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2008年8月10日 (日)

今日は釣りに行ってきましたぁ!

このところ留学生の送り出しと受け入れの準備で大忙しだ。周囲はすでに夏休みモードなのだけれども・・・。

先週末は2ヶ月ぶりの上京をした。仕事である。K大学を会場に開催された2日間に渡る記念講演とセミナーに参加して勉強して来た。仕事の内容はさておき!、余談ながら、びっくりしたのは、すでに東京では沢山のミンミンゼミとアブラゼミが真夏日のアスファルトジャングルで今は盛りと鳴いていたことだ。私の地元はまだまだアブラゼミも鳴いていなかった。東京に比べると桜の満開も一週間遅かったしなぁ。何という違いだろうか・・・・・。

とは言え、一週間後のこちらでも今や、アブラゼミとミンミンゼミが今は盛りと鳴いています。アブラゼミが多くてミンミンゼミが少ないのは都内と逆のような気がするけれど、何故だろうか? 特に、アブラゼミは夜中でも鳴いているのには驚いてしまう。わずか1週間ほどの成虫としての一生を全うするために、7年も地中で生活しているらしい。私は、泣いていま~す、ベッドの中でぇ~、という歌があったナ。全然関係ないかぁ~。

金曜日は北京オリンピックの開会式を夜中過ぎまで見てしまった。聖火の点灯前には寝てしまったが。いろいろあるけれど、見事な開会式だったと思います。アヘン戦争以来、凋落の一途をたどった中国。毛沢東で一旦は国を統一したけれど迷走の30年で足踏み。毛沢東がいなかったら、無駄な冷戦がなかったら、世界は全然違っていただろう。著名な中国人監督の演出による開幕式の出し物は、クドカッタような気がする。孔子、紙の発明や、明の時代に大航海と羅針盤、過去の中国の偉大は分かる。 が・・・である。 と言いかけて、亡くなった赤塚不二夫氏の「これでいいのだ」の囁きが聞こえて来た。

日曜日の今朝は、心地よい目覚めだった。枕元にある「読書論」(小泉信三著、岩波新書)をぱらぱらとめくる。今の天皇陛下の家庭教師だったバイニング婦人の小編Minor Ecstasiesに触れるくだりを読んで、ぱっと閃いた。バイニング婦人は子供の頃のちょっとしたある経験によって心が震える経験をした。理由は分からない。しかし、その心が震える経験は人生に至る所で経験する。ベートーベンの音楽に、庭の小さな花に、2月に囀る小鳥に・・・・・。

よし、今日は釣りに行くぞオ! 私にとって、少年時代に一番心ときめかせたのは釣りだった。あの心震える経験よもう一度! Erwarte nichts, Heute: das is dein Leben. 何も期待してはいけない。今日、これがあなたの人生なのだ(Kurt Tucholsky)。 命短し、恋せよ乙女・・・・・これは余計だ。

と言うことで、釣り道具を車に積んで、某釣具店でミミズとアオイソメを買い、一路釣り場で出かけた。心をときめかして、途中、車と接触事故をおこしそうになり、危うく難を逃れて・・・・。場所は涸沼川。参考までにここをクリック。

http://business2.plala.or.jp/ibarakit/hinuma/fishing/

曇天だったので日差しは強くない。11時過ぎ、メボシをつけた釣り場に到着。近くには埼玉ナンバーやなんと静岡ナンバーの車もある。何を隠そう、涸沼と涸沼川はハゼ釣りの名所なのだ。

心ドキドキしながら、リール竿を取り出し、まずは第一投。 次のリール竿を準備して第二投。この間わずか5分。第一投の竿を軽くしゃくるとぶるぶるブルッと手ごたえがあった。リールを巻くと10センチちょっとの飴色の美しいハゼが釣れていた。

これで、もう今日はオーライ、オーライだ。朝のベッドの興奮もここでやっと落ち着いた。次の第二投のリールを巻けば、なんとハゼがダブルじゃないのォ! ハゼがぽつんぽつんと釣れ続ける中、途中からセイゴが混じりだした。15センチから20センチ。ハゼと同じ今年生まれたスズキの子供である。エラが鋭い剃刀のようになっていて、要注意だ。

11時過ぎから初めて、16時半まで、途中でお天道様が照り始めたものの、ひっきりなしにアタリが来たり、川の中の障害物に針がかりして仕掛けが何度も取られたり、あたふたと、まるで事務所で仕事をしているかごとく、釣りに没頭した。 そして、とうとう仕掛けが全部なくなってしまった。 オシマイだぁ。

17時過ぎ、満ち足りて帰宅。 家の人はどうだった、と半分冷やかし気味にビクを覗きに来た。セイゴ12、マハゼ19、合計31。 まずまずの釣果と言えよう。早速冷凍庫に入れて、唐揚げは明日にしましょう、ということになった。

シャワーを浴びて、冷たいビールを2杯飲んで、くつろいだ。頭の中も、心の中も、あのバードウォッチングを堪能した直後のアルファ波に満たされた状態だった。ニルバーナ。小恍惚!!!

写真は釣り上げた獲物の一部です。

Kif_1759

2008年6月29日 (日)

空振りに終わったイシモチ釣り

一昨日の金曜日の夜、弟から電話があった。明日土曜日、天気がよければイシモチ釣りに行かないか、と。叔母の葬式で久しぶりにゆっくり話した際に、お互い中年を迎え、のんびり釣りでもしようか、と話したのだった。弟君も、家庭と仕事でストレス多き日々らしい。

天気予報では西日本は雨。天気が崩れそうだったが関東は大丈夫そうだ、久々にやるかぁ、と気合が入りすぎたのか、昨日の土曜日の朝は5時に目が覚めてしまった。子供心に、明日は父と釣りに行くとなると、前夜から期待感でなかなか眠れず、朝までうとうとして寝不足で出かけたことを思い出す。

朝食を取り、近くの病院に出かけた。過食と運動不足の結果、高コレステロール体質になって10数年。とうとう、薬物治療をする羽目となってしまった。今日は血液検査の結果を聞きに行った。結果は、正常範囲にもどりました、と微笑む医者の声でほっと胸をなでおろした。よーし、これで大好きなサーロイン・ステーキをまた食べられるゾ、と思ったのだったが、医者によれば、薬は今後も飲み続けないといけないらしい。これでは、一生薬漬けの生活になってしまうのか?

ひとまず、医者の言葉に安堵して帰宅、1階の洋間のソファにごろりとなった。このところ毎週末、忙がしかったのだが、久しぶりにゆったりと、寛いだ気分に浸る。 至福の時だ。 早速、ブック・サーフィンを始める。 ポール・ジョンソンの「インテレクチャルズ」を思い出したように手にする。朝の読書の励行だ。ヘミングウェイの章を開く。章のタイトルの副題が「底なし沼」。ヘミングゥエイは大酒飲みの大法螺吹きだったらしい。

ポール・ジョンソン氏はイギリス人である。ヘミングゥエイを論ずる前に、アメリカの知識人の特性について、いろいろ鋭い指摘をしている。曰く、独立国家アメリカにはアンシャンレジームに基づく特権階級が存在せず、合衆国それ自体が、不条理な古い秩序に対する反乱の産物であった。したがって、支配階級と学識経験者には亀裂がない。曰く、アメリカには制度化された聖職者階級がないため、ヨーロッパにおいて数多くの知識人を生み出す原動力となった反聖書主義は存在しない、そして、宗教は教義ではなく、行動に重点を置いた宗教、自発的な、多くの宗派に分かれた宗教、自由を制限するのではなく、自由をうたいあげる宗教である。 曰く、ほとんどの人間は稼いでは使い、開拓しては合併するのに忙しく、自分たちの社会的なよりどころに疑問をなげかける暇がなかった、云々。なーるほど。

そして、ジョンソン氏は、19世紀のアメリカを代表するアメリカ的知性としてエマーソンに触れる。このエマーソン、名前は聞いたことがあるが、私は、どういう人かよく知らない。 ジョンソン氏の説明によると、エマーソンは、教養高い知的エリートを評価しない。 エマーソンの政治・経済哲学は、アメリカ人を西へ、西へと駆り立てた哲学「明白なる使命(マニフェスト・デスティニー)」そのものだった。

「唯一確かな規範は、需要・供給の調整メーターである。法制化してはいけない。介入すれば節倹令が効いて筋が切れてしまうだろう・・・。公正な法律を作り、生活と財産を保証する。 施しも不要だ。 ・・・・・ 自由で公正な社会では、財産は低脳な怠け者から、勤勉で勇敢な辛抱強い者へ流れていく」

今日でいう、新古典派の経済学者、マネタリスト、反ケインズ主義者の言そのものではないか!当時のヨーロッパでは、「赤い妖怪」(マルクス主義)が徘徊し始めた時代だった、何と言う違いだろうか。ものが豊かで機会が豊富にあった当時のアメリカ的楽天主義と言ってしまえばそれまでだが。

イギリスのカーライル夫妻を訪れたエマーソンについて、夫妻の言葉によると、彼は、まるで雲の間から現れ出てきた天上人で天使のような美しい心を残して去っていった、そうだ。

日記に残した彼のある夢は、フロイト流の精神分析学者なら何と言うであろうか? 彼の夢とはこうである。

ある結婚についての討論に参加していると、突然、論者の一人が聴衆に向かって水をたっぷり積んだ消防車のホースを差し向けて、びゅんびゅん振り回した。皆逃げてしまい、エマーソンはその水を浴びてしまう。みるみるうちにびしょ濡れになったところで目覚めるエマーソン氏。 自分は濡れていないのでほっとした。

このくだりで、以前、偶然見た漫画を思い出して笑ってしまった。主人公は子供なのだが、美味しいスイカを食べ過ぎて、お母さんにいい加減にしなさい、とたしなめられる。美味しいんだから、いいでしょう、ママと甘える子供。 さて、遊びに出かけてオシッコがしたくなった。 公衆トイレはどこも何故か長蛇の列、ああ、間に合わない、とあちこち走り回り、やっと見つけた公衆トイレで間に合ったぁ~、と気持ちよく用を足したのだった。 が、自分ひとりだ、何故他の人が全然いないのだろう、と不思議に思い始めたところで、目が覚めた。

そして、オネショをしてしまった自分に気がついた。

などと、彼方此方想像を飛躍させながら、午前中一杯、夢想にふける。

14時過ぎに弟がやって来た。「兄貴ィ~。蒸し暑く、南風の吹く日だからイシモチは釣れるよ、今日は・・・」。 本を置いて、早速出かけることにした。向かうは、県北の某川河口。知る人ゾ知るイシモチ釣りのスポットだ、ったのだが、結果は玉砕だった。河口の堤防にはずらり釣り人がいたが、みな押し黙っている。今年はあまり釣果が出ていないとのことだった。結局、外道で手のひらサイズのカレイが2枚釣れただけだった。天気予報の通り、最初は蒸し暑かったが、徐々に曇りだし、風が冷たくなり・・・・・。19時過ぎに切り上げた。

言葉少なに帰宅する。 7月に復讐戦を約束して弟と別れた。

2007年11月22日 (木)

木枯らしの舞う今日、ハゼを釣る!

今年初めての木枯らしが舞って冷え込んだ今日は、たまたまた平日だが休みだ。思い立って釣りに出かけた。少年時代の記憶と言えば昆虫採集と魚釣りである。涸沼には父に連れられてよく出かけたものだが、いつのまにか遠ざかってしまった。涸沼のハゼ、ボラ、セイゴ、フナから久慈川のアユ、ヤマベ、カジカ。もっぱら川と沼の釣りだった。少年時代の熱中はやがて勉学と年相応の遊び?に興味が移りいつしか、昆虫と魚は記憶の奥底に眠ったままに・・・・。

1984年、オランダに滞在していたころ、一度釣りキチの先輩に誘われて、ベルギーにマス釣りに出かけたがボウズだった。その代わりというわけではないが、ベルギーの黒ビールとムール貝とポテトフライをたらふく食べた。

今から、10年前、もと会社の先輩を訪ねてオーストラリアは西部のパースに遊びに出かけた。港で五目釣りを試したが、釣れたのはアジが2匹だけだった。おまけにユリカモメに餌付の釣りの仕掛けを飲み込まれて大変なことになってしまった。友人宅でそのアジはバターソテーにしてオーストラリア産の白ワインを飲みながおいしく食したのだったが。

野鳥観察を始めて5年近くなるが、時折少年時代の釣りの記憶が甦り是非またやってみたいと思うようになっていたが、なかなかその機会がなかった。

2年前に故郷に戻って腰を落ち着けたものの、少年時代の自然の豊かさはとうに失われ?あの涸沼ではハゼがさっぱり釣れないという。がっかりしたものだ。しかし、今年はハゼの当たり年という噂を聞いて10月終わりに一度出かけた。情報収集というやつだ。もうだいぶ寒くなってきて深場にうつりつつあるとは言うものの、60から80のハゼが束で連れたという。

ようし、と気分が高揚して来ていざという11月初旬の週末は天候が悪くお流れとなってしまい、その後急に冷え込んでとうとう涸沼のシーズンは終わってしまった。

しかし、新聞の朝刊を読んでいたら那珂川で釣れているという。今行かなかったいつまた行けるか?それっということで、釣り道具を揃えて心わくわく状態で出かけた。

しかし、那珂川のどこがいいのかよく分からない。さっぱりである。昔父に連れられて出かけたあたりをドライブしながらいくつかの船宿に寄り道して、情報収集をしながら、青イソメの餌を買いった。 ハゼと言えばゴカイなのだが、いまや高嶺の花。青イソメも大連から輸入しているという!日本のハゼも輸入食品の時代だ!。

そうしてようやく那珂川河川敷の某所にたどり着いたのは11時近く。家を出たのが9時過ぎだったから2時間が経過していた。平日なので釣り人もほとんどいない。さっそく、準備をして、餌をつけて、第一投。最初の30分はまったく駄目だった。ただ、コツンという小さなあたりが

何度かあったものの巻き上げてみれば空振りの連続。

場所を変えた直後。50メートルくらい先に投げ込み脈釣りである。すこしずつ巻いては止めて、巻いては止めて、を何度か繰り返しいると、来たぁー!!! あの少年時代に夢中になった初冬のハゼのグググッと食い込む一瞬の引きがあった。と、同時に竿を軽く合わせてリールを巻くと、18センチ前後の良型のハゼだ!!!20数年ぶりのハゼ!!! これで心が軽くなった。一匹も連れないんじゃないか、という思いが一瞬頭を過ぎった。初秋のハゼと違って初冬のハゼは深場にいて食いもにぶい。当たりを取るのが結構難しいのだ。

2時間半ほど粘って4匹釣り上げた。これじゃ、晩御飯のおかずにはならないナ。2030匹釣り上げてから揚げか天婦羅を目論んでいたのだが・・・・・。しかし、20センチ級の良型のハゼが2匹も釣れたし、20数年ぶりの釣りの結果としてはまあ、いいじゃないか!600円で買った青イソメはまだ大分残っている。今週末、もう一度挑戦しようかと思っている。

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