2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

2019年8月 3日 (土)

最近の博物誌的なスナップショット5点・・・

8月3日(土) 晴

月並みなショットなのだけれど、ある瞬間に出会った生き物や草花たちの写真をあとで眺めると、過去のことは言えその瞬間のことが蘇ってきて、特別の感慨が沸き起こる。出会った対象は「種」としてはふつうにあるもので貴種ではないけれど、特定の「こいつ」や「あやつ」にある日、ある所で、一回限りの遭遇したというのはやっぱりすごいことだろうと思う。人間という「種」にも一人一人の個性と名前があるように、彼ら・彼女たちにも「固有性」があるはずなのだ。「一期一会」という言葉があるけれど、しみじみと噛み締める今日この頃である。


① 言わずと知れたカナブン。家の庭で朝偶然蹲っているのを見つけた。

Kanabun


② 赤ガエル(那珂川下流の護岸近くで)

Kaeru-takusan


③ オンブバッタ(同上)

Onbubatta


④ ハルシャギクの花 (同上)

Harushagiku


⑤ この花、何の花?百合の仲間だろうけど。(同上)

Nannnohana2


⑥ 初夏は、飛ぶのが速すぎてなかなか取れなかったモンシロチョウのスナップショット(同上)

Monnshirocho


⑦ ハゼの穴釣りで釣れた鉛筆サイズのウナギ!!! (涸沼川大貫橋上流にて)

Unagi


⑧ カイズ狙いの仕掛けに付けたオキアミを食ってきたサッパ!!!(同上)

Sappa


⑨ ハゼの穴釣りで釣れたボラ(30㌢)。ハリス0.8号だが柔らかい父譲りの継竿で護岸によせ最後は手づかみで!その後リリース。(同上)

Bora_20190802121901

⑩ ハルシャギク(④)を10倍くらい拡大したらこの花になる。種はおいしいビールのつまみにもなる。

Hinawari

2019年5月10日 (金)

ハナカミキリと思っていた昆虫はジョウカイボンというそっくりさんだった。

5月9日(木)晴、後曇り

朝食:イワシの丸干し、大豆煮、トマト、ご飯少々、人参とパセリの味噌汁。

朝食後、1時間ほどまた野鳥・昆虫ウォッチングに出かける。今日は、キビタキの囀りが盛んに囀っていた。ツバメ、コジュケイ、ウグイス、カワラヒワ、シジュウカラ、メジロはいつもの面子だ。一方の昆虫たちは日に日に活発化している。ヒメアカタテハが舞っていたが、動きが速すぎて写真取れず。ベニシジミの超大型サイズだ。飛ぶのが速くてカメラが追い付かない。

ヒメジオンにやってくる虫たち:

モンキチョウ (やっと撮れました。動きが本当に早くてカメラが追い付かない)

Monkicho

ハナアブ

 Hanaabu

ミツバチ(かな?ちょっと違うような)

Mitubachi-kanaa


ヒキノカサというかわいいお花

Konohana-nannnohana

と、そこで無心で道を吸うヤマトシジミ

Yamatoshijimi_1


昼食:久しぶりにケチャップではなくホールトマトを使って玉葱沢山のスパゲッティ・ナポリタンを作って食べる。そして、いつものコーヒー。それに、モカ・コーヒー。

FM放送で歌謡スクランブルを聞きながら昆虫と草花の図鑑に没頭する。ハナカミキリ虫と仲間と思っていた昆虫は、どうもジョウカイボンという種らしい。埼玉県の嵐山の野生動植物のホームページにぶちあたり気が付いた。自分が撮った写真と比べてみるとまさにそうだ。どうも、カミキリムシににているけど、すこしどこか違うよなぁ、という違和感をもっていたがこれですっきりした。

https://www.insects.jp/kon-jyoukaijyoukai.htm

私のスナップショットの別の一枚:

Joukaibon_1  

歌謡スクランブルでは、小林麻美の「雨音はショパンの調べ」と岩崎ひろみの「好きにならずにいられない」が印象に残る。

夕食:ジャガイモ・人参・ピーマンの細切り炒め甘酢風味、昼食の残り、トマトでビールを飲む。仕上げはタケノコご飯の残り。まるで、ヴェジタリアンか今流行りのヴィーガンの食事みたいだ。

Vegan-ja-naikdo

21時過ぎにベッドへ。一旦仮眠をとって深夜前に起きる。来年の東京オリンピックの開会式の抽選申し込みをする。昨夜、IDは取得していたが、チケット販売サイトに辿り着くのに2度の関門でそれぞれ待たされ1時間半かかってしまった。イライラ、ムカムカ。いい歳して、寝不足気味で・・・。

2019年5月 8日 (水)

カワウのウナギ丸呑み独演ショーに遭遇!

5月7日(火)曇り、後晴

5時半前に目覚める。今朝は、朝の読書は取りやめ。早朝のバード・昆虫ウォッチングを決行することに。1年前の今日、悪夢の骨折をした日なのだ。「骨折記念日」とは縁起でもない。トラウマを抱えたまま家でうじうじしているのもよろしくない。ソレッ、とベッドから抜け脱して家を出た。

場所はもちろん逆川緑地と笠原水道界隈。

Aruko

日中はあたたかいけれど、早朝はやはりひんやりとしている。でも、新緑の香りと生命の息吹に触れながらの散策は何と気持ちが良いことか。土手沿いに歩くと!(怪我をしたのは土手を斜めに下ろうとして雨露に濡れた葉に隠れたプラスチック・コップを踏んずけて転倒した)、やはり、両側の草花は朝露に濡れていた。用心!用心!聞こえてくる野鳥の囀りは、ウグイスとシジュウカラ。昆虫たちはまだ眠っているようだ。蝶々やトンボは見当たらない。しばらく歩くと、竹藪のそばの草の中に、昨日も見かけたハナカミキリの仲間が最初に目に飛び込んできた。さらに少し歩くと「ダイミョウセセリ」らしき蝶がが濡れた葉の裏側で身動きせずに眠っていた。 形が蛾ににてなくもないのだが。

Ga  

しばらくすると、全身よろいかぶとで武装した大魔神のようなカミキリ虫に遭遇する。まったくもって壮観。あっと驚く為五郎であった。

Cimg1670

笠原水道で水を飲んで、野鳥スポットの近くで夏鳥の囀りを待った。オオルリ、クロツグミ、キビタキ、ムシクイ、ヒタキ、コマドリどれでも来い、なのだが、朝の6時前後は静まり返っていた。ムシクイでは、すでにセンダイムシクイとエゾムシクイは囀りを確認したが、メボソムシクイはまだだ。このメボソムシクイは、自宅近くの別の雑木林で聞いたことはある。ヒタキ類だと、コサメビタキが今の時期に出会うチャンスがある。以前の勤務先(地元のT大学)に徒歩で出勤する途中の桜山で出会った記憶が蘇る。桜の木の緑の中で決して美しいとまではいわないけれど今まで聞いたことのない囀りに足がとまったのだった。そして、囀りよりも癒し系のその姿が気に入って目に焼き付いたのだった。その近くの雑木林でビンズイの囀りも聞けて心臓がバクバクしたなぁ。5月の上旬は平地で日頃聞けない様々な野鳥に出会える(囀りも聞ける)絶好の機会なのだ。

コサメビタキ(インターネットから)

https://www.youtube.com/watch?v=DRsxCEJI1Js

囀りを待ちながら、足元のピンクの4輪の花に気付いてシャッターを切る。ユウゲンショウ(帰宅したあとインターネットで調べてわかった)という花だ。

Pinku-flower

結局、今日は不発だなぁ、と思いつつ帰路につこうと小川の土手沿いに歩き始めると、バシャバシャバシャという水音がする。ハッとして、目をやると、何と、カワウが何か長い物を口にくわえて何やら奮闘している。何だ、何だ、と見ていると、大きなウナギだぁ!!!カワウは貪欲な魚だ。以前に埼玉の見沼の池で、大きなフナを丸呑みにするのを見たことがある。ウナギを弱らせ、飲み込もうとしては吐き出し、再びくわえて、また飲み込もうとするが4分の3くらいで尻尾がはみ出たまま。苦しくなったのかまた吐き出して、また、飲み込む仕草。何度も何度もそれを繰り返す。その間10分ほどだろうか。カワウのウナギ丸呑みの独演にくぎ付けとなってカメラのシャッターを切ったのがこれ。

Kawau18

Kawau5

Kawau17

Kawau7

Kawau15

Kawau10

Kawau11

高価格で国産のウナギを食べるのは年に一回か二回の贅沢な食材だ。カワウの奴、いい加減にしろ。カワウがほぼ飲み込んだところでその場を離れた。カワウは釣り人にとっては憎き奴。とにかく魚を食べる、食べる、食べる。生きるためだから仕方がないのだが、生命力旺盛、そして、繁殖力旺盛。

7時前に帰宅。朝食は、母のリクエストで、昨日のカレー。ジャガイモと人参ゴロゴロが好評だった。今朝は、黄色のパプリカをご飯に乗せてカレーをかけて食した。1時間半近いウォーキングでお腹もすいていたので朝からボリュームたっぷりでいただく!

Asa-karei

昼食:カツの太巻きずしとコロッケパン半分にコーヒー。

Lunch

夕食:豚ロース肉のシャブシャブを生姜と酢醤油で食べながらビールを飲む。仕上げは、お隣のYさんから頂いたタケノコご飯。

Butashabu

終日、2階で散歩中に目がとまってシャッターを切ったこれまでの草花や昆虫写真の整理をながら虫と花の種類と名前をインターネット図鑑で調べることに没頭。夢中になっていると、あっと言う間に一日が終わってしまった。

カミキリムシもメイガも判定は難しかった。環境で個体の模様や色合いに変化がありすぎるからだろうと思う。こうなると、写真プラス収集をして厳密な比較をやらないと正確には判別できないうようだ。が、この歳でそこまでのこだわりはない。セセリって、蝶なのか蛾なのか。フランス語では両方ともパピヨン(Papillon)である。ドイツ語も両方ともSchmetterling。英語は、日本語と同じで区別をつけるようだ(Butterfly=蝶;Moth=蛾)。ところで、先日であった正体不明の蛾っぽいものがこれだ。

Seseri-ga-aka

これって、ユウグノメイガ ?

https://www.insects.jp/kon-gabenimonki.htm 

それとも、ヘリアカキンノメイガ ?
https://blog.goo.ne.jp/sukiba/e/7de9d70437cc576cedcc7553bb652bee

食べ物と蛾が一緒の画面にでて気持ちが悪いという人もいるかも知れないが、この蛾はそれほどグロテスクで嫌悪感をもよおすというよりどちらかというと美しい(赤色系でちょっと妖しい)ほうの系列に入るとは思うのだが・・・。

 

 

2019年5月 7日 (火)

毎日が昆虫ウォッチング!

5月6日(月)曇り

久しぶりに夢を見た。昨年ケガをして一時夢を見る時期があったけれどそれ以来だ。けれど、いま、日記に記そうとしたら内容が思い出せない。大方の夢はこんなものだ。

朝の読書は、キッシンジャーの「外交」。上巻の後半の部分、ヒトラー政権の成立から第二次世界大戦、冷戦初期の部分パラパラめくる。監訳者の岡崎久彦氏が記すとおり、一文一文に膨大な情報を理解したうえでの解釈が濃縮されたハイレベルな内容。翻訳を引き受けなければよかったと後悔するくらい日本語にするのは難行苦行だったらしい。第一次世界大戦後の戦間期から勃発、独日の敗北までのおおまかな流れを様々な本をとおしてかなり蓄積したので、そろそろ最高傑作のひとつとされる外交史の本にチャレンジしようと。

朝食:鯛のアラ煮の残りもの、納豆、ご飯、バナナ半分。

父がデイケア-に出かけた後、逆川緑地・笠原水道の散策へ。

Kakitubata

エゾムシクイはいなくなっていた。コジュケイが盛んに叫び声をあげている。シジュウカラに交じって、ヒガラの囀りが聞こえてきた。

ヒガラはこんな囀ずり(インターネットから):

https://www.youtube.com/watch?v=baud4TIVuh0

カラ類には、シジュウカラ、ヤマガラ、ヒガラ、コガラ、ゴジュウカラなどがいる。最初の3種は数も多く平地で観察できるし、囀りも聞き分けられるが、ゴジュウカラとコガラはむつかしい。ゴジュウカラは2012年の春に長野の軽井沢に出かけたとき、早朝のバードウォッチングで聞いたことがあるだけだ。山地性の鳥だ。コガラは、インターネットで検索したけれど、どことなく、エゾムシクイの囀りに似てなくもない印象を受ける。

期待した日本に渡ってくる夏鳥の囀りは聞こえず、今日は空振りに終わった。ウグイス、シジュウカラ、ヒガラ、メジロは盛んに囀っている。カワラヒワ、コゲラ、キジの声も時折聞こえる。足しげく通いだしたが、確かに、以前はよく見かけたカワセミの姿は目にできない。どうしたのだろうか。

野鳥の囀りを聞きながら今日も、昆虫ウォッチングに精を出した。昆虫採集を今更始めようとは思わないけれど、海野和夫氏の美しい昆虫写真を見れば真似したくなる。

本日の昆虫:

クロアゲハ

Kuroageha1

シオカラトンボ

Shiokara

ムギワラトンボ

Mugiwara

ハナカミキリの仲間。2か所で出会う。

Nazo-no-kamikirimushi

Nazo-kami

野鳥への興味は尽きないけれど、草花(一番苦手)と昆虫観察・写真撮影もなかなか面白くなってきた。しばらくのめり込みそうだ。

釣りのほうだが、シロギスとイシモチ(ニベ)が釣れだすタイミングで海岸のサーフからの投げ釣りで開始しようと思う。水温も16度を超えるのが目安だ。5月5日の時点で那珂湊の水温は15.6度だ。遠浅の海岸サーフあら100㍍をコンスタントに遠投する一本竿でのんびり早く釣りができるまであと少しのようだ。


昼食:醤油ラーメン(カップヌードル)

夕食:ジャガイモと人参ごろごろのカレーライス

Curry

本格的なインドカレーもいいけれどハウスバ・バーモント・カレー(中辛)もなかなかです。私流の作り方:

玉ねぎを沢山まず炒めてきつね色にすること。ジャガイモと人参は煮崩れないように大き目に切って12~3分煮る。豚肉は細切れを最後のころに入れる。ルーを入れてさらに5分弱火で煮る。火を止めて最後にレモン汁を絞る。レモンの代わりにトマトを入れてもいいかも(その場合は、具を煮る段階で加える)。苦味・辛味と酸味が決めてであるとは、東京の歌舞伎座のそばにある「ナイル」のインド人のご主人(創業者の長男)から直接聞いたこと。ナイルでは苦味にコーヒーを隠し味で入れているらしい。もう30年以上前の話だ。創業者のナイルさんは、チャンドラ・ボース一派に連なるインド独立運動のもと闘士。

2019年5月 6日 (月)

エゾムシクイの囀りを聞く。チャーチルは本当に偉大な政治家だったのか?

5月5日(日)晴

5時の目覚め。「不必要だった二つの大戦」(パトリック・ブキャナン著)の13章(ヒトラーの野心)を読む。

朝食:納豆、鯛のアラ煮、ご飯。

笠原水道の散策。カキツバタやハナショウブの花が咲き乱れる池に近ずくと何とエゾムシクイの囀りが聞こえてきた。やったぁ~!。

Shoubu


始めて聞いたのは千葉の松戸市に住んでいた(15年前)ころの初夏のある日、バードウォッチングで雑木林をうろうろしていたときだった。確か、水たまりでスズメ、メジロ、シジュウカラが水浴びするのを遠くから観察していたと思う。それまで聞いたことのない囀りに全身が耳になった。キビタキやオオルリやクロツグミのような美しさはないけれど、高低をおりまぜたシンプルなメロディーの繰り返しに魅せられたものだ。アパートに戻って、野鳥の囀り集のCDを聞いてやっと特定したのが、このエゾムシクイだったのだ。決して珍しい野鳥ではないのだろうけど、私にとっては人生初めての出会いでありそれまでは存在していなかったのだから、この時の興奮といったらなかった。バードウォッチングを始めたばかりで、楽しくて週末になると双眼鏡を持って野山をほっつきあるいていたころだった。

エゾムシクイの囀り:(インターネットのサイトから。姿はウグイスそっくり。囀りは全く違うのだからややこしい)

https://www.youtube.com/watch?v=OPL07IM03rM

残念ながら、今朝はキビタキの囀りは聞けなかった。雑木林から抜けてしまたか。今日も草花に集まる昆虫の観察に没頭する。ベニシジミの個体数が非常に多いのに気づく。数メートルごとにベニシジミが飛んでいる。ヤマトシジミはまれにしか飛んでいない。

ハナムグリ

Cogane3

ホソオビヒゲナガ

Higenaga  

ヒメウラナミジャノメ

Chou

 

昼食:カツサンドとブルーベリーパイにコーヒー。


釣りに行くべきか、行かざるべきかの葛藤がこのところ続いている。昨年、ちょうど今頃釣りに出かけて、雨が降り始めたので帰ろうとした際に土手で変な転び方をして骨折してしまった。トラウマ!?どういうわけか、意識の奥深いところで釣行を拒否しているようだ。

2階の和室に座って、「不必要だった二つの大戦」の第14章(マン・オブ・ザ・センチュリー)を読む。ヒトラー、スターリン、チャーチル、ルーズベルトは、第二次世界大戦の主役の4羽ガラス。蒋介石と東条英機は脇役だった。イギリスのBBCが行ったアンケートでは、今でも断トツでチャーチルが20世紀の人として選ばれたという。チャーチル神話は健在である。チャーチルに関する本も無数に書かれている。学校の成績はよくなかったけれど英語力(国語力)は抜群。ウィットが効いた語りと説得力に太刀打ちできる人はそうはいなかった。

インド、キューバ、アフリカでの戦争に従軍し、その体験を本にして文名を馳せ、26歳にして国会議員となった。20世紀初頭、大英帝国が絶頂のころだった。それから半世紀以上を政治家として奮闘したチャーチル。政治的失策による失脚(第一次大戦時の海軍大臣時としてトルコのガリポリ作戦を主導をして失敗、大戦後の大蔵大臣時には金本位制復帰をしてこれまたポンド安を招いて非難を受けた)にも拘わらず、その都度、政界復帰を果たし、1933年のドイツ・ヒトラー政権発足時からはヒトラーの危険性を常に指摘し、宥和政策を批判し続け、第二次世界大戦でいよいよ出番がくると、ヒトラーの和平勧告を一切拒絶して、ソ連とアメリカを味方につけてヒトラーのドイツを打ち破り英国を勝利に導いた英雄である。

と、書くと確かにすごいのだが、チャーチルに対する批判は、ロシア革命時にいちはやく共産主義の危険性から干渉軍を組織して介入した名うての反共主義者が、ヒトラーのドイツを倒すためとは言え、いとも簡単に宗旨替えをしてスターリンの共産主義と簡単に手を結んだことに対する疑義である。アメリカとイギリスは一体である英語国民の特別な関係、というのもイギリスの片思いであった。側近の回想録にも、アメリカ(ルーズベルト)に対するチャーチルの卑屈な姿が描かれているという。逆に、ルーズベルトはスターリンといっしょにチャーチルをからかっていたという。ヤルタ会談から主役はルーズベルトとスターリンの二人になり、チャーチルは準主役になっていた。


庶民には絶大な人気があったチャーチルだが、議員仲間からはどちらかというと毛嫌いされていたようである。アクの強く傲岸不遜で、人の話は聞かない。その上、弁がたって手ごわい人。しかし、政治的信条では節操がなかった。根っからの保守党員が突然何と自由党に宗旨替えをしたこともあり周りは唖然。チャーチルの演説は両サイドから拍手があがったという。19世紀的人間で、白人至上主義者(ヒトラーは、アーリア人市場主義者)。インドの独立に頑強に抵抗した。有色人種に対する偏見は酷かったという。ヒトラーとスターリンの残虐非道さは言語を絶するが、チャーチルはそうではないのか。実はチャーチルも無慈悲な人だった。インドのベンガル飢饉の張本人(200万の餓死者を出した)や、ドイツへの無差別爆撃はチャーチルが考案した(ドレースデン爆撃。日本の無差別戦略爆撃を行ったアメリカのカーチス・ルメイはイギリスの戦略爆撃を参考にした)。第一次大戦終了時もドイツへの経済封鎖を休戦後も(ベルサイユ条約署名まで)継続しドイツの餓死者は75万(本当だろうか)の原因を作ったのも彼だという。(ちなみに、アメリカのフーバー元大統領は、この時に食糧支援をして、ドイツから感謝されている)。

チャーチルは確かに偉大な戦争の指導者だった。彼がいなければ、英国は敗北を認めてヒトラーと講和を結んでいたであろう。そして、独ソ戦はなかった!。何故なら、大英帝国の権益を尊重し共存することを考えていたヒトラーを独ソ戦に仕向けたのは、講和を頑なに拒んだチャーチルだったからだ。ヒトラーは何故、独ソ不可侵条約を破ってソ連に攻め込んだか?ドイツと講和をしない英国が当てにしているソ連を打ち砕けば英国はヒトラーの軍門に下るという読みからだった。実際のところ、手を組んだロシアはもちろん、ルーズベルトのアメリカも、大英帝国(植民地主義)を否定し解体することを目標にしていたのだ。

ヒトラ-とスターリンとルーベルトのうち誰が大英帝国にとって本当の敵だったのか。まったくの皮肉である。チャーチルの戦争目的は「大英帝国の利益を守る」ことであったのだから、チャーチルの政治判断(ヒトラーを潰して、共産ソ連とアメリカと組する)は目的と真逆だった。結果として、勝利はしたけれど、全てを失ったではないか。チャーチルは、肝心かなめのところで「頭が悪かった」。判断力がなかったのだ。

ドイツが敗戦し、日本の敗戦が間近のポツダム会談の時点で、チャーチルは首相の座を降ろされた。それが、国民の総意だった。ヒトラーがいなくなって用無しとなったのだ。戦う相手を間違ったが、執念でヒトラーに立ちふさがったチャーチルは戦争には勝ったすぐれた戦争指導者だった。チャーチルが偉大な政治家だったか? この点については疑問符が付く。同僚の政治家たちや歴史の研究者では否定的な見方をする人がかなりいるのだ。極端な人は、チャーチルは大英帝国の偉大さを犠牲に自分自身の名声を勝ち得た、という皮肉な評価をするほどだ。

ロイド・ジョージのチャーチル評:「輝いている男だが、その判断力は燃えたぎる衝動に見合っていない。彼の舵取り装置は、その馬力に追いついていない。」

ボールドウィンの友人への囁き:「生まれよろしきチャーチルに天使は、想像力、雄弁術、勤勉、行動力を贈った。ただし、判断力と賢さは貰えなかった。」

チャーチルは、戦後の英国の凋落と米ソの2大国が競い合う(冷戦)時代を見て、後世の自分に対する歴史的評価にはひょっとすると疑問符がつくのではないか、と遅ればせながら気付き始めたようだ。

平成から令和になった2019年。第二次大戦終了から74年が経過した。アンドリュー・ロバーツというイギリスの歴史家が昨年チャーチルの新しい評伝を出したらしい。是非読んでみたいものだ。チャーチル神話は健在だが、これだけの時間の経過とその間の資料発掘と様々な解釈の積み重ねで、より客観的な評価が可能になってきたのだろう、大変に興味をそそられる。それほど、チャーチル氏の軌跡、人間的な本性、生き様には人を魅了してやまないものがあるようだ。

 

夕食:ピーマンと木綿豆腐のチャンプルー、鯛のアラ煮でビール飲む。アラ煮といっしょに煮付けたゴボウがうまいこと!洋食系が好みの自分だが、両親との生活はいやがおうにも魚を中心とした日本の伝統食がメインになってしまう。

 

2019年5月 5日 (日)

今日も昆虫たちとと戯れる。

5月4日(土)晴

6時の目覚め。「日ソ戦争への道」の第6章と第7章を読了する。

朝食:自己流のナシゴーレン・アラ・ジャポネーズとみそ汁(人参・ワサビ菜入り)

Nashigoren
昼食:キャベツたっぷりのソース焼きそば
夕食:鯛のアラ煮を肴にビールを飲む。

今日も1時間半ほど逆川緑地と笠原水道を散策。キビタキはまだ囀っている。依然として姿を観察できず、もっぱら虫の観察に熱中する。

出会った昆虫たち

アカサシガメ(残念ながらちょっとピンボケ。見た瞬間、美しい昆虫と思ってシャッターを切ったけれどすぐ飛んで行ってしまった)

Akaimushi

Akasashi-pinboke

インターネットからみつけた写真

2

ハラヒシバッタ

Harahishibatta

交尾中のカゲロウ?

Kouobi1

交尾中のクロコガネ?

Ainokokan

2019年5月 4日 (土)

花、昆虫、鳥に現を抜かして・・

5月3日(金)晴

庭のシャクナゲが全開。

Shakunage_2

朝食後、このところ始めた笠原水道付近の散策をする。

Ike

 

今日もキビタキが元気に囀っている。姿を拝もうと粘ったがなかなか出て来てくれない。小川を挟んだ背後では声をふりしぼるようなキジの鳴き声が時折きこえる。コジュケイの声も。シジュウカラ、カワラヒワ、ウグイス、メジロも盛んに囀る。

<青い花びらに見えるのはヤマトシジミ>

Yamatoshijimi

<コガネムシ(黄金虫)は何故か緑色>

Midori

昼食:ジャガイモとホウレンソウ入りのバジルソースパスタ。アメ横で買ったアーモンドもトッピングした。しばらくは病みつきになりそうだ。

Bajiru_1

釣りに出かけようと思ったが、もうひとつ気乗りがしない。2階のベッドにゴロリとなり昼寝をする。

夕食:赤魚の煮つけ(脂たっぷりの濃厚な味付けにした)、冷やしトマト、お豆腐、ビールにご飯少々。


朝から何かとおちつかず、花、鳥、昆虫に心を奪われたり、うとうと眠ったり、ぼんやりと過ごした一日。春の宵、ようやく気分が落ち着いてきて、読書へのスイッチが入った。

フーバーさんの回想録、アントニー・ビバーの「第二次世界大戦」、長谷川毅氏の「暗闘」を同時進行でこの2か月読んでいるが、今日は、ボリス・スラビンスキーの「日ソ戦争への道」をパラパラと拾い読みする。そのうちの序章と第6章の半分ほど。1945年のヤルタ会談からポツダム宣言にかけてのロシアの歴史家による研究だ。ソ連崩壊後のエリツィン政権時代で、一気にアクセス可能となった共産ソ連時代の外交文書を渉猟して書き上げた力作だ。著者によると、ソ連が日ソ中立条約を破棄して4か月後の8月9日に参戦したことに対する疚しさがソ連首脳部にはあった。極東軍事裁判から今日にいたるまでのソ連・ロシアの歴史家たちは、ソ連に対して日本は侵略はしなかったわけで、ソ連の参戦の大義名分はグレーだったため、「侵略国家日本」を証明することに全エネルギーがそそがれ、あらゆる書物や資料がそれにむけて捻じ曲げられ改竄されてきたという。結果として、ロシア人の日本にたいする歴史認識は非常に一方的で偏ったものとなっていて、北方領土問題にたいする理解はほぼゼロだという。

 

2018年11月10日 (土)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その126 大収穫の柚子!

11月9日(金) 雨、後曇り


 

5時過ぎに目が覚める。二日続けて熟睡できた。

 

朝の読書は、「ニーチェ~ツァラトゥストラの謎」(村井則夫著、中公新書)を手にする。とりあえず定年になって時間に余裕が出来たらじっくり読みたいと思っていたニーチェ哲学。原書と翻訳を併読しながら取り掛かる前の準備にこの本を選んだ。現代音楽がドイツのワーグナーとともに始まったと言うなら、現代の哲学は同じドイツのニーチェなしには考えられないだろう。寄せ集めの知識によれば、ニーチェはショーペンハウアーの影響(仏教の影響もある)見られ、無意識を発見したといわれるフロイトの先駆者である。ダーウィンの「進化論」にも影響を受けている。1844年生まれ。19世紀。時代は、イギリスの産業革命がヨーロッパや北米に伝播しいわゆる「グローバリゼーション」が始まる時代である。宗教の拘束力が衰え、近代科学的世界観がそれに代わって世界を席巻しはじめていた。哲学者としてドイツ観念論のカントやヘーゲルのような体系的な著作を残したわけはない。直観をアフォリズムで表現した、詩人的な哲学者だった。

 

Niche_2

7時過ぎ、いつものリハビリと朝食(納豆、笹かまぼこ、ご飯、バナナ)。

 

8時半過ぎ、ハローワークへ出かける。外は小雨が降っている。臨時駐車場に車をとめて200㍍ほど歩いて事務所へ。求職活動と面接だが、スイッチがなかなか入らない。40分で終了し、京成百貨店の食品売り場へ。冷蔵庫の中の魚が尽きた(ハゼは冷凍、30尾くらいになったら唐揚げか天ぷらをしようと思う。現在16尾)。魚を買うならここだ。アイナメが一尾450円で出ていたので2尾購入する。鰆に切り身4切れで500円弱というのも安い。これも購入。パンやモロッコインゲン、母の好物のエビの握り寿司などなど。さらに、近くのスーパーに立ち寄り、石窯パン、最近愛飲しているネスト・ビール、父の好物のお萩と柚子飴、果物(柿とリンゴ)などを買って帰宅する。

 

お昼は、ソーセージロールパンとコーヒー。

 

2階で日記を書いていると、明日土曜日に来ると聞いていた従兄夫妻が我が家の柚子の実を取りに完全装備(梯子、ハサミなど持参)でやって来た。どうも母が曜日を間違える勘違いをしたらしい。庭(といっても小さいが)の東向きのブロック塀の縁に父が植えた柚子の木が毎年沢山の実をつけるようになったのはここ10年である。昨年は不作だったが、今年は豊作。200個はあると母は早くから騒いでいた。私も手伝いとして加わって実を取り始めると、半端ではなかった。200個どころではない。500個、いやそんなものではない。16時になって薄暗くなるまで柚子の実とりに没頭する。用意した籠に収まらず段ボール箱も追加した。1000個近くあるだろう。実をとるのが大変な理由にこの木の枝には鋭い棘があるからだ。とにかく骨が折れる作業だった。従兄によれば、柚子取りは毎年の楽しみらしい。母によれば、豊作の柚子は、隣近所に配り、川崎に住む母の姪っ子に送ったり、父方の姪に送ったり、我が家で食し、柚子湯風呂にしたり。長らく、実家をないがしろに、一人勝手に生きてきた自分だが、私がしらずともこのような巡り来る季節のなかで柚子を介したコミュニケーションが一族・近隣コミュニティーで行われていることに今更ながら感じ入ってしまった。

①西向き側の柚子の実 (東向き側はもっとすごい)

 

Yuzutori_2

 

② 私の従兄(確か7つ上) 小さいころ、母の実家の久慈川で釣りを教えてもらった(鮎、カジカ、フナ、ウナギ、ナマズ、ヤマベ、ドジョウ)。

 

Yuzutori2

 

③大きな籠が一杯(数えていないが200個はある)

Yuzutori3

 

④ブロック塀の外側に軽トラックを入れて拾う義理の姉。。土地の所有者にはもちろんお礼に柚子を差し上げた。
Yuzutori4

夕食:鶏のもも肉のグリルに蜂蜜を塗って食べながら赤ワインを飲む。石窯パンとサラミ、ポテトサラダ。

 

 

午前中の外出と午後の柚子取りで体に疲れが溜まったのか19時過ぎには眠くなる。いつもシャワーで済ませてしまうのだが、今夜は湯舟につかり左足をマッサージして20時過ぎに就寝。
 

2008年9月20日 (土)

老コクワガタ先生、逝く・・・

春先の鳥、夏場の魚に現を抜かしていてコクワガタ君たちのことを忘れていた。彼らは何せ夜行性なのでいつも木の下にもぐっている。夜間のそのそと這い出してきて、餌の蜜を盛んに吸っているので日頃はめったに姿を見ないのだ。餌の蜜を時折見ると、順調に減っているので元気にやっているな、と思っていたのだった。

そして、掃除でもしてやろうか、だいぶ汚れてきたし、と思って久しぶりに彼らの住居を覗いて見たら、一匹しか居ない!どうしたッ。慌てふためく私。木の下を覗くとそこには頭だけをのこしたもう一匹のコクワガタ君の遺骸があった。

生きているほうは足が6本ある。ということは今年の春先に拾ったほうだ。つまり、若コクワガタ君だ。身障者の越冬した老コクワガタ先生がやられてしまったようだ。格闘による死なのか自然死なのかは、分からない・・・。春先に見つけた若コクワガタ君が妙齢のコクワガタ嬢だったら、また展開は違っていたかも知れない・・・ 

亡くなった老コクワガタ先生の遺骸を庭先の土に返した。弔うつもりで若コクワガタ君の住居を掃除し鉋屑も新しいものに取り替えた。残った若コクワガタ君ヨ、先輩の分も頑張って生きて欲しい。 それはそれとして、若くて美人のコクワガタ嬢を何とかして見つけねば・・・。

Kif_1778_2

2008年7月31日 (木)

アブラゼミも現れたぁ~。

蝉の幼虫がのこのこ歩いているのに遭遇したのは一昨日だった。そして、今日はとうとう今年初めてのアブラゼミに出会った。実は、アオバズクとであった日曜日、今年の5月に朗々と歌うオオルリを観察した少年の森で、アブラゼミの鳴き声を聞いた、ような気がした。が、耳をそばだてると何も聞こえなかった。空耳か?そろそろアブラゼミが登場してもおかしくないのになぁ・・・。職場の雑木林ではニイニイゼミが相変わらず鳴くばかりで、アブラゼミの声は全然聞こえてこないのだった。

終日ドタバタと仕事をして、今日は定刻の19時45分に退勤。帰り道の歩道で見つけたのがこのアブラゼミだった。メスだ。何故かうまく飛べない。ヒヨドリにでも襲われて腰が抜けたか?とりあえず、急ぎ足で家に持ち帰ると、明るい部屋では飛び回った。写真を撮り、庭にある木にとまらせた。 おやすみぃ~。ヒヨドリに食われるなよ!

Kif_1756