴ狙いで何とボラが釣れた・・・

金曜日は雪が降った。土曜日は前日の雪が嘘のように晴れてポカポカ陽気だった。そして、今日は朝から寒~い陽気だった。天気予報は午後から雨だとも。

午前中はベッドの中でゴロゴロしながら大前研一氏の「さらばアメリカ」を一気に読破した。斜め読みだ。同氏はもともと理科系でアメリカの大学で博士号を取ったもののその後のキャリアはコンサンルティング業であり、経済評論でも東大の経済学部出身者がタジログほどの鋭い論評を発表している著名な経済評論家でもある。アメリカで博士号を取った日本人を身近に知る自分だが、実際に接して見てその英語力は半端ではないことは承知している。そして、大前氏の英語力もずば抜けていることで定評がある。アメリカやイギリスの一流紙への寄稿数も抜群に多い日本人だ。

釣りの合間にアメリカについて片っ端から本を読んでいるのだが、秀逸なアメリカ論は意外と少ない。いまだに、トクビルの「アメリカの民主主義」を超えたアメリカ論がない、と言われるくらいだそうだ。アメリカは言って見れば自己完結した一つの世界だ。中国論にも興味があるのだが、中国もそうだ。アメリカとは何か、中国とは何か、と大上段に振りかぶって言葉で捕まえようとしても、それぞれその多様性故にするリと抜け落ちてしまう懐の深さがある。

同氏はITバブルから9.11を経てアメリカが変わってしまったことを嘆いている。かつ自分が1960年代に学んだあの懐の深い公正なアメリカは何処へ行ってしまったのかと。三権分立のアメリカに第4の権力(ウォールストリート)が無法状態でやりたい放題をしてしまった。そして、バブル崩壊の処理にしても全然日本の失敗を学んでいない、行き当たりばったりの愚策を重ねている。

ベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」でもどこかに指摘があったけれど、アメリカという巨大な国は、外部に敵がいないと国としてのまとまりが保てないのだという。冷戦の終了によってソ連という外部の「悪=敵」を失ったアメリカは、次々と敵を作り上げて無法な戦争を仕掛けている。例外はイスラエル。アメリカとイスラエルは一心同体。アメリカに睨まれたらあなたは最後だ・・・。かつて日本も苛められ逆切れして戦争を仕掛けた歴史を思い出そう。

大前氏によればアメリカの外交とは内政の反映にすぎないのだ。何々ぃ、それはどこかの国、そう中国と同じじゃないかぁ!(「中国問題の内幕、ちくま新書、清水美和著を参照)。

世界的なバブルを招いた原因の一つはいわゆる先進国の金余り状況なのだという。行き場を失った先進国の資金は、不動産、商品先物分野で次々と高値をつけてその究極があやしげで詐欺まがいのサブプライムローンを組み込んだウォールストリートの新たな金融商品だった。

1929年の世界恐慌に匹敵するかそれを上回る金融危機ということらしいが本当の恐ろしさはこれからジワジワと世界に現れてくることになりそうだ。誰にも予測のつかない制御しがたい奈落。結局、1929年の恐慌は第2次世界大戦という「有効需要」によって破綻の淵から甦ったらしいのだが、そのためにどれだけの人が命を奪われどれだけの被害と惨禍を世界にもたらしことだろうか?だとすると、前回を上回る規模といわれる今回の世界恐慌を乗り越えるためには何がどれだけ犠牲にされるのか、いまのところ想像もつかない。徐々にボディブローが効いて来て、ある日誰も予想がつかない破局が訪れるかも知れない。

それにつけても昨今の日本の政局の混迷には呆れてものも言えない。政治家のレベルがこんなにも低いのかと思うとウンザリする。とは言っても、政治とは国民の反映でもあることを思えば、我々日本国民も現在の政治家並に「劣化」しているということだろう。

などと、いつになく物思いに耽っていたお昼過ぎ、外は一時的に陽が差してポカポカして来た。すかさず、釣竿を持って午後は那珂川河口に出かけた。もちろん、セイゴ狙いだ。

結果は?空振りだった。潮目は中潮。決して悪くはないと思うのだが。しかし、35センチのボラが外道で釣れたのが唯一の救いである。ボウズじゃなかった・・・。

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2009年2月28日 (土)

連日のセイゴ釣り・・・

水曜日の夜は久しぶりの釣果に満足したものの気分が高ぶったままあまり眠れなかった。一夜明けた木曜日。天気予報では雨のはずだが外はどんより曇っていた。7匹じゃぁまだ物足りない、という思いを引きずっていたのだろうか、仕事の合間に釣り場の風景が脳裏をかすめて邪魔をするのだった。

17時半までしっかり仕事をして車に乗り家に戻ったのが18時前。玄関を開けると山椒の匂いがする。朝の出掛けにセイゴは山椒を使った煮付け(酒、醤油、砂糖)を作って見ては、家の人にとアドバイスしたのだったが、言われたとおり山椒風味の煮付けが出来ていた。

と、同時に脳裏に光が走った。「ご飯を食べたら2時間だけ涸沼川で釣り糸垂れて来る」。そう宣言する私にあきれた家の人の顔といったらなかった。小振りのセイゴの煮付け2匹をいそいそと食べて(うまかったぁ~)、釣り道具を載せたままにした車に飛び乗り、国道51号を飛ばして、いつもの釣り道具屋でアオイソメ1パックを買い(小生の顔を見て、セイゴですか、と初めて声を駆けて来て、仕掛けのことやら講釈を賜った。しかも、もうお得意様になったようで、50グラムのアオイソメにおまけをつけてもらった!)、いつもの釣り場に到着したのが19時前のことだった。

外は霧雨が降っている。昨日は釣り人なしだったが、丁度同じタイミングで釣りに来た人が一人。私より50メートルほど上流に陣取った。アンタも好きねぇ~、である。釣りを始める直前は期待感でわくわくどきどきする(セックスをするときの感じに似ている)。早速、最近好調の竿(アタリが多い)から仕掛けを準備してまるまると太ったアオイソメを一匹掛けにして40メートルくらい先にドボーンと投げ入れた。鈴をつけて今日も「釣るぞぉ~」と気合を入れてもう一本の竿の準備にかかる。と、リリリーン、リリリーンと鈴が鳴り出した。「よーし、来たぁ!!!」。5分もしないのにアタリだ。はやる心で竿をしゃくりリールを巻き始める。しっかりとした手応えがあった。ズズン、ズズンと水中で抵抗する魚あり。護岸に引き上げた魚体は目測30cm弱の銀色に輝くセイゴだった。

昨日の時合(魚が餌をアクティブに食べる時間帯)が19時直後から始まったのだった。今日も狙いはズバリだ。早速餌を付けて手返しで仕掛けを投入する。もう一本の竿を準備して仕掛けを投入。直後にまた好調な竿に2度目のアタリ。リールを巻いていると、今度はもう一本の竿にアタリが来た。「ち、ち、ちょっと待ってくださ~い」、とセイゴ君に言っても聞いてくれるものではない。取りあえず持っている竿のリールをいそいそと巻き上げると25cm前後の小振りのセイゴた釣れた!

今日は爆釣かという思いが一瞬だが脳裏を走った。しかし、そうは問屋が降ろさなかった。魚を魚籠に入れて竿を置いたままもう一本のアタリのあった竿を手にして急いでリールを巻き始めた。最初はズズンという魚の手応えを感じたのだが、そのあとすぐにズーンと重くなった。根掛かりだ。竿を右に左に、上に下にしゃくったが全然動かない。そして、最後は道糸と力糸のところで切れてしまい、釣具屋で買った新しい仕掛けをロストしてしまった。「アリャリャ、オジサン、これは参ったなぁ」、と自分に話しかけながら一瞬呆然とする。昨日も何度か釣果をあげた愛しい仕掛けを二つなくしている。

しかし、ひるんでいる時間はない。この時期のセイゴ釣りの時合は短いのだ。昨日は19時直前から20時半までの1時間半だった。とにかく、手際よく餌を付けて仕掛けを適宜投入することが肝心なのだ。いそいそと仕掛けの予備を取り出し、装着して餌をつけて再び川に投入した。

もう一本竿をがあるので車に戻りさらに投入した。こちらの竿の仕掛けはうまく飛び50メートルは飛んだだろうか。投げ入れるとすぐに投入済みの他の竿を差し置いて鈴が鳴った。25cm前後の小振りのセイゴが釣れた!これで3匹目。 そして、新しい仕掛けをつけて投入した竿にまたアタリが来て4匹目。そして、好調の竿にまたまたまたアタリが来て28cm前後のセイゴが釣れて5匹目。時計を見ると20時を回ったところだ。これだと「ツ抜け」(二桁)も可能かと思い始めた。

しかし、20時を過ぎてからアタリが止まった。2番目の竿に当たりが一度だけ来たが途中で逃げられたのが最後だった。20時半、20時45分とまったくアタリなし。しかし、水面ではスズキらしい魚が小魚を追いかけるボイルが発生している。まだまだ釣れる筈なのだが。

竿を一本片付け、二本目を片付け、最後まで好調な竿を残したが21時で納竿とした。ちょうど、何度か会ったことのある若者がルアー片手に姿を現したところだった。

しかし、5匹は5匹だ。昨日と合わせて12匹。この時期としては大漁と言っても良いだろう。満足感に浸って夜の空いた国道を安全運転で車を飛ばし21時半過ぎに帰宅した。家の人はもう就寝済み。コッソリとどろぼうのように風呂に入り、居間でコタツに入ってビールを飲み、満ち足りた心で私も23時前に就寝したのだった。

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2009年2月25日 (水)

セイゴ7匹ゲット!!!

このところ天候が悪くて釣りに行けない為悶々とする日々だった。今週は月曜日から大潮なのに、雨が降ったり止んだりでちょっと釣りは難しいかなと思っていたのだがいつもの釣りの人気サイトをチェックすると月曜日、火曜日と涸沼川でセイゴが釣れているとの報告があった。何何々ィ~!よーし、今日は夕方雨が降らなければ行くぞォと心に決めたのだった。

しかし、9時前から雨が降り出した。駄目かぁ・・・。私の心は一旦しぼんだ。昼前に雨があがった。再び希望の灯が燈った。期待感で興奮が高まってくる。16時過ぎ、事務所のスタッフに今日は都合で早退です、と一言声をかけて車を飛ばし、家によって5分で着替え、釣り道具を持って、途中いつものところでアオイソメを1パックと仕掛けを買って、いつもの釣り場に到着したのが17時15分だった。3本の竿を準備して餌を付けて投げ入れて態勢が整ったのが17時半過ぎ。

期待感にワクワクする。釣れるかな、駄目かな、期待と不安の入り混じった瞬間だ。この瞬間が何とも言えない。釣っても釣ってもまたこの瞬間を味わいたくなって現場に戻ってくるのだ。しかし・・・10分、30分、1時間、1時間半と時間はどんどん過ぎていく。竿先の鈴は沈黙。1度、2度軽く鈴が鳴っただけで全然釣れない。いやな予感が次第に大きくなり始めた19時過ぎ、右手の竿の鈴が軽く鳴った。リリン、リリンとなってすぐにストップ。また間を置いて、リリン。リリン。また沈黙。食いが悪い?仕方なく竿をしゃくって見ると重い。針掛りした。夢中でリールを巻き水中から引き上げた魚は25cm前後のセイゴだった。これで気が楽になった。

直後に左手の竿にも軽いアタリが来た。同じパターンだ。いつもの激しい鈴の鳴り方と違うのに違和感を覚える。微妙なアタリだ。我慢しながら3度、4度と待って5度目のリリンであわせるとこちらも針掛りした。またまた小振りなセイゴちゃんが釣れた!

この時期はセイゴが中層を泳ぐので餌も底ではなく浮かさないといけないという情報だったのでシモリ浮きをつけた一本針の仕掛けを2本の竿に付けたのが正解だった。もう一本の竿は胴付きなのだがハリスが短い為かまったくアタリがない。早速、予備のシモリ浮きの付いた1.5メートルのハリス一本針に変更した。

結局19時過ぎに鈴が鳴り出して20時半ごろまで、適度にアタリが来て7匹のセイゴを釣り上げた。サイズは小さかった。23cm~28cm。バラシが2回あった。それと、大型のスズキが水面近くで小魚を追うボイルが彼方此方で観察出来た。ルアーか浮き釣りをすると大型が釣れるかも知れないなぁ。まだまだビギナークラスの自分には無理な相談だが、次回は事前に釣具屋に行ってそれぞれのタックルを用意しようかと思うのだった。

21時半過ぎ、満ち足りた心でキラキラと輝いて帰宅した。明日も行くか?

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