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2019年3月 9日 (土)

詩心の続き。

3月7日(木)朝のうち雨、後曇り

目が覚めるともう薄明るくなっていた。6時20分前。今日も三寒四温の寒。外は雨。しとしと、と。そして、ぐずぐず、と。
こういう時決まって思い出すのは杜甫の漢詩だ。欧米言語にどっぷりの自分には苦手だが、岩波文庫の杜甫詩集を引っ張り出して読んでみる。有名な「春夜喜雨」だ。

好 雨 知 時 節 (好雨 時節を知り)
当 春 乃 発 生 (春に当たりて乃ち発生す)
随 風 潜 入 夜 (風に随ひて潜かに夜に入り)
潤 物 細 無 声 (物を潤して細やかに声無し)
野 径 雲 倶 黒 (野径 雲 ともにに黒く)
江 船 火 獨 明 (江船火 独り明らかなり)
暁 看 紅 湿 處 (暁に紅の湿ふ処を看れば)
花 重 錦 官 城 (花は錦官城に重からん)

最後の錦官城(きんかんじょう)とは、中国の蜀の都、つまり、内陸部の成都のことらしい。三国志・劉備玄徳と諸葛孔明のあの蜀、現在の四川省である。麻婆豆腐発祥の地。四川省は山に囲まれた盆地でどんよりと曇り雨も多い穀倉地帯でもあるそうだ。日中戦争で、
南京陥落。漢口も占領され、蒋介石の国民党政権は長江の上流の重慶まで引っ込んだ。重慶が落ちれば、次は成都だったろう。四川省だけで自給自足ができる肥沃な地域。中国大陸の壮大な景色と島国の日本のちまちました盆栽みたいな景色は本質的に違うのだけれど、字面をなぞると何となく情感が伝わってくる。

朝食:昨日の魚の残り物(鮭と赤魚の煮つけ)、ご飯、ポテトサラダ。

昼食:小倉デニッシュとコーヒー。

食後、ミネストローネを作って(1時間ほど)から2階へ。気分転換、歴史の本は手にせず、読みかけたまま積読状態だったのヘミングウェイのThe Sun Also Risesを読んだりして時間を過ごす。「日はまた昇る」は、ヘミングウェイの長編ではベストらしいけれど何がすごいのかは正直よく分からない。この作品を発表した1920年代においては、登場人物たちのモラル、つまり、大酒を飲み、性的に放縦で、享楽主義的な生き方は、当時のパリでは普通のことだったらしいが、ピューリタンの伝統が強いアメリカでは非難轟々だったようだ。モダニズムを代表する文学。日本で言えば、石原慎太郎の「太陽の季節」や村上龍の「限りなく透明に近いブルー」がその後継筋にあたるであろう。

この物語りでは、第一次世界大戦後、パリに集まった新興成金のアメリカ人のexpatsが登場してやたら酒を飲む。性的に奔放なイギリスの貴族夫人ブレットを巡って男たちは諍いを繰り返す。ユダヤ人のコーン、新聞社勤務のジェイク(戦争のけがで性的不能者、ヘミングウェイの分身)、ブレットの再婚相手のマイク、ジェイクの友人のビル、パンプローナの闘牛士等。男たちを魅惑し狂わせるブレットは第一次世界大戦前に存在しなかった「新しい女」、解放された女、フェミニズムの走り。ブレットとジェイクは惹かれあう仲ではあるけれど、ブレットは他の男たちを弄び、肉体の快楽を求め続けるが長続きしない。相手を征服したら、おしまい。パンプローナでの宴の後、闘牛士ロメロと駆け落ちしたブレットは結局のところ不能者のジェイクに助けを求めるハメになる。性的関係を伴わない男との関係こそは、希代の悪女(supreme bitch)ブレットが自分の精神の平衡を保つ拠り所らしい。
ヘミングウェイの最初の恋愛は、イタリアの戦線(救護車の運転手)でケガをして入院した病院で知り合った年上の女性。結婚の約束をして一旦帰国してすぐに約束を破棄されショックを受ける。ヘミングウェイは生涯に4度結婚をして3度離婚した。4度目の離婚は別れる前に本人が自殺してしまった。3度の離婚とも、自分が次の女性に乗り換えて女性を捨てる役回りだ。最初の恋愛のトラウマだろうか。「日はまた昇る」の魅力的な悪女ブレットと不能者ジェイクは、ヘミングウェイの両性具有的な分身ではなかろうか。
夕食:ホウボウの塩焼きとポテトサラダで熱燗を飲む。仕上げはタコの刺身とミネストローネ。

もとプロレスラーのザ・デストロイヤーが亡くなった。88歳。力道山との死闘がなつかしい。学生時代に「噂のチャンネル」という日本テレビの番組に出ていたのを覚えている。せんだみつおが、デストロイヤーに足四の字固めをかけられて涙を流していた。マギー・ミネンコというロシア系のタレントはその後どうしたのだろうか。

夜の読書:「英語帝国主義に抗する理念」(大石俊一著)を読む。ジェームズ・ジョイスを専門にする英文学者による「英語」論である。英語教育論ではない。副題が、「思想」としての「英語」論。かなり小難しい議論が続く本で正直読むのが疲れる本ではある。ジョイスの「ユリシーズ」や「フィネガンズ・ウェイク」は20世紀の英文学の金字塔だとか何とか言われているのは知っているし、学生のころからいつかは読破してやろう、とは思っていたけれど、今だに果たせていない。その準備の積もりというわけではないが、何となく表題が気になって神田の古本屋だったか、板橋の大山の古本屋だったか、仲宿商店街の古本屋だったか、原価3800円のところを1300円で随分昔に購入して読みかけてはうっちゃるを繰り返していた。拾い読みであっちをつまみ食い、こっちをつまみ食い。

サイードやベンヤミンやランボーやマラルメやアウエルバッハやデリダやフーコーやいろいろ出てくるし、内容をすんなりと理解することが難しく消化不良が続き、ジョイスに辿り着く前に眠くなってしまった。

2019年3月 8日 (金)

So soon after dinner(笑い)。春の詩心。

3月6月日(水)晴れ、後曇り、夜雨
6時過ぎの目覚め。今日は三寒四温の寒の陽気。ウグイスの囀りは聞こえない。
朝食:鯛のスペアリブ。朝から脂ののった真鯛のスペアリブはちょっと胃に重かった・・・。
8時50分、いつもより早く迎えが来て、父はデイケアーに。
昼食:キャベツ沢山の昔ながらの焼きそば。
ハローワークスへ手当てをもらいに。これで半年180日分の手当ては終了となる。
どうせ待たされるのはわかっているので、行方昭夫氏の「実践英文心読術」(岩波書店)を持参して読む。第2部実践編ノエル・カワードの「私生活」という喜劇のシナリオの読解である。東大の教養課程の1年生授業でも使用したという。受験勉強のものものしい難解な文章ではなく楽しく英語を読むというのが趣旨。再婚したばかりの30代の男女がハネムーン先の英仏海峡の海岸に面した避暑地の豪華ホテルで偶然にも隣同士の部屋に。外のベランダで涼む二人は再会に驚き、恋の炎が消えていないことを知ると、若い相手をそれぞれ置いてきぼりにして、パリに逃避行する。そして、熱々の二人はたちまちお互いの自惚れとわがままからから喧嘩が始まる。場面49では、食後の親密な雰囲気で男が盛り上がり彼女にキスを浴びせ迫ると、拒否されて・・・男はYou know you adore being made love toと文句を言うと、女性はSo soon after dinner

この本が出版された2007年の30年前ということは、1970年代後半。純真な学生が多かったらしい。意味することがよく分からず、You adore being made love toを「愛されることを崇める」と訳すことが多かったというが、最後まで読んで学生たちは「大人の恋」について理解するようになり、著者のキーワード「快読」の力をつけたそうである。
その足で那珂湊漁港に魚の買い出し。前回より大きめのホウボウが出ていた。5尾で900円。即購入。魚好きの両親のため。それに、北海道産の真蛸(1000円)。これは私の私の贅沢。
困った狸とお魚の活きの良さは目を見りゃわかる・・・。


Houbou3

夕食:早速のタコ刺し、ポテトサラダ、真鯛の残りもの、白ワイン、塩鮭とご飯少々。

夜の読書はお休み。ネットサーフィンをしながらぼんやりと初春の宵をうっちゃる。外は夕方から雨がポツリ、ポツリと落ち始めた。春を感じるようになると心が何となくソワソワしてくる。詩心が湧いてくるのだ。とは言っても自分には創作力はないので、詩集や句集に手が伸びる。
与謝蕪村の一句:  「はるさめや暮なんとしてけふも有」

2019年2月14日 (木)

今日は快晴。読書の合間はキッチンに立つ。

2月12日(火) 晴

6時過ぎに目が覚める。アカハラの地鳴き。
ゲーテの「ファウスト」の対訳を読み続ける。柴田翔さんの対訳と解説版だ。

Goete

傍らには高橋義孝訳も置いている。さらに、柴田本は、全文対訳ではないので、全文掲載のオリジナル版も用意していある。これは大学入学した直後、生協で見つけて購入した初めてのドイツ語本だった。爾来40数年、時折パラパラとめくることはあっても、一行一行をきちっと読んだことはなかった。天才の感性の追体験はそう簡単にできるものではない。翻訳であまり意味をなぞらずに話の筋をおいかける読み方で読んだことはあるがのだが、正直あまり心に響いた記憶がない。ゲーテを翻訳だけで読むと平板になってしまうのだろうか。孔子の「論語」の英訳を読むと全然つまらないらしい。原文の漢字と格闘し、読書百遍意自ずから通ず、でやらないと古典の真の味わいにはなかなか到達しえないのかも知れない。何せ、文人かつ政治家であったゲーテが60年かけて書いたライフワークの「ファウスト」をたかだか20歳の学生が読んでどれだけ理解というか味わうことができるだろうか、ということだろう。ようやく自分もほんのひとかけらでもいいからゲーテの到達した境地に触れる年齢になったと思いたい。

<この歳になって?つくづく身に染みる名言の数々・・・>

Meigen

7時前、キッチンへ降りる。今日は、快晴。寒さに変わりはないけれど、気分は和らぐ。曇天で冷え込むと、陰鬱な気分になってしまう。

朝食:鍋の残り物、ベーコンエッグとご飯にイチゴ一粒。
生ごみ出し(3袋)。洗濯物を干す。訪問看護師9時半に来る。2階でニュースチェック。
昼食:鍋の残り物で卵雑炊を作って食す。それにコーヒーとバナナ少々。3時のおやつにチョコレートと緑茶。
キッチンで、ミネストローネとポテトサラダを作る。下ごしらえから完成まで約2時間。
夕食:アジフライと作ったばかりのポテトサラダとミネストローネにご飯少々。お腹いっぱいになる。今日も禁酒。
森繁喜劇「駅前探検」を観る。前回に続き1967年製作。この年はこのシリーズが4作も封切られている(春夏秋冬)。駅前のタイトルはつくが今回も駅は関係なし。徳太郎こと森繁(山師)の妻は京塚昌子。孫作こと伴淳(質屋)の妻は中村メイコ。次郎ことフランキー・堺は独身の考古学者。染子こと池内淳子は、珍しく作家として登場。淡島千景は豊臣家に連なる子孫にして気位の高い割烹旅館の女将として登場。三木のり平と山茶花究は詐欺師の役回り。私と同い年の雷門ケン坊も出演し小悪魔の野川由美子(祈祷師)の弟役。豊臣家の埋蔵金というお宝探しで、ドタバタの騒動が起こった結果、結局お宝はなかった、というお話。伴淳が掘り当てたのは、ヘルメットと米軍の不発弾。最後の場面でフランキーが、別の宝を見つけたと宣言、染子こと池内淳子と堺が結ばれる。脚本は藤本義一。億万長者を夢見る京塚昌子がテレビ、冷蔵庫等の様々な家電製品があふれる部屋でホンワカと舞う想像シーンがあるのだが、その部屋は相変わらず狭苦しい日本家屋。何とささやかな日本庶民の夢。1967年、東京オリンピック3年後のこと。私は小学6年生だった。
夜の読書:

「日本の敵~よみがえる民族主義に備えよ」(文春新書 宮家邦彦著)をぱらぱらと読む。中国の台頭の意味と昨今の海洋進出。著者は、現時点の中国の立ち位置を1930年代の大日本帝国になぞらえている。
日本の悲劇は、同じ「海洋国」であるイギリス(シンガポール)とアメリカ(フィリピン)ら世界覇権国と敵対(満州の権益の固執から周りを敵だらけにして包囲・封鎖され、資源を求めて武力で南進せざるを得なくなった)してしまったこと。

現在の中東から東アジアまでのシーレーンは以前としてアメリカ海軍が保障している。中国にとってみれば、「アメリカの海」ということ。これでは、いざというときにアメリカに息の根を止められてしまう。従って、自らのシーレーンの確保に乗り出した。15億の民の安全保障のために必要なことだ、と。
中国のナショナリズムがはらむ歪み(100年の屈辱への復讐)が危惧される所以である。屈辱を与えた欧米+日本への挑戦である。そして、中国の長期的かつ、最終的な目的は、かつての中華帝国体制への復帰=朝貢国を含む地域を自らの勢力圏として、そこから欧米勢力の影響力を排除することにあるであろう。
現状では物理的な意味での海軍力の差は歴然としており中国になすすべはないようだ。しかし、その差はテクノロジーの進歩であっと言う間に縮めることは可能なことだ。アメリカの戦略立案者はソ連崩壊後から、次の潜在的な敵を中国と見做し孫子を盛んに研究しているという。日本で孫子はビジネスマンが読む本だとは著者。米中対立は、単なる南シナ海の「陣取り合戦」ではない。電子戦、サイバー戦、スペース戦などの能力を駆使した情報化戦でもある。戦いの初動において相手側の能力を無力化すること。(中国、ロシア、北朝鮮のサイバーテロを盛んに西側に仕掛けている一方一方で、スノーデン事件が示す如くアメリカの同盟国を含む敵対国にたいする諜報活動等を想起する。日本はどちらからもやられっ放しだ)。
アメリカは、アジアにおけるシーレーン(自由航行の原則)を否定する中国の行動はアメリカの覇権への挑戦とみなし、絶対に譲らないであろう。一方で、中国と干戈を交えることはしないであろう。戦いだしたら、いくら犠牲を払っても戦い続けるのが中国だから(日中戦争)。日本と違って、中国はそもそも封じ込めて打ち負かせる相手ではないのである。

2018年10月 6日 (土)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その92 ノートパソコンを買う。ポーの詩集。

10月4日(木) 曇り

深夜過ぎに目が覚めてまた眠れなくなる。「The Eitingons」の続きを読む。3時過ぎに再び眠りに落ちる。

リハビリと朝食をすませ、スズメバチ駆除の費用請求の書類一式を準備する。30分程で完了、書類を持って、消防署へ補助金申請の手続きにでかける。たった3000円のためではあるが・・・。
消防署のあとは、JR駅ビルにある家電販売店に立ち寄りバソコンを購入した。前回買ったのが2012年。東芝のダイナブックを愛用しているが、五万円で購入した。今回は機種にこだわらずにと思っていたが結局使いなれた同じ機種を買うことになった。六万円ちょっと。
お昼は、帰り道に買ってきた吉野家の牛丼をたべる。それにコーヒーと蜜柑。

 

「オスマン帝国外伝」その4を見る。想像した通り後宮(ハーレム)の女の激しい闘い(正室と側室)。側室のアレクサンドラはロシアの奴隷上がりの美女。皇帝の寵愛を得たアレクサンドラに激しい嫉妬を燃やす皇太子を生んだ2番目の皇后。後宮を管理する宦官も登場する。追い落とそうと回りがぐるになってアレクサンドラを牢に閉じ込めるが、これに気付いた皇帝は激怒し、アレクサンドラは牢から出され、エメラルドの指輪をもらう。

 

時間がかかるパソコンの設定をしながら、2階でブック・サーフィンをする。今日は、三島由紀夫の「外遊日記」と遠藤周作のフランス留学時代の日記をパラパラ読み比べたり、エドガー・アラン・ポーの詩集(原文との対訳)を拾い読みする。

 

遠藤周作氏は、戦後の1950年に留学で渡仏したが、香港、マニラ、サイゴン、シンガポール、コロンボ、ジプチ、ポートサイードに寄港しながらマルセイユまでの船旅をした最後の世代だろう。

三島由紀夫氏は昭和42年にインドに旅している。「豊穣の海」の取材もあったかも知れないが、詳細はあまりつまびらかにされていない。インド通信という短文に、「インドは世界一の美人国かも知れない。<かも知れない>というのは譲歩した言い方で、私の主観からすれば、世界一の美人国に間違いない。・・・都鄙を問わず、この世のものとも思われぬ優雅な美女に出会う・・・」とあった。同氏は、戦後の日本人では早くから名声を馳せ、世界周遊の旅に2度、3度と出かけた同氏の感想であり、インド映画に目下淫している自分も思わず頷いてしまう。

 

Hon1
夕食:昨日の残りの鯖の味噌煮、春菊のお浸し、トマトにご飯少々。デザートは、赤ワインと栗、ゴーダチーズ、梨。

 

慣れないウィンドウズ10に手間取り、深夜まで、バソコンの設定でブック・サーフィンをしながら時間を費やす。

 

詩集は、まれに思いだしたように手にする。堀口大学のフランス訳詩集「月下の一群」、萩原朔太郎、中原忠也、西脇順三郎。アメリカは、エドガー・アラン・ポー。ドイツなら、ハイネとプラーテンにリルケ。フランスなら、プレべール。漢詩なら唐詩選。

 

Hon2

加島祥造氏のポーの処女作「Alone(ひとりで) 」についての解説:

 

詩とは社会の正邪善悪を越えた向こうにある神秘からくる・・・それに出会った時の驚きからくる・・・そうした神秘への驚きはいつも、ひとりでいるときに起こるものだ。詩というものは、ひとりでいて、あの神秘にふれる時に生まれる。

 

ポーが19歳のときの処女作<Alone>は以下のごとし:
From childhood's hour I have not been
As others were --- I have not seen

 

As others saw --- I could not bring

 

My passions from a common spring---

 

My sorrow --- I could not awaken

 

My heart to joy at the same tone........

 

 

 

子供時分からぼくは他の子たちと違っていた---

 

他の子たちが見るうように見なかったし

 

普通の望みに駆られて夢中になったりしなかった。

 

悲しさだって、他の子と同じ泉からは

 

汲みとらなかった---心を喜ばす歌も

 

みんなと同じ調子のものではなかった.........

 

 

(加島祥造氏訳)

 

2018年9月30日 (日)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その86 ユンガーの「Im Stahlgewittern」の訳に取り組む。

9月28日(金) 快晴

 

明け方3時半前にトイレに起きたら眠れなくなる。日記を1時間ほど書いてまた寝入る。

 

7時前に起きてリビングでリハビリ・トレーニングを40分。外を見ると快晴。空は抜けるようなブルー。何とも清々しくてさわやかな気分になる。

 

台風24号が沖縄に接近中。その後、進路は大きく弧を描くように日本列島を縦断して関東を通過する予報。

 

朝食でちょっとした騒ぎが。昨夜食べ忘れた牛肉コロッケが行方不明になった。母が冷蔵庫に入れたと言うのだが、見つからない。3時のおやつで食べたのではと突っ込むとそんなことは絶対にないと主張。結局、見つからず、断念。何処へ行ってしまったのか幻のおいしそうな牛肉コロッケ。

 

生ゴミの袋2つを持って出しにいく。100㍍ほどは歩いた。杖は使わず。

 

東京のYちゃん、風邪を引いたらしい。頭痛で学校を休んだとママから連絡があった。お見舞いの返信。

 

貴乃花騒動について。詳細はあまりフォローしたわけではないが、本人が意固地になって一人相撲を取っているように見える。今年1月のモンゴル人横綱の暴力問題に端を発した騒動の結果がこれだ。マスコミの報道の仕方を見ても必ずしも同情していない。へそ曲がりの貴乃花、もっと大人になれ、と言っているのだ。

 

昼:五目チャーハン、栗3粒とホットコーヒー。

 

午後:マーラーの時間はおやすみ。足が順調に回復し、何かをしようという意欲が湧いてきた。6年前に手掛けたが、東京で仕事をしていた期間はストップしたエルンスト・ユンガーの処女作ImStahlgewittern(鋼鉄の嵐、Stormof Steel)  の翻訳を再開してみようと思いたつ。

 

まずは過去のデータの確認をする。第1章の原文(ドイツ語)からの下訳と英語版の翻訳の突き合わせを行った。英語版は定評ある翻訳者によるもので、ドイツ語原文で不明点や自信がない部分と突き合わせて訳をより正確にするための参考になる。

 

さらに、スウェーデンの考古学者によるユンガーのこの著作の戦場ガイド本!!!が2010年に出ており、願ったり叶ったりでアマゾンで注文して取り寄せておいた本を参考にする。(100年近く前に出版されたこの本への根強い人気とその価値がうかがい知れる)

 

<左が全集の確定版テキスト、右が、著作に添った戦場のガイドブック>

 

Juenger

<左は、1929年に出版された英訳。原本は確定版テキストとは違っている。2000年の8月、英国のバーミンガムを訪れた際、ぶらりと入った書店で見つけて購入。過去に2度通読した。右は、2004年に現行の最終版テキストに基づいたMichael Hoffmann氏による翻訳>
Juenger2


午後一杯、下訳のチェックと訳の改善、訂正・校正に没頭する。集中したので、気がついたら17時前、4時間はあっと言う間だった。それでも僅か三頁分にしか過ぎない。根気とエネルギーの要る作業だが、苦行ではない。自分が惚れ込んだこの作家。テキストを徹底解読をしたいという衝動が枯れることはないだろうと思う。

 

夕食は、豚肉とキノコの煮物で軽めの赤ワインを飲む。仕上げは、銀座ナイルのチキン・カレー。

 

 

2018年9月26日 (水)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その82 詩心、「ニューシネマ・パラダイス」、トーマス・マンと三島由紀夫。

9月24日(月) 曇り

 

モズの声で目を覚ます。本格的な秋の到来を告げるモズがやって来た。時計を見ると5時半過ぎ。

 

モズの声を聞いて決まって思い出す俳句がある。

 

もず鳴いて 秋の日和を 定めけり (正岡子規) 

 

何故か連想でもう一句:

 

肩にきて 人なつかしや 赤蜻蛉 (夏目漱石)

 

晩夏から初秋にかけて自分の季節感をぴったり表現するのがこの2句だ。自分にとって実体験がそのまま句になっている。解釈は一切必要なし。一瞬の悟り。

 

赤トンボは子供の頃、お盆の時期に父の実家で墓参りに行く途中の山道で群れをなして飛んでいた。じっと立ち止まっていると親しげに!頭の上や肩に止まるのだった。句を反芻するたびにこの記憶が鮮やかに蘇る。

 

左足のむくみは大分ひいて来ている。外見は普通に歩いているように見えるが、歩く度に左足首周辺には僅かな痛みがある。軋みと言った方がいいだろうか。まだ骨と神経がしっくり調和していない。テレビでニュースを見ながら、左足のストレッチに汗を流す。膝の屈伸も無理しない程度でやり始めた。

 

石窯パンをトーストとして刻み葱を入れた納豆を乗せた朝食をゆっくり食べてから、部屋の片付けと日課の日記の書き込みに没頭する。そして、気が付けばお昼だ。仕事をしなくても、何かに集中していると時間の経過は本当に速い。

 

エビピラフのお昼。そして午後の一時はBSでイタリア映画「ニューシネマパラダイス」を観る。2回目だが、1990年前後の頃ビデオで見て以来だ。

 

見終わって、最後が記憶と違うのでウィキペディアで確認すると劇場版と完全版の二種類があることがわかった。初回に見たのは完全版だった。

 

完全版では、主人公のトトは、恋人のエレナに駆け落ちの約束をすっぽかされ失意の内に町を離れ、そのまま二人の別れになるのだが、原因はアルフレートによるトトの将来を慮ってエレナに駆け落ちを止めさせたのだった。苦い思い出を抱き続けて30年ぶりにアルフレートの葬式で帰郷したトトはこの事実を初めて知る(エレナはトトの同級生とその後結婚している)ことになる。そして、エレナと再会するのだが、エレナから逢うことはやめようと言われる。今回の劇場版はこれが全てカットされ、トトが兵役で不在中にエレナは音信不通となって行方が分からなくなったままという設定。

 

「青い目の女は難しい、口説いても一方通行で終るのが関の山だ」、このアルフレートのトトへのアドバイスは映画の中でのジョン・ウェインの台詞らしい。この台詞に従えば、「完全版」より、兵役中に音信不通になってエレナに無慈悲に振られる(女の気まぐれ)今回の劇場公開版のほうがよりふさわしいかも知れない。

 

改めてこの映画の感想:

 

トリビアな指摘となるが映画では文字が読めない観衆が登場するが同時代の日本(1950年代)にはまずいなかった。シシリアの初等教育は日本より立ち遅れていた証左か。

 

映画館や野外上映に人々が集まり一体感を持って一喜一憂するのは日本でも1970年代まではあったと思う。テレビとビデオの普及でこれが消滅してしまった。

 

主人公の青年トトが故郷を離れたのは、日本でも多くの若者がより良い将来を切り開くため故郷(農村)を離れて上京したのと同じ。この映画は、ある意味、イタリアの戦後の男版「おしん」だろう。日本で公開された時、記録的なヒットとなったのは特に終戦直後生まれの世代(団塊の世代)の共通体験を人々がこの映画に見いだしたからだと思う。大正・昭和一桁世代が「おしん」に見いだしたように。
近代化の荒波の中で俺たちは必死に泳いで頑張って来た。けれど・・・失ったものもある。グローバリゼーション=故郷喪失の悲しみ、失われていくいとおしいものへの挽歌。

 

理屈はどうあれ、この映画は泣かせる映画だ。最後の帰郷シーンの数々では涙腺が弛み放しになってしまった。

 

夕食:昨夜に続き豪州牛のサーロインステーキを赤ワインを飲みながら食べる。国産の霜降り牛のような油身と柔かさは望めないが、直火で焼いて適当に油を落とし、胡椒を軽く振ってワサビ醤油で食べると充分に美味い。
歳を考えて、一枚(200g前後)を両親にも分けて6割程度を自分が食べることにしているが、今夜は一枚全てを一人で平らげる。

 

今日は中秋の名月。夜空を見上げると曇り空でお月様は見えない。残念。去年はYちゃん母娘とお月見をしたことを思い出してラインで連絡。東京は月が出ているようだ。いいなぁ。

 

夜の読書:「マンと三島ナルシスの愛」(高山秀三著)を読む。

 

Mishima5

三島由紀夫とは何者か。昨夜は、「トーマス・マンと三島由紀夫」をパラパラ読んだ。9月3日の日記でコリン・ウィルソンの「カリスマへの階段」での三島由紀夫の悲劇の分析を読んで自分なりに整理しようと気になっていた。

 

著者は私の大学時代(1970年代半ば)の同級生。文学青年で、大学1年次にショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」を読んでいた。田舎出の私はドイツ語の勉強と思って一夏かけてトーマス・マンの「トニオ・クレーガー」を辞書を引きながら何とか読み終えたレベルだった。早熟で大人の高山君は親友の間柄ではなかったが喫茶店でコーヒーを飲みながら彼がものした小説(蝉供養)の話を聞いたことを今でもよく覚えている。

 

折に触れて購入したまま世俗の仕事の忙しさで埃を被るままにしていた本の中の一冊がこの本だ。

 

芸術創作活動には自らを破滅に導きたいという衝動がどこかにある、という。三島由紀夫が自らの師として私淑したのが森鴎外とトーマス・マン。三島とマンの小説に共通するのは同性愛。

 

マンが亡くなって20年後(1976年)に公開された日記には同性愛のことが想像以上に赤裸々に語られ関係者は驚きを隠せなかったという。三島もマンも結婚して家庭を持ったが、それは仮面であって内面では自己の否定できない衝動との葛藤と闘った。しかし、同じなのは此処まで。一方は名声に包まれながら晩年を過ごし80数年の長寿を全うしたが、三島は世界を震撼させる切腹事件を起こして40代半ばにしてこの世を去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

2018年9月 2日 (日)

入院日記 リハビリ・直立歩行編 その58 ヘミングウェイのBig Hearted River

8月31日(金) 晴後曇り、夕刻雷雨

 

朝の起き掛けのニュース。

 

オーストラリアのパース近くで隕石が落下したらしい。目撃情報が相次いで騒ぎになっているが、テレビ画面でもドライブレコーダの記録が映しだされた。数年前にロシアでもあったが、都市部に落ちて大災害が起きた話は聞かない。たまたまなのか、隕石は落ちる場所を選んでいるのか。

 

奈良県でバイクがトラックに接触して何と6人が死亡、2人が重傷。釣りに出かけるときによく走る国道51号でしばしばバイクライダーの集団に出くわすが、恐い話だ。大惨事の危険は身近にあると改めて認識する。自分の骨折も一種の事故だが、魔が差した一瞬の出来事としか言いようがない。命を落とす事故でなくてホントによかった。

 

トルコ通貨の下落が連鎖反応を興してアルゼンチンがまたデフォルト寸前。この国は過去に何度も破綻を繰り返している。新興国の通貨が軒並み下落。ベネズエラは、経済が破綻し人々が国境を越え始めた。

 

朝食(石窯パンのパストラミサンドとミルク)後、地元の市役所へ転入手続きに出かける。日射しが強く、暑い。私学共済年金を5月まで払い続けたので、年金の確認をしたら国民年金は60歳で支払いは必要なし。係の人が書類を見て、お子さんが5月まで自分が勤務していた東京のS大学を数年前に卒業したという。雑談を交わして帰宅する。

 

お昼:スパゲティー・ナポリタンとコーヒー。

 

テレビでは、日本体操協会の騒動で大騒ぎ。副会長の
塚原氏はあの塚原飛び(ムーンサルト)で有名な人。オリンピックで金メダル通算5個が凄すぎる。名選手はやはり指導者には向かないと言うことか。実績があるだけに、ちょっと出来るだけレベルでもバカか無能に見え、自然に無意識で権力を乱用しがちになる。体育会系に限った話ではないけれど。この人は以前も審判判定を巡ってトラブルを起こしているらしい。自信過剰のボクシング協会長と結果は同じことになってしまった。

 

残暑で蒸し暑い午後。2階で懐メロを聞いたり、コリン・ウィルソンの「知の果てへの旅」を読んだり、昼寝して過ごす。

 

Wilson

16時を過ぎると雷雲が空を覆い始め辺りは薄暗くなる。昨日と同じだ。遠くでゴロゴロ鳴り、15分ほど強い雨が降ってお仕舞い。

 

夕食:初物サンマ、ビール、ジャガイモとベーコンの炒め、仕上げは、海苔茶漬けと笹かま。

 

Hemingway の短編集からBig Two-Hearted Riverを読む。Cat in the rain(先日再読) と並んで昔読んで(大久保康雄の翻訳)印象に残った短編をオランダで購入した英語版だ。

 

一人でキャンプを張り、マス釣りに熱中する話だが、一つ一つのアクション(期待感にワクワクしながらの釣り場探し、近くにテント張り、夕食と朝食の準備、コーヒーのいれ方、餌のバッタ取り、竿の準備、餌つけ、釣糸の送り込み、魚の引き、取り込み、下拵え、等)の描写には躍動感があり、密かな自己没入の嬉々としたエクスタシー感で満ち満ちてている。釣りという行為全体から獲られる快楽のためなら世界は滅んでもいい、と言わんばかりに。

 

 

 

 

2018年7月 2日 (月)

入院日記 リハビリ編 その32 金子光晴「西ひがし」を読み続ける。

6月30日(土) 晴

夜中にキッチンからのピーピー音で目が覚める。製氷室が開け放したまま。母が夜中に氷水を作って閉めるのを忘れたようだ。

再び眠りに落ちて次に目がさめるたのが6時前。

風は依然として吹いているが、弱まってはいる。彦根市では突風が襲って被害が出た。

熟睡した後の朝食がうまい。ハムエッグにキャベツとプチトマト。シリアルとミルクにヨーグルトを混ぜて食べる。

午前:ルーティンのリハビリ、2階でパソコンのメールチェック。

寝起きしている居間には冷房なし。開け放した網戸窓から入る風と扇風機が頼り。暑さは異常だ。母が心配して覗き来たが、逆に高齢の自分が熱中症にならないよう注意をする。

母の兄は、炎天下、庭で草取りをして体調を崩しそれが肺炎を起こして呆気なく命を落としてしまった。2004年、当時80歳だった。

お昼はお握り(梅干し)とコーヒーにカップ焼そば。

午後:居間のソファーで、ゴロリとなって金子光晴の「西ひがし」の続きを読む。

「マレーの東岸の日系資本のゴム・プランテーションに足を運ぶ。かつてはジョセフ・コンラッドも放浪したこの地域のジャングルは虎やゾウ、マラリア蚊に満ち満ち、海(南シナ海)は、赤道直下でも見られた沖縄の漁師も避けて通るくらいにまがまがしい様相。このくだりの金子の自然描写は読んでいて精彩があり素晴らしい部分で引き込まれる。

何とかお情けで絵を買ってもらい資金を確保してシンガポールに戻るも英国人と現地人のハーフの妖しい美女に入れ込んでマレーで絵を売って得た帰りの日本までの旅費を散財してしまう自堕落さ。久しぶりに沸き起こった詩の創作の衝動に突き動かされて、試みるもできばえに納得が行かないもどかしさ。」

退職した職場の関係者からメールの連絡あり。近況報告だが、一緒に苦労して!昨年から開始したプログラムは何とか順調に動いているようだ。送別会は延期したまま皆で待っていると言う。私の時間は止まったままだ。

東京の懇意にしている知り合いの娘さんからラインのメッセージが来た。明日ママの誕生日。自分は全国模擬試験の準備で大変らしい。御祝いメッセージを送る約束をし、勉強頑張れのフレー・フレー応援コールで返信。毎年、一緒に御祝いの食事をする楽しみが今年は断念。

夕食はビールを飲みながら出前の寿司を食べる。

「西ひがし」の続き:

シンガポールを抜け出し、再びマレーの海峡植民地へ。西岸を北上してタイピン、イポーを抜けてビルマを目指す旅だ。日本に帰っても当てがない。会いたい人は親族を含めて一人もいない。詩人金子は反逆児だった。社会の慣習を無視して周囲と摩擦を起こす。日本版モダニスト。各地で出会う日本人が今は相場が崩れて厳しいがその内なんとかなると言う相変わらず白人植民者と同じ甘い幻想を抱き現地人を見下しながら、ガチガチの大和魂に凝り固まって回りと摩擦を起こす彼らの狭量さへのチクリとしたコメント。マラッカの夜は隣部屋のインド人役人と愛人の一晩続きの愛の行為で眠れず、自分の見通しへの不安からバトパハ経由でシンガポールに戻る。調度自分の妻が、フランスから戻りシンガポールに到着することを知る。この女性も新しいタイプの女だった。金子が海外放浪に出たのもマルクス主義にかぶれた若い画家との三角関係を解消するためもあった。一人息子を妻の実家に預けて・・・」